第9話 メイド喫茶(その1)

「ルイス、着いたぞ」

「ここがアランのおすすめのお店?」


 アランに案内されてルイスはとある店の前に来ていた。周りは余計な装飾もなく機能性重視の店構えの飲食店しかない場所に、ポツンと1軒だけ豪華な装飾が施され、まるで小さなお城のような佇まいの飲食店であった。


「見ての通り店自体は周りから浮いているが、俺たちみたいな彼女のいない男達にとっては天国のようなところだぞ。ルイスも1度体験したらわかるさ」


 アランは自分のおすすめの店と言うだけあって、自信満々に答えた。


「アランがそう言うのなら期待してるよ」

「ああ。それじゃ入るぞ」


 アランが先に店に入りその後にルイスが続いた。


「おかえりなさいませ~御主人様っ!」

「おわっ!」


 店に入ると入り口にいた若干露出度が高めのメイド服を着た若い女性が深々と頭を下げて出迎えた。突然のことにルイスは驚いて声をあげてしまった。


「御主人様は2名様ですかぁ?」


(御主人様が2名? メイドと言うのは1人の主人に使える物だから2名というのはおかしいわね)


 メイドの発した言葉にルイスは違和感を覚えた。ルイスことエロイーズにも専属のメイドという者がいて、筆頭メイドのクレアを中心とした複数のメイドが身の回りの世話など業務に就いていた。この者達は王女であるエロイーズ直属のため御主人様というのは彼女のことを指す。


「おいおい、ルイス。もしかして店の雰囲気に驚いたのか? ここは俺たちお客さんを主人に見立てて、従業員がメイドとして接客してくれるメイド喫茶と呼ばれるお店なんだ。ここに来ればみんな貴族の御主人様になった気分になれるんだ。こんな店王都にはなかっただろ?」

「うーん。そう言うお店が王都にあるのかどうかはわからないけど、いわゆるある種のテーマを盛り込んだコンセプト喫茶というものかな?」

「そうそう、そんな感じだ」


 アランの説明を聞いてルイスは何となく納得をした。幼い頃に拾った大切な薄い本にもこのようなコンセプト喫茶のシーンがあったのを思い出し、それに似たものなのだろうと理解した。ちなみにそのコンセプト喫茶というのは、執事に扮した若い男性店員が客の男性に対してあんなことや、こんなことをするものであったが、この店ではそのような行為は行われないだろうと、口には出さなかったがルイスは思った。


「あのー、御主人様ぁ?」


 ルイスはアランとの会話に夢中になり、目の前にいたメイド服を着た給仕の存在を忘れていた。


「あっ、ごめんごめん。2人です。御主人様は2人ですっ」

「ふふふっ、自分のことを御主人様って言うなんて面白い方ですね。ではお席の方に御案内しますね」


 笑顔で接してくれたメイド服を着た給仕はルイスとアランを席に案内した。


「では、担当のメイドが来るまで少々お待ちくださいませ」


 席に案内したメイド服を着た給仕は一礼した後、再び入り口付近に戻っていった。恐らく入店した客に声を掛けるのが彼女の役割なのだろうとルイスは思った。


「こうして見ると、装飾は変わっているけど、普通の飲食店って言う感じだね」

「まあな。だが、ここの接客は他の店とは違うぞ。ほら、周りを見てみ」

「ん?」


 テーブルを挟み席に着いたアランとルイスは、担当のメイドというのが来るまで待つことにした。特にすることもなかったのでアランに言われるまま店内の様子をうかがった。


「ひとつのテーブルにメイドが1人就くんだね。本当に客は男性ばかりだね。僕たち以外は複数で来店している客はいないようだ」


 テーブルに就いているメイド達は、担当する男性と話をしながら盛り上がっている様子だ。楽しそうな笑い声がルイスの耳にも入ってきた。


「まあ、彼女のいない寂しい者が癒やされる場所だからな。基本は1人で来るが俺たちのように複数で来る場合もあるぞ」

「そうなんだ」


 ルイスは複数でこの店を利用するのは良くないと感じたが、アランの話では別に問題はないらしい。


「おっ、待たせしましたぁ御主人様っ。今回担当させていただくアップルでーす」


 とてもハイテンションなメイド服を着た若い女性が声を掛けてきた。どうやらこの娘が今回の担当になるらしい。


「うわぁ。すごく可愛い。髪なんて私よりサラサラじゃん」

「ちっ、ちょっと」


 アップルと名乗ったメイドはルイスとアランの間に膝を突いて座り、ルイスの頭を撫でてきた。さすがに初対面の人間に髪を触られるのは良い気がしないので、ルイスはその手を払いのけた。


