第16話 洗濯

「おい、ルイス。起きろ! 教室に着いたぞ」

「んあ? おはようアラン」

「おはようじゃない。うわぁヨダレ垂らしてるし、制服の肩に付いてるじゃないか。きたねーな」


 教室の前まで戻ってきたアランは、ルイスのヨダレで冷たくなった自分の肩を気にしながらルイスを降ろした。


「ごめん。完全に染みこんでしまってる。あとで洗っておくから。寮に戻ったら預かるよ」


 ルイスは自分のハンカチを出して、アランの肩を拭いたが、完全に染みこんでいて取ることができず、謝罪した。


「いいって、それくらい気にせず着るからさ」

「そうはいかないよ」


 自分のヨダレが付いた制服をアランが着ていると、申し訳ない気持ちと恥ずかしい気持ちが入り乱れてしまった。ここは何としてもアランの制服を確保し、自分の手で洗わなければならないと決心した。


「あなたたち、いつまで男同士で乳繰り合っているザマス。もうすぐホームルームが始まるザマスよ」


 ルイスとアランは自分達の後ろに人の気配を感じて振り向くと、そこにはザマス先生・・・シルビアが立っていた。


「「すっ、すみませーん」」


 ルイスとアランは急いで教室に入り、自分の席に着いた。するとホームルームの開始を知らせる鐘が鳴った。


「ホームルームを始めるザマス」


 シルビアの一言でざわついていた教室が静かになった。


「えー、今日は特に連絡事項はないザマス。では帰って良いザマスよ」


 そう言ってシルビアは声を掛けたが、今までなら用事が済むとすぐに教室を出て行ったのだが、なかなか立ち去ろうとしなかった。


(ルイス君、兵科の時間を覗き見していたけど、相当疲れた様子だったけれど大丈夫かな?)


 シルビアは外から表情の見えない眼鏡を通して心配そうにルイスを見ていた。そのような心境はクラスの者達には伝わることもなく、ただルイスを睨み付けているだけのように見えた。


「おい、ルイス何かやらかしたのか?」

「そんなこと俺に聞かれても知らねーよ」


 クラスメイト達はひそひそとシルビアの謎行動について話していた。


「せっ、先生さようなら」

「はい、さようならザマス」


 この空気に耐えられなくなったクラスメイトの1人が恐る恐るシルビアに声を掛けた。すると普通に返事が戻ってきたので、ホッとした様子で教室から出て行った。それを見ていたクラスメイト達はぞろぞろとこの場を離れるように教室から出て行った。


「せんせー、ルイスに何か用ですか?」

「え? あ、とっ、特に何もないザマス。あなたたちも気をつけて帰るザマス」


 アランの一言で、パッと我に返ったシルビアは、周りを見てルイスとアランしか教室に残っていないことに気が付いた。そして逃げるように教室から出て行った。


「ルイス、歩いて帰れそうか? 何だったら寮までおぶってやるよ」

「いっ、いいって。歩いて帰れるから」


 アランの提案に少し嬉しく感じたが、さすがに迷惑ばかりかけては悪いと思い、歩いて寮まで帰ることにした。



「アラン、じゃあ制服洗ってくるから脱いで」

「いきなりだな。まあせっかく洗ってくれるんだし、よろしく」


 自分達の部屋に戻ると、ルイスはアランに制服を洗うから脱ぐように言った。アランは断ってもしつこく言ってきそうな勢いのルイスを見ると、断るだけ無駄に感じて素直に制服を脱いでルイスに手渡した。


「じゃあ、洗い場行ってくるね」


 ルイスはアランの制服を受け取り、部屋を出た。


「確か建物から出たところに洗い場が・・・あった。ここだな」


 寮の裏口から出た所に、井戸があり、その横には服などが洗えるように整備された洗い場が設けられていた。その場所には屋根も設置されていて、天気に関係なく作業ができるようになっていた。


「その前に・・・」


 ルイスは付近に人がいないか確認した。そして誰もいないことを確認すると、ルイスはアランの制服を顔に付けた。


 クンカクンカ


「汗臭い。でもアランの匂いだ」


 ルイスは興味本位でアランの制服の臭いを嗅いでみた。これは幼い頃に拾った薄い本にそのようなシーンがあり、少し試してみたいという好奇心からだった。だが、その臭いを嗅いだルイスは、不思議と少し幸せな気分になった。


