第15話 授業開始(その3)
「あー、では授業を始める」
ルイスとアランが学園に戻ってから間もなくすると午後の授業が始まった。3時限目は農科の授業だ。
「まず農科で習うものは、食料に関わることが主な物である。農業、畜産、水産、それらを複合した食品加工、もちろん料理などもこの教科に含まれる。ほとんどが自分の生きる糧として必要な知識となる。しっかりと勉学に励むように。ではまずは農業からだ・・・」
中年の男性教師は農業の説明から入り、どのような作物をこの街で栽培しているかなどの説明を始めた。
(なるほど、気象条件や水の確保、それに土の種類で育てられるものが変わってくるのか・・・これは勉強になるわ)
ルイスは時が来れば女王になり、国政を担う身となるのが確定しているので、このような知識を習得しておくのは今後必要になるだろうと思い、教師の話を真面目に聞いていた。
カランカラン♪
授業を真面目に聞いていたこともあり、あっと言う間に終了を告げる鐘が鳴った。
「では、ここまでにします」
そう言って農科の教師は教室から出ていった。
「ルイス、今度は兵科の授業だぜ。急いで校庭に行こうぜ」
次は兵科の授業である。これは主に体を動かすことが多いので教室では行われず、外か入学式が行われた講堂のどちらかで行われる。今日は晴れているので校庭で授業が行われる。そのため教室を離れ校庭へ移動となる。アランに誘われ、ルイスは一緒に校庭に向かった。
「お前ら、よく来たな。俺が兵科担当のアーノルドだ。俺の授業は厳しいからしっかりついていくようにな。よろしく頼むぜ」
クラス全員が揃い、校庭で待っていると兵科担当の教師が現れた。彼は長身で体型はいかにも的なガッチリで、正に体育会系を表すのに相応しい印象であった。
「さあ、軽く走ろうか。まずは校庭10周。遅い奴は木刀でバシバシ叩くぞ! 走れ走れ! ほらそこ遅いっ!」
「うわぁ!」
早速出遅れたクラスメイトが木刀の餌食になり、悲痛な叫びを上げた。
「ぼっ、僕はそんなに運動得意じゃないんだよぉ」
木刀から逃げるようにルイスは必死に走った。元々運動とは無縁の生活を送っていたため、体力、持久力など、平均的な女性より劣っている。さらに、周りは男性ばかりで体力の差は明らかであり、スタートダッシュで僅かではあるが優位な位置に付けていたが、徐々にその優位性が失われ、気が付けば最下位になっていた。そして、すぐそこには木刀を持ったアーノルドが迫っていた。
「ほら、遅いぞ」
「キャッ!」
アーノルドの振りかざした木刀がお尻に当たり、ルイスは悲鳴を上げた。
「何て声をあげてるんだ。ほらほら、スピードを上げないと2発目が行くぞ!」
「いっ、いたいぃ!」
その後もルイスは何度もお尻を木刀で叩かれ、そのたびに悲鳴を上げた。
「こおらぁ、お前ら、何、前屈みで走ってるんだ!」
ルイスが何度か悲鳴を上げたあと、なぜか前を走っていたクラスメイト達は前屈みになり速度が落ちていった。
「ほら、ほら、鈍くさい奴はバシバシ叩くぞ」
「うわぁ」
「いたっ!」
速度の落ちた他のクラスメイト達が犠牲になってくれたおかげで、ルイスはアーノルドから尻を叩かれるのを何とか逃れることができた。そして体力の限界を感じながらも10周走りきった。
「ぜぇ、ぜぇ、しっ、死ぬかと思った」
「ルイス、大変だったな。結構尻叩かれていただろ? 大丈夫か?」
心配したアランが、疲れて倒れ込んだルイスを心配して駆け寄ってくれた。
「お尻がすごく痛い。多分アザができたかも」
「どれどれ、うわぁ、本当にアザができてる。痛そう」
ルイスがそう答えると、事もあろうかアランはルイスのズボンの後ろ側から手を突っ込んで空間を作り、そこからルイスの生尻を覗き込んだ。
「あっ、アラン! 何てことするんだ」
「別にかまわないだろ? 男同士なんだし」
突然のことにルイスは声をあげたが、アランの方は同性同士だと思い込んでいるので悪びれた様子は全くなく、友を心配しての行動であった。
「ほらほら、休憩している間はないぞ。お前ら全員木刀を持て。今度は素振り500回だ。今更ながら剣の振り方を知らんやつなどいないよな?」
そう言ってアーノルドはクラス全員を見回した。その中で1人だけ申し訳なさそうに手を上げた者がいた。