「ルイス、せっかく向こうから触れてきたのに払いのけるなんて勿体ないな。逆に客がここのメイドを触ったら出禁になるぞ」

「そっ、そうなんだ」


 この店はメイドへのお触りは禁止されているらしい。アランの言うことが正しければ客が触れた場合は出禁になるが、メイドの方から触ってきた場合は問題ないらしい。


「そうそう、思いっきり触られちゃってください。という訳でウリャウリャ」

「かっ、髪が乱れるぅ」


 ルイスの髪はアップルの手でわしゃわしゃと撫でられ、ボサボサになってしまった。


「羨ましくて思わず撫でまくってしまったわ。ところで御主人様達はお友達同士ですか?」

「まあな。同じ学園に通っているんだ。それに寮では相部屋なんだ」


 特に隠すこともないのでアランがアップルに話した。


「寮と言うことはヤオイシュタット男子学園の学生さんですか?」

「そうそう。まあこの街で寮完備の学校と言えばそこしかないからな」

「ですねぇ」

「「アハハハ」」


 アランとアップルは2人揃って笑い声を上げた。


「あっ、そうでした。メニューを渡さなければいけませんでしたね。こちらが当店のメニューです。オムライスがお勧めですよ」


 アップルはルイスとアランにメニューの書かれた冊子を手渡した。その冊子にはメニューと細かい説明が書かれていた。


「じゃあ俺はオムライス。ルイスはどうする?」

「うーん良くわからないから、アランと同じものにするよ」

「かしこまりました。オムライス2つですね。少々お待ちください」


 ルイスはアランと同じく彼女がお勧めだというオムライスにした。オーダーを受けたアップルはメモを取り、一旦店の奥に戻った。


「本当は頼みたいものは他にあるけど、お値段を考えれば、この辺りが妥当だからな」

「そうなんだ」


 回収されず手元に残っているメニュー表を見ると、アランの言うとおりオムライスの値段は少々高めではあるが、許容範囲である。ルイスがパラパラとメニューをめくり価格を確認してみると、高めの価格設定されてあるものがあった。


「メイドさんと恋人気分のジュースとか値段が高いけど、どんなものなのだろう?」

「ああ、それか。ちょうど向こうテーブルでオーダーしている奴がいるぞ。気づかれないように見てみな」

「ん、どれどれ? わぉ!」


 アランの言うとおり、気づかれないようにルイスはそのテーブルを見た。少々小太りの男性がひとつのグラスでストーローを2本差し、担当のメイドと一緒に飲んでいた。初めて見る光景にルイスは衝撃を受けた。


(料理の内容というよりは、担当するメイドの負荷によって価格の設定が行われているようね。オムライスは比較的安価な設定なので、恐らくあれほどのものではないと・・・信じたいわ)


「何だ? ルイスもしかして緊張しているのか? オムライスはあれほど強烈なものではないから安心して良いぞ。それに高価な商品についてはNGなメイドさんもいるから、持ってくるメニューに書かれていなければ、その子は対応不可と言うことになるんだ」

「なるほどね」


 どうやら各メイドが持っているメニュー表には個人差があるようだ。対応不可のものについては記載自体がされていないらしい。


「ちなみにアップルっていう娘は恋人気分のジュースが最高額になっているけど、それ以上のものもある?」

「まあな。俺は頼んだことはないけど、最上級のものになると別室に案内されるそうだ」

「へぇー」


 アランの話では今書かれているメニュー以上の価格設定のされた物もあるようだ。現時点では確かめようもないし、ルイスは、そのようなことに貴重なお金を使用するのも勿体ないと感じていた。



「おっ待たせしましたぁ~」


 そんな話をしていると、アップルがオムライスの載った皿を2つ持ってきた。テーブルの上に並べるとエプロンのポケットからケチャップの入った容器を取り出した。


「それじゃ、お絵かきしますね。よいしょ、よいしょ」


 膝を付けた状態で座り、まずはアランの前に置かれたオムライスに字を書き始めた。やや露出度が高いメイド服のため、アップルが動くたびに肌が見え隠れし、その様子をアランは鼻の下を伸ばしながら見ていた。


【親愛なる御主人様へ アップルより】


 慣れた手つきで、オムライスに字を書いた。


「へぇ、綺麗な字だね」

「そっ、そんな。褒めても何も出ませんよ?」


 ルイスはその文字を見て素直に感想を述べたが、アップルは顔を真っ赤にして照れていた。


「それじゃ次は御主人様の方に書かせていただきますね」


 アップルは次にルイスのオムライスに字を書き始めた。


【ちょっと好みかも アップル】


 字を書き終えたアップルは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていたが、ハッと我に返った。


「いっ、今の無しですぅ」


 アップルは慌てて【ちょっと好み】の文字にケチャップをかけて消した。


「ハハハ、ルイス、お前はカモだってよ。通い詰めて金欠にならないように気をつけた方が良いぞ」


 アランは消された文字を見ていなかったうようだ。【かも アップル】の文字だけ見て笑っていた。


「そっ、それじゃ美味しくなる魔法をかけますね。美味しくな~れ♡」


 アップルは両手でハートを作りおまじないをした。


(うーん、今のは魔法の形式には該当しない動作だから、効果はない気がするのだけれど)


 何かの魔法をかけるのかと思い、注意深くアップルの動作を見ていたルイスであったが、術式からかけ離れた物であり、思い過ごしであったようだ。


「さあ、召し上がれ」

「いただきまーす」


 それを聞いたアランはスプーンを片手にパクパクとオムライスを食べ始めた。


「えっと、頂きます」


 ルイスの考えが他のところに行っていたために、出遅れたが、スプーンを持ちアランに続いてオムライスを食べ始めた。

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