第28話 川で拾った本
ルイスはヤオイオアシスの前に来ていた。
「えっと、マロンはいるかな?」
商業地区ということもあり、店の前を歩く人はそれなりにいたが、その中に1人だけ周りから浮いている女の子がいた。服はお世辞にも良いものとは言えず、継ぎ接ぎだらけで貧民街から来たのではないかと思えるほど貧相なものであった。だが、特徴ある金髪でツインテールの髪型はルイスに心当たりがあった。
「マロン、待った?」
「べっ、別に待ってない」
声を掛けるまでどこか諦めた表情のマロンであったが、ルイスの顔を見るとパッと明るくなり、口では待っていない言っていても、声を掛けたのを喜んでいる様子であった。
「そっ、それじゃ私の家に行くよ。付いてきなさい」
「はいはい」
口ではキツメの言い方だったが、マロンはルイスの手を優しく握り、自分の家に案内しようとした。ルイスはヤレヤレといった表情で、彼女の家に向かうことにした。
「ここが私の家よ。何か文句ある?」
マロンの案内で街の外れにある河原に連れてこられた。そこに1軒の廃木を合わせて作られた小屋があった。
「今は私1人しか住んでいないから遠慮なく入って」
「おじゃましま~す」
マロンがドアに手をかけて手前に引くと、ギギギと木が軋む音がしてドアが開いた。建物の中に入ると実にシンプルであった。部屋というような区切りはなく、建物の中には洗濯物が干されているが、比較的片付いていて、外見から想像するより綺麗だった。
「適当に座ってなさい。今お茶を用意するわ」
「そう言ってマロンは建物から出て行った」
外からは石を打ち付けるような音が聞こえてきた。
「くっ、なかなか火が付かないわね。えいっ、よし、これをこうして・・・着火完了。後は用意していたヤカンを載せてしばらく待つ・・・」
どうやら火打ち石を使い、外で火を起こしていたようだ。お金のあるものならマッチなどを使用して火を起こすが、お金のない者は木を擦り合わせて摩擦熱又は、火打ち石のようなもので火花を起こして着火させるのが主流となっている。ちなみにルイスの場合は魔法でポンと火が出せるので、そのような苦労をしなくても良かったりする。
「待たせたわね。はい、お茶よ」
「このティーカップって・・・」
マロンが出したお茶が入ったティーカップは見覚えのあるものだった。
「チェリーが来るから、店から拝借してきたのよ。何か文句ある?」
「いやいや、勝手に持って帰ってきたらダメでしょ。それにこのお茶の味ってお店で使ってる茶葉だよね?」
「そうとも言う。少しぐらい持って帰ってもバレないから安心しなさい」
このティーカップと茶葉は店から勝手に持って帰ってきたもののようだ。知らなかったとはいえ、飲んでしまった以上、ルイスも共犯者となってしまった。
「では本題に入ろう」
「いやいや、お店から奪ってきた物の話が先でしょ?」
「もう1度言おう。本題に入ろう」
「もう好きにして」
マロンはルイスの話に耳を傾けようとはしなかった。そして強引すぎる話の持って行き方にルイスは半分諦めた。
「えっと、歌を教えてほしかったんだよね?」
「そうとも言う。取りあえず、この前あなたが言っていた曲の中で、私が完全に覚えていない曲から始めようと思う」
「わかった。じゃあその曲のタイトルを教えて」
こうしてルイスとマロンの歌の勉強が始まった。まずはルイスが歌える曲の中から、マロンが部分的にしか覚えていなくて、完全にマスターしていない曲をピックアップして覚えるところから始まった。
「♪〜」
「♪〜」
(マロンって歌を覚えるの早いなぁ)
マロンの学習能力は高いようで、スポンジが水を吸うかの如く次々に歌を覚えていった。教えるのが楽しくなり、あっという間にルイスは寮に戻らなくてはいけない時間になった。
「その、今日はありがとう」
「気にすることはないよ。同じ職場の仲間同士だからね。それにマロンが歌を覚えればそれだけステージで歌える曲の数も増えるから、お店のためにもなると思うよ」
照れながらマロンはルイスに礼を言った。
「じゃあ僕は帰るね・・・おや?」
「なっ、何か?」
そのまま帰ろうとしたルイスだったが、棚の上に置かれている物に目が行った。それを見たマロンは、警戒するようにルイスの動向を注視していた。
「そんなに家の中をジロジロ見ても金目の物なんかないよ。お金になりそうなものは全部借金取りが持っていったから」
マロンはルイスが金目のものを物色していると思ったようだ。
「もっ、もしかして私の体が目当てなの?」
「んなわけあるかぁ」
「あ痛っ!」
マロンの言葉に思わず、パパイヤと同じ反応をしてしまったルイスであった。
「あの棚の上に置いてあるものが気になってね」
「ん? ああ、この前、家の前にある川で拾ったんだ。ちょっと変わった物だなぁと思って取っておいたんだ」
棚の上に置かれていたのは1冊の本だった。表紙は紙出てきていて、この世界では使われない原色に近い色をベースに数色のインクで文字がかれていた。
「ちょっと見せて貰っていい?」
「拾いものだから別に構わないよ。どうぞ」
ルイスはマロンから本を受け取った。
「うーん、濡れてしまったみたいで、そのまま乾いてページが引っ付いて開けないなぁ」
その本は川に落ちていたと言っていたので、濡れてしまい、そのまま乾いたようで、ページが引っ付き開けなくなっていた。
「表紙に何か書かれているね。えっと、【楽譜の読み方 はじめて入門】うーん、楽譜って何だろう?」