「何だ。貴様は剣も振ったことがないのか?」
「はい、すみません」
手を上げたのはルイスであった。彼女は今まで剣を使用するような訓練を受けた経験がない。もし剣を振るう必要があるときは、護衛に付いている近衛騎士がその役目を担う。ルイスは守る立場ではなく、守られる立場であった。
「仕方ない、お前達は先に素振りを始めておけ」
「「「はいっ」」」
アーノルドの指示で、ルイス以外の者は木刀を握り素振りを始めた。
「まずは握り方だ。こう握るんだ。そうじゃない。こうだ」
アーノルドの教え方は致命的に悪かった。彼は言葉で説明するより、体で教え込むタイプである。そのため握り方ひとつ取っても、物覚えの良いルイスでさえ理解に苦しんでいた。
「物覚えの悪い奴だな。仕方ない、先生が上から握ってやるから、イメージを掴むように」
「わかりました」
アーノルドがルイスの後ろに回り込んで手を伸ばし、木刀を握っているルイスの手の上に自分の手を添えた。
「あっ、なるほど。何となくわかりました」
「そっ、そうか。それなら良かった」
直接手に触れて指導されると、何となく理解できた。ルイスがそう伝えると、アーノルドは手をすぐに離してルイスから離れた。そしてなぜか顔が真っ赤になっていた。
「こほん、ではこの持ち方を維持しながら素振りをするように」
「わかりました。えい、やあ、とう」
1度咳払いをしたアーノルドは、そう指示を出し、ルイスは素振りを始めた。
「お前達は言われたとおりにやってるか? そこっ、振るのが遅い」
「すっ、すみませーん」
「謝るんだったら、必死に素振りをしろっ!」
アーノルドはルイスに指示を出すと、避けるようにルイスから離れて他のクラスメイト達の素振りを見に行った。
「よし、終わったな」
「せんせー、ルイスの奴がまだ終わってません」
ルイスはまだ必死に木刀を振っていたが、他のクラスメイト達は先に始めていたので、皆終わっていた。アーノルドはまるでルイスが視界に入っていないような素振りで言ったが、他のクラスメイトから指摘をされた。
「そっ、そうだったな。あー、ルイスと言ったか? もう終わっていいぞ。今回は大目に見てやるが、次回からは皆と同じようにさせるからな」
意図的に視界から外していたようだが、他の者に示しが付かないので、アーノルドはルイスの方を見て言った。
カランカラン♪
アーノルドがルイスにやめるように指示を出したあと、すぐに終了を付ける鐘が鳴った。
「では各自使った木刀は用具室に戻しておくように。片付けか終わった者から教室に戻りなさい」
アーノルドはそう言い残し、校舎に戻っていった。
「つ、疲れたぁ」
ルイスはその場に座り込んだ。既に体力に限界が来ていて、当分動けそうにもなかった。
「ルイス、大丈夫か? それにしてもお前体力ないなぁ」
ルイスの前でしゃがみ込み、目線を合わせてきたアランが言った。
「それに関しては、何も言い返せないよ。ぜぇぜぇ」
大きく肩で息をしながらルイスが言った。
「仕方ないな。木刀を貸してみな。俺が片付けてきてやるよ」
「すまない」
ルイスは自分の持っていた木刀をアランに手渡した。
「んじゃ、ちょっと行ってくる」
そう言って2本の木刀を持ったアランは校庭脇にある小屋に走っていった。
「おーい、ルイス。歩けそうか?」
「ゴメンまだ無理」
木刀を片付けてアランが戻ってきた。そしてルイスのことを心配して尋ねてきた。
「ホームルームまで時間がないから仕方ない。教室までおぶってやるよ。ほら背中に乗りな」
そう言ってアランはくるりと後ろを向いて背中を見せた。
「えっ? でっ、でも」
「いいから、乗れ」
「・・・はい」
気遣ってくれるアランの気持ちを考えると、ルイスには断ることができなかった。ノソノソと動き出し、アランの背中に身を預けた。
「よし、それじゃ行くぞ」
そう言ってアランはルイスを背負ったまま立ち上がり、教室までの移動を始めた。
(アランの背中って大きいなぁ)
ルイスは妙な安心感に包まれ、疲れがピークに達していたため眠ってしまった。
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