第29話 VIPルームにて

「ルイス、今日もダメだった」

「ことごとく断られるのって精神的にも辛いよ」

「そっか。なかなか働き口って見つからないんだね」


 アラン、ルイス、ニコラスは並んで会話をしていた。


(どうしていつも浴槽の中なんだ。部屋で話せば良いじゃないか)


 3人が話しているのは浴槽の中だ。もちろん全員裸である。裸の男2人に挟まれる形での会話はどうしても違う場所に心が行ってしまい、ルイスは気になって会話が半分頭に入ってこない状態であった。


「おい、ルイス大丈夫か? 聞いてるのか?」

「ルイス、調子でも悪いのかい?」


 2人にはルイスが話を半分聞いていないことに気付かれてしまった。2人とも心配した様子でルイスに体を寄せてきた。


(近い、近いって)


「ごっ、ごめん。少しのぼせたみたい。先にあがらせて貰うね」


 ルイスは慌てて腰にタオルを巻き、湯船から逃げるように脱衣所に向かった。


(さすがにこの状態に慣れてきたと言っても、裸の男の人が2人同時に寄ってきたら興奮・・・じゃなかった意識してしまうよね)


 ルイスは速攻で服を着て自分の部屋に戻った。



「おい、ルイス。大丈夫か?」

「ああ、心配させてゴメン。少し横になっていたから、もう大丈夫」

「そっか。それなら良かった」


 それから少しの間、ルイスは自分ベッドの上で悶々として過ごしていた。火照りが少し引いた辺りでアランが部屋に戻ってきた。そして心配した様子で話しかけてきた。ルイスが大丈夫だと答えるとアランは安心した表情を見せていた。




「ルイス、今日の昼はどうするんだ?」

「ああ、今日はあの店に行く予定だよ」

「また行くのか? 俺もそれくらいの頻度で通えるくらい稼ぎたいな」


 翌日の昼休みになり、ルイスはアランに予定を尋ねられた。隠す理由もないのでルイスはヤオイオアシスに行くと伝えた。



「お帰りなさいませ。御主人様。あら、今日はお客様で良いのかしら?」

「はい、そうだった。これをお願いします」

「かしこまりました。えっと誰の名刺かな・・・え? 本当にいいの?」


 ヤオイオアシスに入ると、受付担当のメイドが話しかけてきた。彼女は職場の同僚なので顔は見たことがあるが、名前まで覚えていない人であったが、さすがに改めて名前を尋ねる訳にも行かず、話を合わせるように名刺を提示した。その書かれている人物の名前はマロンであり、メイドは驚いた様子で再度指名が合っているのかルイスに確認してきた。


「はい、大丈夫です」

「わかったわ。では、お席まで御案内しますね」


 そして受付担当のメイドさんに席の方まで案内された。


「よっ、よく来たわね。はい、メニューよ。好きなのを選びなさい」

「あれ? この色は・・・」


 席に着くとすぐに担当のマロンがやってきた。いつもの無愛想な態度でルイスにメニュー表を手渡した。だが、そのメニュー表の色は青色ではなく茶色であった。この色は担当するメイドが特別のお客さんと認めたときに渡されるものであった。


「いいから、早く選びなさいよ。昼休みの時間なんてすぐに終わってしまうよ」

「わかったよ。選べば良いんでしょ」


 ルイスはメニュー表を開いた。


「VIPルームでメイドと食事。としか書かれていないね」

「御注文ありがとうございます。ではこちらに案内しますね」

「うわぁ、ちょっと」


 ルイスはマロンに手を引っ張られVIPルームに連れて行かれてしまった。



「その、昨日はありがとう。今日はお礼を兼ねて特別にVIPルームに招待してあげたわ」


 マロンは上から目線で言った。


「お待たせしましたぁ。となり失礼しますね」

「お食事をお持ちしました。ではテーブルに並べさせていただきますね♡」


 そう言って4人分の食べ物を置いたアップルがルイスの隣に座り、テーブルを挟んで向かい側の席にパパイヤが座った。


「誰もお前達なんて呼んでない。はよういね」

「あら、あら、私のチェリーちゃんに指名させるなんて、どう言う根性しているのかな? ま・ろ・ん・ちゃん」

「教育係の私に何の断りもなくVIPルームを使うなんてどう言うことかしら? しっかりとできるか監視が必要だわ」


 手で追い払うようにマロンが言うと、頭に血管が浮き出て顔が引きつっているアップルと笑顔ではあるが冷たい空気がピリピリと伝わるパパイヤのキツい眼光がルイスに刺さった。


(凄く居心地が悪い)