(何だろう。この気持ちは)


 その気持ちを今のルイスは理解することはできなかった。


「さて、真面目に洗濯しようかな。確かこのポンプのレバーを・・・よいしょ、よいしょ」


 ルイスは井戸に設置された汲み上げ用のポンプに付いているレバーを上下に動かし始めた。キーコ、キーコと音を立てて水が汲み上げられ、上まで達すると行き場を失った水がドバ、ドバーっと放出された。


「これを桶に入れて、アランの制服をえいやーっと放り込む」


 水が入った桶にルイスはアランの制服を放り込んだ。水を吸った制服はブクブクと泡を立てながら沈んでいった。


「これに石鹸を付けて、ゴシゴシともみ洗い」


 ルイスはアランの制服を丁寧にもみ洗いした。


「こんなものかな。綺麗に石鹸を洗い流せば。よし、完成っ」


 すすぎ洗いをして制服に付いた石鹸を洗い流し、洗濯を終えた。


「あとは干すのだけれど、もう夕方だし、多分乾かないだろうな。よし、ここはパパッと魔法で乾かしちゃおう」


 ルイスは濡れているアランの制服を、物干し用にかけられたロープに引っかけた。そして火属性と風属性の複合魔法で温風を作りだし、アランの制服に当てて乾かし始めた。本来ならこんな面倒な方法を使わなくても、洗浄魔法1つで全てが解決するのだが、お礼の意味をかねてなので、洗うのは自分で行わないといけないという考えでこのような行動をした。



「アラン、洗濯終わったよ」

「随分早かったな。おっ、綺麗になってるじゃないか。サンキュー」


 制服を乾かし終えたルイスは部屋に戻り、アランに洗い終えた制服を渡した。このとき、明らかに乾かす時間が短かったはずなのだが、アランは気にした様子を見せなかった。アランは受け取った制服をハンガーに掛けた。


「さて、夕食まで時間があるけど、ルイスはどうする? 俺は街にバイトできそうなところがないか探しに行こうと思っているが、一緒に行くか?」

「今日は疲れたから遠慮しとくよ」

「そうか、兵科で相当先生に絞られていたからな。わかった。じゃあ行ってくる」


 準備を整えたアランは街へ出掛けていった。


「僕は疲れたんだ。何だかとても眠いんだ」


 隣に大きな犬がいないのは残念だが、今日の疲れがどっと押し寄せてきたルイスは、そのまま自分のベッドで制服を着たまま眠ってしまった。




「ルイス、起きろ。もう朝だぞ」

「えっ、えーーーーっ!」


 ルイスはアランに叩き起こされた。ルイスは夕ご飯を食べた記憶も入浴した記憶もない。そのまま眠ってしまい、気が付けば朝だった。


「どうして夕食のときに起こしてくれなかったんだよーっ」

「起こしたさ。でも、お前いらないって言っただろ? アンナさんにもそう伝えたぞ」

「うっ、お腹空いた」


 ルイスは無意識のうちにアランに食事はいらないと伝えていたようだ。思いっきり動いたあとに1食抜いているため、ルイスはとてもお腹が空いていた。


「取りあえずトイレ行ってくる」

「いっといれ」


 ルイスは慌ててトイレに駆け込んだ。


「ふわぁ~」


 ルイスは昨日の夕方から溜め込んだものを放出し、放心状態になっていた。


「よし、朝ご飯を食べに・・・の前に昨日はお風呂に入り損ねたからな。いつものと一緒に自分も洗っちゃおう」


 ルイスはトイレに誰もいないことを確認してから、洗浄魔法を使用してトイレ清掃と自身の洗浄も行った。


「ただいま」

「遅かったな。大きい方だったか?」

「おっ、大きいって・・・べっ、別にどっちだってアランには関係ないだろ」


 デリカシーの欠片もない発言にルイスは抗議の声をあげた。


「まあな。そういやルイス知ってるか? 昨日の夕食のときに聞いた話なんだが、トイレに妖精さんがいるらしいぞ」

「は?」


 突然アランから不思議な話を持ちかけられて、ルイスは変な返事をしてしまった。

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