第32話 絵本
「それと、1つ確認しておきたいことがあるのだが・・・」
ヤーオイは、人払いをしてまでルイスと話したいことがあるようだ。
(もっ、もしかして、私の正体に気が付いたとか?)
ヤーオイとは公式な場で顔を合わせたことがあるので、正体がバレたのではないかと考えたルイスは警戒していた。
「実はこれを見てほしい」
「絵本? でしょうか」
ヤーオイは、1冊の薄い本をテーブルの上に置いた。それは、良く知っている異世界の文字で書かれた絵本であった。
「クローディアに聞いたのだが、その文字が読めるそうだな?」
「読めると言えば読めますが」
「どのようなことが書かれているか、読んでみてはくれないか?」
「それは構いませんが」
ルイスはヤーオイから絵本を受け取った。そして本を開き読み始めた。
「むかし、むかし、あるところに おじいさんと おばあさんが すんでいました・・・」
平仮名と片仮名のみで書かれていて、幼児の読み聞かせ用に作られた難易度の低い絵本なので、ルイスは意訳しながらスラスラと読んでいった。
「・・・と しあわせにくらしましたとさ おしまい」
ルイスは絵本を読み終えて、そっと本を閉じた。
「すばらしい! すばらしいぞ! 歌についても驚いたが、この方が更に驚きだ。この文字が読める能力を、この街の為に使っていただけないだろうか?」
「先ほども言いましたが、私は、学生で学業を優先で行いたいと考えています。ですから、空いた時間で良ければ構いません」
ルイスは本来の目的を優先させたかったが、しつこく言われそうな雰囲気であったため、譲歩して空いている時間なら協力できると答えた。
「本当は学園を辞めて私の元で働いて貰いたいくらいだ。どうだ? お金はそれ相応に払わせて貰う。考えては貰えないだろうか?」
「それはお断りします。もし強引にそのようなことをされるのでしたら、学園を辞めて王都に戻ります」
「なっ、何と。そなたは王都から学業の為にこのような田舎に来たのか。そうなると正式な領民でもない、そなたの自由を奪う訳にはいかなようだな。仕方ない、空いている時間で構わないからよろしく頼む」
ルイスの強い口調に、ヤーオイは妥協するしかないと思った。
「わかりました」
「それにしても、貴族に対して全く動じず対応できる能力。なかなかの物だな。きっと将来、大物になりそうだ」
ヤーオイは、貴族にも動じないルイスのことを評価した。
「では、また近い内に妻を通じて連絡をさせていただく。よろしく頼んだぞ」
当初の目論見通りいかなかったヤーオイであったが、最低限の約束は取り付けるのに成功した。
「はい、わかりました」
ルイスは事務的にそう返事を返した。
「ところでだ、せっかくのVIPルームなので、私も少々楽しませていただくとしよう」
そう言ってヤーオイは、自分が座っていた席を立ち、ルイスの隣に密着するように座った。
「さて、どのようなサービスをしてくれるのかな?」
「えっと、サービスなら私でなく、こちらの方に頼んだ方が良い気がしますよ?」
ルイスはドア付近に仁王立ちしている女性の方を見て言った。
「あー、なー、たー?」
「かっ、カーチャン、ひっ!」
パパイヤが鬼の形相でヤーオイを睨み付けていた。それに気が付いた彼はブルブルと震えだした。どうやらプライベートでヤーオイは、パパイヤのことをカーチャンと呼んでいるようだ。
「チェリーはもう良いわ、後は私がやるわ」
「かしこまりました。では失礼いたします」
パパイヤに言われて、ルイスはVIPルームから出た。
「あんた! 何、店の子に手を出そうとしてるの!」
「ひっ、でっ、出来心なんです」
「せっかく街のために協力してくれるって言っているのだから、今までの苦労を無駄にさせるんじゃないわよっ」
「やっ、やめ、はっ、話せばわかるっ、ギャー!!!」
