第24話 母との思い出
「で、バイトの初日はどうだったんだ?」
アランがルイスも尋ねた。
「どっ、どうって、まあ何とか乗り切ったって言う感じだよ」
ルイスは緊張気味に答えた。バイトの話は良いとして、ルイスにとってそのような話題は些細なことであった。なぜなら、隣にいるアランは何も服を着ていない状態。つまり裸で、ルイスも同様に裸であった。やましいことをしている訳ではなく、寮の浴室で2人が湯船に浸かって親しげに会話をしていると言う場面だ。
「そっか。それは良かったな。俺は今日もダメだったよ」
アランは落ち込んだ表情で言った。今日も職探しのためいろいろな場所に赴いたが、どこも良い返事が貰えなかったようだ。
「そっか、明日も休みだし、諦めずに探せば、どこか雇ってくれるところがあると思うよ」
「働き口が決まった奴はいいよなぁ。まあ明日も頑張って探してみるよ。じゃあ俺、先に上がるわ」
「おっ、おう」
アランは湯船から出てそのまま脱衣所に向かった。
(人の気も知らないで、近くで話しかけないでほしいよ)
ルイスは、自分の性別がバレないかヒヤヒヤしながら会話をしていたが、それとは逆にアランに異性として見て貰えず、全く気が付いてもらえないほど、自分の体に女性としての魅力がないことを嘆いていた。
「あっ、ルイスくん」
ルイスは、そのようなことを考えていると突然声をかけられた。
「ニコラス。体調の方はどう?」
「今日は1日寝て過ごしたからもう大丈夫。いろいろと迷惑をかけてしまったね」
声をかけてきたのはニコラスだった。爽やかな笑顔であったが、入浴中なので彼も当然のことながら裸で、湯船で座っているルイスに対し、ニコラスは立った状態で向き合っているので、ルイスの目の前にはニコラスの足の付け根辺りがしっかりと視界に入っていた。
「ルイスくん、どうかした?」
「う? ううん。なっ、何でもないお」
ニコラスが心配したように尋ねてきた。ルイスは思わず視界に入っていた物を凝視していたが、その一言で我に返った。
「隣、いいかな?」
「どうぞ」
寮の共用設備であるためルイスに拒否権はないので、アランという危機が去って安心していたのも僅かの時間であった。ルイスに再びニコラスという脅威がやってきた。
「よいしょ。ふ〜いい湯加減だ」
ルイスの隣にニコラスが座った。そして横目でチラチラと彼を見ていると、意識してしまい徐々にルイスの心拍数が上がっていった。
「ルイスは明日何か予定がある? 迷惑をかけたお詫びに昼食でもどうかな?」
「ごめん、実は今日からアルバイトを始めて、明日もバイトなんだ」
ルイスは翌日もヤオイオアシスでのアルバイトがある。そのためニコラスの誘いを断るしかなかった。
「そっか。それは残念。それじゃ、お礼はまた後日にさせて貰うよ」
「別にお礼なんて気にしなくても良いよ。学校が休みのときはいつもバイトという訳ではないから、また都合がつく日に誘って」
「わかった。それじゃまた今度誘うよ」
ニコラスはあっさりと引き下がった。これが異性に対してならもう少し積極的にアピールしただろうが、ニコラスはルイスのことを男だと思っているので、知り合い同士なら、そこまで深く関わる必要がないと考えたようだ。
「じゃあ僕はそろそろ行くよ」
「ああ。わかった」
ニコラスはルイスに軽く挨拶をしてから湯船から出た。
(思ったより長湯になってしまったな。そろそろ出ないとのぼせてしまう)
ずっと湯船に浸かっていたルイスは、顔が真っ赤になっていた。このまま入っていると倒れるおそれがあったので、ニコラスが出て行ったのを確認すると頭の上に載せていたタオルを素早く腰に巻き、湯船から出た。
「何とか着替えたけどフラフラする・・・」
脱衣場で着替え終わったルイスは浴室を出て、自分の部屋に向かおうとした。
「あっ、足に力が・・・」
ルイスは突然めまいを感じ、足下がふらついた。
「おっと、大丈夫かい? ルイス」
「あ、アンナさん。少々長湯をしてしまったみたいで・・・」
「だらしないねぇ。あんたの部屋は2階だったね? その様子だと自力では無理そうだね。仕方ない」
「うわぁ」
倒れかかったところをたまたま通りがかったアンナが支えた。そして自力ではルイスが部屋に戻れないと判断したアンナは、ルイスを担ぎ上げた」
「おや、ルイス。あんた随分軽いじゃないか? 御飯きちんと食べてるのかい?」
