びぃえる好きの王女様は男子校に憧れる
いりよしながせ
第1話 異世界転移してきた本を拾った
王国の王女エロイーズは日課である、城内にある中庭の散歩をしていた。幼い彼女ではあるが、中庭は王族専用の施設となっているために、護衛も付かず、1人のんびりと手入れの行き届いた植物を観察していた。
「あら? これは何かしら?」
エロイーズは花壇の中に見慣れない茶色の紙袋を見つけた。そして、彼女は善悪の判断もできないほど幼く、紙袋の中に爆発物や毒物が仕掛けられているなど考えもせず、それを拾い上げるとすぐに袋を開けて中身を確認してしまった。この何気ない行動が、彼女の運命を大きく変えてしまうことになるとは知らずに……。
「うわぁ。綺麗な本」
紙袋の中身は、男の人が2人で抱き合っているカラー表紙の付いた薄い本が数冊入っていた。この世界では、本と言えば立派な革表紙が付けられ、色も単色の文字が入れられる程度で絵が描かれているものは存在しない。当然カラー表紙など存在せず、その鮮やかで綺麗な色をした表紙にエロイーズは心惹かれていた。
「見たことがない字ですが、これは学校というものでしょうか」
書かれている文字はこの国で使われている物ではなく、エロイーズには理解できなかったが、本の中身は絵が大部分を占めていた。その書かれている絵は、多くの人たちが集まり教育を受ける学校と呼ばれる施設が舞台の話しだと理解できた。
「王女殿下。そろそろ、お部屋にお戻りになる時間です」
遠くからエロイーズを担当するメイドの声が聞こえた。どうやら散策の時間が終わったようだ。
「はい、わかりました」
続きが気になって仕方ないエロイーズは、周りで見ている者がいないことを確認してから持っていた本を紙袋に戻し、その紙袋を自分のスカートの中に隠した。そして何もなかったように自室に戻った。
「取りあえず、この紙袋はベッドの下にでも隠しておきましょう」
エロイーズはメイドの目を盗み、隠し持っていた紙袋をベッドの下に押し込んだ。
「おやすみなさいませ」
メイドが一礼してから部屋を出て行った。中庭を散策した後は勉強や作法や武術などの習い事、それに公務などをこなし、気がつけば就寝時間となっていた。部屋の外には護衛の者が控えているが、この場には自分以外誰もいない状態であった。エロイーズは楽しみにとっておいた紙袋の中身を確認するために、ベッドの下からそれを取りだした。
「まあ、何ということでしょう」
彼女は本を手に取り数ページめくると男同士であんなことや、こんなことをしているシーンが多く、同じ紙袋に入っていた他の本を見てみると同様に、シチュエーションは変わっているものの、流れはどれも同じようなものになっていた。山もなく、意味もなく、落ちもない話ではあったが、本を通して初めて得る情報にエロイーズは興奮し、書かれている異世界の文字を何とか読もうと努力するのであった。
それから数年が経過し、エロイーズはお年頃となっていた。身長も伸び、王女としての知識、技能、経験を習得し、誰からも次期女王にふさわしい人物だと認められる存在となっていた。だが、誰が見ても一見優秀な王女には見えるが、その隠れた趣味については、一部の従者を除いて知られていなかった。
「いよいよ、計画を実行に移すときが来ましたわ」
エロイーズはある計画を極秘裏に練っていた。それは、幼い頃に拾ったびぃえる本の世界が現実に存在するのかこの目で確かめることであった。自分の支配下にある手駒を使い、王都から離れた場所にある国内で唯一存在する男子校への編入準備を進めていた。
「本当によろしいのでしょうか?」
「ええ、構わないわ」
エロイーズの専属メイドであるクレアは確認のために聞いた。
「わかりました。では、皆さん準備をお願いします」
「この髪ともお別れね」
エロイーズは自身の長くカールのかかった金髪を手ですくって別れを惜しんだ。そしてその髪を手配した理髪師に切らせた。長い髪を失い彼女は男らしいショートヘアの髪型に変わった。ちなみに切られた髪は、そのまま職人の手に回されウィッグとして彼女の頭に戻ってきた。城内で人前に出るときはそれを付けて、何事もなかったように振る舞い生活を続けた。
「お父様、お願いがあります」
「どうしたのだ?エロイーズよ」