ルイスが退室した後のVIPルームから大きな叫び声と物音が聞こえた。
「あーあ。またヤッてるよ。アレさえなければ良い領主なんだがな」
呆れた顔でオーナーが言った。その後、ボコボコにされたヤーオイをズルズルと引き摺りながらパパイヤがVIPルームから出てきた。
「とっとと帰りな!」
そしてヤーオイは、パパイヤの手で店から放り出された。
「ごめんねぇ、チェリー。うちの旦那が迷惑かけたね。後ほどきつく言っておくから、許しておくれ」
「はぁ」
(あー、これで終わりじゃなくて、まだ続きがあるんだ・・・)
隣に座られただけで実害がなかったルイスは、そこまで気にしていなかったが、この後、更に追い打ちをかけてパパイヤの手によって、ボコボコにされるであろうヤーオイの身を案じた。
「なあなあ、チェリー」
「ん? 何? マロン」
「男同士でナニやってたん?」
「ぶっ! なっ、何もやってないよ」
パパイヤが自分の仕事に戻ると次は、マロンが揶揄うようにルイスに言った。男同士でナニをする光景は是非とも見てみたいが、ルイスは自分が傍観者だという前提があった。その中に自分というキャストは含まれていない。
「まあいいわ。そろそろ寮に戻る時間じゃない?」
「本当だ。そろそろ戻らないと。オーナー、私、もう時間なのであがらせていただきますね」
「おう、手伝ってくれてありがとな」
マロンに言われて時間を確認すると、そろそろ戻らなければ寮の夕食に間に合わなくなる。間に合わなかった場合、夕食抜きの上で何かしらの労働ペナルティーが課せられる。ルイスはオーナーにそう告げると慌てて自分の更衣室に入った。
「それにしても、今日は少しの時間の仕事だったけれど、いろいろとあったな」
ルイスは店の制服を脱ぎ、付けていたウィッグを外しながら呟いた。緑の髪から地毛の金の髪に戻り、着替えを済ませた。
「では、お先に失礼します」
「お疲れさん」
ルイスはオーナーに声を掛けて店を後にした。
「時間は・・・まだ大丈夫だな」
ルイスは時間を確認し、歩いて帰っても時間に余裕があることを知り、のんびりと街並みを見ながら帰路についた。
「いよぉ、ルイス。こんな時間に街をぶらついて何をやってるんだ?」
「アランか。バイト先に用事があっていっていたところなんだけど、忙しそうにしていたから、手伝っていたんだ」
「ルイス、お疲れ様。僕たちはバイト先を探して回っていたのだけれど、今日もダメだったよ」
寮に戻る途中、アランとニコラスに会った。2人はバイト探しに行っていたようだが、今日も良い結果が得られなかったようだ。
「そう言えば、ザマス先生の呼び出しは何だったんだ?」
「あっ、それ、僕も気になっていたんだ」
アランとニコラスは、シルビア先生の呼び出した理由について気にしていたようだ。
「何か、僕のことを気にかけていてくれたみたいで、お金がない話をしたら、生活費を貸してくれた」
「あのザマス先生が?」
「もしかして、見かけによらず優しい先生なのかもしれないね」
アランとニコラスはルイスの話を聞いて驚いていた。ただ、土曜日の約束については2人に話すべきではないと考えて、ルイスは話をしなかった。
「借りた以上は頑張って働いてお金を返さなきゃね」
「ルイス、良い心掛けじゃないか」
「まわりでは借金を踏み倒す話を聞くけど、ルイスはそう言うことをする人間ではないと僕は思うよ」
ルイスはバイトを頑張れば何とか返済できる物だと考えていた。その考えを2人に伝えると好意的に思ってくれたようだ。2人はそのあと雑談を交えながら寮まで戻ることにした。
びぃえる好きの王女様は男子校に憧れる いりよしながせ @nagase_san
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