「チェリー、この字が読めるの? 私は全然知らない文字だけど、どの国で使われている物なの?」
「あ」
ルイスはタイトルの文字を普通に読んでしまったが、マロンが言うようにこの国で使用されている文字ではなかった。そう、この文字は幼いときに拾った薄い本で使用されていた文字であった。エロイーズが何とかして、その本を読もうとして全力を投じて解読したあの文字である。幼い頃から慣れ親しんだ文字であったので違和感なく読んでしまったが、マロンに言われて普通の人には読めない文字だったことに気が付いた。
「えーっと、そう。これは異国の文字。ちょっとかじる程度、勉強する機会があってね。あはははは」
ルイスは笑いながら誤魔化した。
「ふーん。そうなんだ。それでこれは何の本なの?」
「楽譜を勉強するための本のようだけど、見ての通り中身が開かないからね。それに楽譜というのが何かわからないよ」
ルイスが文字が読めたことに対しては、勉強する機会があったのだろうと納得し、マロンは余り興味を示さなかった。
「そうだ! ちょっとこの本を借りるね」
「別にいいけど」
ルイスはマロンに断ってからその本を小屋の外に持ち出した。
「リペア!」
ルイスは外に出てから、リペアの魔法をその本に対して使用した。リペアというのは修復魔法で、本来なら壊れた武器や防具を簡易的に補修する為に用いられるのだが、濡れて固まっただけで、壊れた訳ではないので、本を濡れる前の状態に戻す程度なら流用することができた。
「よし、上手くいった」
ペラペラとページをめくると、触り心地の良いツルツルとした紙の質感が伝わり、問題なくページも開けるようになっていた。
「お待たせ。ページを開けるようにしてきたよ」
「どっ、どうやって? ほっ、本当だ」
修復した本をマロンに渡すと、彼女はページをめくりながら驚いていた。
「この中に書かれているオタマジャクシみたいなものは何だろう」
「えっと、最初の方のページに説明が書いてあるね。音を書き表す記号だって。ということは、ここに書かれているものは音楽? へぇ~。こういうふうに書面で書いておくとこれが読めれば誰でも同じ曲が演奏できるね」
この世界の音楽と言えば、人から人に直接伝授するもので、このように書面に残して伝える方法は存在しない。そのため地方などによっては伝わり方が変わってしまい、同じものであっても曲や歌詞が若干異なっている場合もある。
「それで、それで、何って書かれているの?」
マロンは書かれているものが音楽と知り、早く内容が知りたい衝動から、ルイスに身を寄せて聞いてきた。
「楽譜というものの下に歌詞が書かれているね。恐らくこの音階に合わせて歌うのだけど、この国の言葉ではないから意訳する必要がありそうだね。取りあえず1曲ほど歌詞を書き出してみるね」
ルイスは必要かもしれないと思い、筆記用具を持ってきていた。それに歌詞を書きだし、その下にこの国の言葉で意訳したものを書き加えた。
「今までに聞いたことがない感性から来る歌詞。でも、それが心に響く」
マロンは意訳された歌詞を読み、感動している様子だった。
「それで、楽譜に書かれている曲調だと、フン♪、フン♪・・・」
ルイスは楽譜に書かれているものを鼻歌で歌って見せた。ルイス歌を聴きながら、マロンは意訳された歌詞を追っていった。
「♪~」
ルイスが歌い終わると、今度はマロンがその曲調に乗せて意訳した歌詞を歌い出した。
「すごい、すごいよ。マロン」
「今までに聞いたことがない歌だけど、すごく良いと思う」
ルイスとマロンが歌っていたのは解説用の童謡で比較的簡単なものであった。だが、この国では聞かない初めての音楽に、2人は手を取り合って感動していた。
「あとのページは全部違う歌みたいだね。でも段々難しくなっていってて、この先を解読して読んでいくのには、もう少し時間がかかりそう」
「うー。先が知りたいのに残念」
ページをめくる毎に難易度が上がり、最後の方になるとびっしりとオタマジャクシが張り付いたものとなっていた。現段階では何とか簡単な楽譜が読めるようになっただけのルイスにとっては、容易に取りかかることができないものであった。
「いけない。余裕をもってここを出るつもりだったけど、もう寮に戻る時間だ」
「えっ? もう帰っちゃうの?」
すでに寮に戻らないといけない時間が迫っていて、この場所では走らないと間に合わない状態であった。それを聞いたマロンは寂しそうな顔をしていた。
「ごめん。また明日の昼休みにお店の方に顔を出す。そのときに続きを話そうよ」
「わかった。今日は付き合ってくれてありがとう。また明日」
「うん、またね」
ルイスはマロンに本を返し、外に出ようとドアに手をかけて開けようとした。
「待ちなさい」
「え?」
するとマロンが急にルイスに声を掛けた。
「そっ、その。昼って言うことは客で来るんだよね? じゃあこれを渡しておく」
「えっ? これ店の名刺だよね」
「ゆっくり話せないから、私を指名しなさいって言ってるの! わかったならとっとと帰りなさいよ」
「わっ、わかった。じゃあ」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にしたマロンが追い立てるように言った。ルイスは時間が迫っていることもあり、急いで寮に戻ることにした。
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