次にエロイーズは父親である国王に面会した。
「実は、私も次期女王となる身。それまでに見聞を深めたいと思い、海外留学をしようと準備して参りました。改めてその許可を得たいと思い、参上いたしました」
「そうか、その話は聞いているぞ。離れるのは寂しく思うが、しっかりと勉学に励むのだぞ」
「はい。承知しました」
既に根回しを行い、エロイーズは国外にある一流の学校に通うことに表向きなっていた。父親である国王まで欺くのは心が引けたが、自分の探求心には勝たなかった。ちなみにその学校には今回のために仕立てた影武者が行くことになっている。
「むふふ。やっとで夢が叶うわ」
就寝時間を迎えたが、エロイーズは何度も読み返し、ボロボロになったびぃえる本を見ながら1人でニヤニヤしていた。書かれていた未知の文字も長い月日をかけて独学で解析し、今では朗読もできるほどになっていた。これだけの労力を他の分野で使えばもっと能力を伸ばせたのだろうが、エロイーズは幼少期から今まで、これに対してのみ全力投球していた。
「兄ちゃん、そろそろ街に着くぞ」
「そのようだな。ここが僕の住む街になるのだな」
隣に座っていた商人風のおじさんが話しかけてきた。エロイーズは王都から乗合馬車に乗り、目的のヤオイシュタットを目指していた。全ての準備が整い、王国で男子校が唯一存在する街である。外見は華奢ながら男性の容姿をし、名前もルイスという偽名を使い潜入を試みた。書類的には受理されているが、この容姿が男性と認識されなければ、今までの苦労は水の泡となる。そのため男性になりきるために、城を出てから予め準備してあった宿に潜伏し、そこからは男装姿に変えて行動をしていた。エロイーズは、ない胸をいっぱいに膨らませて、これからのことに期待を寄せていた。
「兄ちゃん、また会うことがあればよろしくな」
「ああ、また会えると良いな」
乗合馬車はヤオイシュタットの駅に到着し、乗客はそれぞれの目的地に散っていった。ルイスも隣に座っていた商人風のおじさんに別れを告げて、これからの生活の基盤となる【ヤオイシュタット男子学園】を目指して地図を頼りに移動を開始した。
「人がいっぱいいる」
王都に住んではいたが、カゴの中の小鳥状態で城から出て街に繰り出すことは余りなく、仮に出たとしても多くの護衛と従者を従えていたので、1人でのんびりと街の様子を見ることなどなかった。ここに向かう前に、立ち寄った王都の宿屋も正体がばれないか、ヒヤヒヤしながらの行動であったために、落ち着いて街の散策などする余裕もなかった。全てから解放されたこの街でようやく、ルイスはゆっくりと見る余裕ができた。街ゆく人々や、王都のように建物が所狭しと建てられている訳ではないが、一通りの店は揃っていて、小規模な街ながらも賑やかな感じのする街並みにルイスは好感が持てた。
「ここが学園の寮ね」
学園自体は広い土地に大きな建物が建っていたので、すぐに見つけられることができた。敷地の隅に学園の寮が3棟建てられていた。事前の調べによると、この学園は3年制で、学年ごとに寮が振り分けられているそうだ。3年生が抜けると新たな1年生がその寮を使うことになるそうだ。
「守衛は・・・いないわね」
一応学園は塀で囲まれていたが、入り口には守衛小屋もなく、門も扉が付いていなかった。それもそのはずで、この学園は貴族階級の者は在籍しておらず(エロイーズ調べ)、跡取りとなる長男以外の平民男性が通う学園となっている(エロイーズ調べ)。そのため警備するほどの重要人物は在籍していないためにこのような管理体制となっていた。
「えっと、3年の寮が一番手前で、2年の寮が真ん中、一番奥が1年の寮みたいね」
門をくぐり、寮の前に行くと、そこには建物の地図が掲げてあり、寮の場所は差し替え式の札がかかっていて、ルイスが生活する1年の寮は一番奥の建物になっていた。
「ごめんくださーい」
「あいよ。おや、可愛らしい兄ちゃんが来たね。新入生かい?」
「はい。ルイスといいます」
一瞬可愛らしいと言われてルイスは身構えたが、出迎えたガタイがいいおばちゃんはルイスが男性だと認識している様子だった。
「あたしゃ、ここの1年寮を受け持っている寮母のアンナって言うもんだ。これからよろしくなルイス君」