「ええ、まあ」
「取りあえず、動けるようになるまでアタシの部屋で休んでいきな」
そう言って米俵を担ぐように、ルイスはアンナに担がれて部屋までお持ち帰りされてしまった。
「よいしょ。これアタシのベッドだからね。女に飢えてるからって匂ったり変なことするんじゃないよ」
「しません!」
「あははは。こんなおばさんは興味無しか。じゃあ寮の見回り行ってくるから、そのまま寝てな」
そう言ってアンナは部屋から出て行った。そして疲れが出ていたこともあり、ルイスはアンナのベッドで休むことにした。
「んっ、ちょっと寝てた」
「おや、起きたのかい? どうだい? 歩いて戻れそうかい?」
ルイスが目を覚ますと、アンナが心配そうに覗き込んでいた。その優しい視線に思わず自分の亡くなった母親のことを思い出してしまった。ルイスことエロイーズの母親は彼女が幼い頃に亡くなっている。それを不幸に思った父が、寂しい思いをさせないように、それ以上の愛情を注ぎ育てたために、娘に対してとても甘い父親になってしまった。
「ええ、少し寝たので大丈夫そうです」
「そうかい」
アンナはふだんのぶっきらぼうな言い方ではなく、優しい口調で一言そう答えた。
「すみません。お邪魔しました」
「はいよ。気をつけて帰りな」
ルイスはアンナの部屋を出て、階段を上がり、自分の部屋に戻った。
「ルイス、長い風呂だったな」
「ちょっと長湯をしすぎて倒れてしまったんだ。それでアンナさんに介抱して貰ってた」
「すまん。俺が先に戻ってきたばかりに、もう少し一緒にいれば良かったな」
部屋に戻るとアランがなかなか戻ってこなかった理由を聞いてきた。ルイスは正直に答えると、アランは自分の行動を悔いるように言った。
「いや、アランは問題ないよ。長湯をした僕が悪いだけだよ」
「そう言うことにしておくよ。次からは俺も気をつける」
アランはルイスの言葉を聞き入れた。
「さて、そろそろ寝るか」
「そうだね」
しばらくルイスは、アランと雑談をしていた。いつの間にか話し込んでしまい、気が付くと消灯時間になっていた。部屋の明かりを消してルイスとアランはそれぞれベッドに入り眠ることにした。ルイスは生まれて初めて働いた疲れなどもあり、すぐに眠りについた。
「おかあさまには、わたしの大切なものを見せてあげる」
「あら、あら、何かしら?」
その日、ルイスは夢を見た。幼い頃の母親と過ごした日の記憶であった。
「こっ、これは***の本よね」
「***?」
「そう、恐らく***からどう言う訳か現れた本よ。この国にも何冊か存在が確認されているの。でもね、書かれている文字が未知もので、絵や図で何となく、どのようなものが書かれているのか理解できるのだけれど、字が読めないから解読できないの。国を挙げて解明するために、多くの学者達が研究をしたのだけれどダメだったわ」
エロイーズは中庭で拾った宝物にしている本を生前の母親に見せていた。そして、彼女の口からこの本のことについて語られたが、所々の語句が掻き乱されて思い出せなかった。
「おそらくこの***の本が解読できればこの国の未来も大きく変わると思うの」
「それって、おかあさまの病気も治せるということ?」
「ふふふ、それはどうかしら? 現段階では何が書かれているか解明されていなくても、それらの***の本が解読できれば間違いなく、この国のためになると私は信じているわ」
「それならわたし、この***の本を解読してみせるっ。そしてこの国のために絶対役立ててみせるよ」
「あなたならきっとそれができると思うわ」
この時点でエロイーズの母親である王妃は病に侵されていた。余命宣告まで受け既に寝たきり生活になっていた。何とか娘を心配させないようにと気遣い、気丈な振る舞いをしていたが、この会話を行った数日後に亡くなってしまった。
「ううっ、おかあさまっ」
翌朝ルイスは目を覚ました。枕はシットリと濡れて、寝ている最中に流した涙を吸っていた。あの薄い本を何とかして解読しようと思い立った切っ掛けの出来事である。苦労して解読した結果、やまなし、おちなし、いみなしの3点が揃ったものだとわかり、全く国の役に立つような品物ではなかったが、それはルイスの欲望を十分満たす物に成長していった。
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