 ルイスは正直逃げ出したい気分だった。


「チェリーは昼休みで来ているから余り時間がない。取りあえずごはんを食べる」

「そうね。学校の時間があるものね。それじゃ、私が食べさせてあげるわ」

「指名されたのは私の方。食べさせるのは私の役目」


 マロンとアップルで誰がルイスに食べさせるかで口論を始めた。


「はい、はい、2人ともお客さんの前で喧嘩はダメよ。2人仲良く食べさせてあげなさい」

「「はーい」」


 パパイヤがそう2人に指示を出すと素直に従った。


「それじゃ口を開ける。しっかり味わって食え」

「次は私の番よ。は~い、チェリーちゃんお口をあ~んして♡」

「あらあら、チェリーも満更ではない顔をしているわね」


 結局ルイスはマロンとアップルに食べさせて貰った。


「ところで昼の忙しい時間帯なのに、3人もここにいて大丈夫なの?」

「あら、チェリー、お店のことを心配してくれるのね。今日は不思議とお客さんが少ないのよね。だから私達がいなくてもお店は回っているわ。だから安心しなさい」

「ソーデスカ」


 ルイスの心配はあっさりとパパイヤによって打ち砕かれた。


「それで、チェリー、せっかくVIPルームに来ているのだから、特別なことをしない? はい、これ私のVIP用のメニュー表よ」

「こっ、これって」


 メニュー表の台紙にはチェリー専用と書かれ、中身は運営さんに叱られそうなものまで書かれていた。


「ちょっと、さすがにこれはないわ。没収よ」

「えー、いけずぅ」


 チラリと中身を見たパパイヤの手によってアップル魅惑のメニュー表は即回収されてしまった。メニュー表を取り上げられたアップルは、不満そうにパパイヤの方を見ていた。


「さて、貴方たち2人は密室でナニをするつもりだったの? それにいつの間にそんなに仲が良くなっていたの?」

「え?」


 パパイヤに言われてルイスはマロンの方を見た。すると彼女はソファーの上で体をピッタリとルイスの体に寄せていた。ちなみにその反対側ではアップルが同様のことをしているのだが、それはいつものことなのでルイスは気にしないことにした。


「べっ、別に仲なんて良くない」


 パパイヤに言われたマロンは少し照れた顔をしてルイスから離れた。


「邪魔者は消えたわね。それじゃ遠慮無くぅ。チェリーぃしゅきぃ」


 対抗心があったのかアップルが隙を突いて抱きついてきた。


「今日は接客だから注意はしないけど、アップル、仕事中にそれをやったら減給するわよ」

「そんなひどい・・・」


 パパイヤの言葉にアップルは残念そうに涙を流した。


「がーっ! こんな調子でやられたら時間がなくなるわぁ! 余計なものが2匹いるけどこの際気にしない。本題に入るっ」


 話がなかなか進まず、イライラしていたマロンは急に大きな声を出して1冊の本をテーブルの上に置いた。


「これは、昨日の本だね」

「今日のうちにもう1曲ぐらい覚えておきたくて」

「なるほど」


 マロンは昨日の本の内容が気になっていたようだ。ルイスが来ることを知っていたので持ってきていたようだ。それと今回VIPルームに案内したのは周りに邪魔されず歌の勉強がしたかったという思惑もあったようだ。


「えっ? 何々? 変わった本ね。何が書かれているか全然わからないわ」


 アップルが置かれた本をパラパラと開いてみたが、中身が全く理解できなかったようだ。


「これって・・・」


 その様子をパパイヤが見ていたが、考え事をしているのか何も言わず、見守っていただけであった。


「昨日はこのページだったから、次のページよろしく」

「えーっと、それじゃ歌詞を読むね」


 ルイスが楽譜に書かれている歌詞を読み始めた。


「ちぇ、チェリー、もしかしてここに書かれている字が読めるの?」

「えっ? まあいろいろと頑張って読めるようになりました」

「うっ、うそっ」


 ルイスが1度書かれているままに読んだあと、意訳をしてみんなの前で読み上げるとそれを見ていたパパイヤが驚いた顔をしていた。


「学園に通っている子だから突然姿がなくなる何てことはないわね。確か1年だからまだまだ時間はあるわ。もう少し様子を見た方が良さそうね」

「チーフ、さっきから何ブツブツ言っているんですか?」

「えっ? きっ、気のせいじゃないかなぁ。あはははは」


 アップルがパパイヤに尋ねたが、彼女は笑って誤魔化した。


 ♪~


 そして昨日の時点で楽譜が読めるようになったマロンが、メロディーを口ずさみ曲の全体を掴んだ後、ルイスが意訳した歌詞を入れて1つの歌として作りなおした。


 ♪~


「今度はゆっくりしたテンポの曲だね」

「自然を感じる良い曲」


 仕上がった歌をルイスとマロンが2人で合唱していた。


「もしかして私達って歴史的な瞬間に立ち会ってるかもしれないわ」

「ソウナンデスカ? ただ本を見ながら歌っているようにしか私には見えませんけど?」


 感動しているパパイヤとは異なり、余り興味がない感じのアップルは対照的な表情をしていた。


 ♪~


 結局後半は4人で練習をして、新しく生み出された歌は後日ステージで披露することにした。


「あっ、そろそろ学校に戻らないと」

「くっ、もう時間切れか。ちょっと待つ」


 昼休みの時間が少なくなり、ルイスはそろそろ学園に戻らないといけない時間になっていた。それを告げるとマロンが立ち上がり、一旦VIPルームから出て行った。


「待たせた。それじゃこれ」

「ん? え!」


 ルイスがマロンから受け取った紙は請求書であった。そこには4人の食事代、VIPルームの使用料、追加メイド加算2人分などが記載され、普段の利用より1桁多い金額が書かれていた。


「これ払わないといけないの?」

「「「うんうん」」」


 ルイスが恐る恐る尋ねると、マロン、アップル、パパイヤの3人が揃えたように笑顔で首を縦に振った。



「またのお越しをお待ちしています。御主人様♡」


 マロンに見送られてルイスはヤオイオアシスを後にした。


「うっ、私の所持金が・・・」


 ルイスは持っていた所持金のほぼ全部が支払いとして飛んでいってしまい、軽くなった財布の中身とは対照的に、重くなった気持ちを引きずりながらトボトボと学園に戻っていった。

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