「よろしくお願いします。寮母さん」
このおばちゃんは寮母さんのようだ。ルイスは初めの挨拶は大事なので丁寧にお辞儀をして答えた。
「それじゃルイス君の部屋は2階の810号室だ」
「2階なのに810号室なんですか?」
「何でなんなろうね。あたしがここで働くようになったときには、そうなっていたからねぇ。あっ、それとこの寮は2人部屋だから、同室の者と仲良くするんだよ」
「え? 2人部屋」
全寮制というのは調査済みだが、寮が2人部屋だということをルイスは初めて知った。
「何だい。他の学校なら4人部屋とか当たり前だから、2人部屋なら恵まれた環境だと思うよ。はいはい、まだこれから次々新入生が来るんだから、とっとと玄関空けてもらわないと困るから、行った、行った」
「はっ、はいっ」
アンナが追い立てるように言うと、仕方なくルイスは荷物の入ったカバンを持ち、隣にあった階段をのぼり上の階に移動した。
「808、809、810、あった。あった。ここね」
この寮は2階建てで、部屋番号は801から始まっていた。ルイスは部屋番号を確認し、自分の部屋の前に立っていた。同室の者が先にいるのか、この場所ではわからなかったので、いるものとして部屋に入ることにした。
コンコン
「は~い。どうぞ」
「しっ、失礼します」
ルイスがドアをノックすると中から男の人の声が聞こえてきた。恐らくこれから生活を共にする同室の者だろうとルイスは思った。
(若い男の子だわ)
ルイスは王女という立場のため、悪い虫が付かないように同年代の男性から遠ざけられた生活を送っていた。そのような束縛から解放され、目の前には同年代の男がいた。
「はっ、初めまして。わた・・・じゃなった僕はルイス。これからよろしく」
「ああ、同室の子だね。俺はアランだ。よろしくなルイス」
部屋の中で荷ほどきをしていたアランは手を止めて、ルイスに手を差し伸べてきた。
(こっ、これは握手を求められたのよね?)
ルイスはルームメイトとなるアランの手を握り、挨拶をした。
(これが男の子の手の感触か。何か包容力があって良い感じ)
初めて触る同年代の男の手から伝わる感触を、この一瞬であったが、ルイスは味わった。
「俺は左側を勝手に使わせて貰っているが、良かったかな?」
「ああ、良いとも。それじゃ僕は右側を使わせて貰うよ」
部屋の中は左右対称に分けられていて、ベッドと机、それと荷物を入れる棚とクローゼットが備え付けられていた。
「あれ?」
「どうした?」
ルイスは部屋の中を見回したが、あるものがなかった。
「トイレ、バスがない」
「当たり前じゃないか。そんなのが各部屋に付いている寮なんか、金持ちが通う学校か、お貴族様の通うような学校だぞ」
何を言っているんだと言わんばかりに、アランは笑いながら答えた。そう、この部屋にはトイレと浴室が備え付けられていなかった。
「えっ? それじゃお風呂とトイレはどうするの?」
「何を言ってるんだ? トイレは各階に1カ所、風呂は1階に大浴場があるってアンナさんが説明しなかったか?」
「いや、聞いていない。初耳だよ」
寮母のアンナからは、その辺りの説明はなかった。恐らく忘れていたのか、アランが部屋にいることを知っていて、直接説明して貰えばいいくらいに考えていたようである。
「そっか、今日は入寮日だから、忙しかったのかも知れないな。俺は比較的早い時間に入寮したから、その当たりの説明はあったぞ」
「そうなんだ。それじゃ、他に注意事項とかあった?」
入寮のしおりのような冊子も貰っていないので、そのあたりも含めてルイスはアランに尋ねることにした。
「俺も詳しいことは聞いていないが、トイレ、浴室の場所。そして食事は朝食と夕食のみだそうだ。あとは夕食の際に説明すると言っていたぞ」
「なるほど」
アランの話によると、夕食時にその辺りの説明が行われるようだ。
「俺は荷ほどきをしているから、もし何か手伝ってほしいことがあったら言ってくれ」
「ああ、そのときはよろしく」
アランはそう言って自分の作業に戻った。
「よし、僕もやろうか」
ルイスは、持ってきたカバンを広げて、中身をそれぞれの場所に収納する作業に取りかかった。
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