第21話 アルバイト(その4)

「では、改めて紹介する。本日からここで働くことになったチェリーだ。着替える前の姿を見たと思うが、その辺りは察してくれ。彼にはこの姿で働いて貰う」

「おっ、オーナーぁ」


 すでにこの格好で働くことは決定事項のようだ。元々ルイスは女性なのでこの姿自体は全く抵抗ないが、一応男ということで雇って貰ってるはずなのだが、ルイスは何故女装して働かなければならないのか納得できなかった。


「あと、チェリー。客から男性だと思われないように、もう少し声のトーンをあげてみぃ」

「こっ、こんな感じですか?」

「「「おー!」」」


 パチパチパチパチ


 ルイスはオーナーに言われるがまま、声のトーンを少しあげて本来の地声まで戻してみた。するとそれを聞いていた他のメイド達から拍手と歓声が上がった。


「これならチェリーが男性だなんて誰も思わんけぇ。頑張りや」


 ルイスは気を良くして、少し頑張ってみようかなという気持ちになっていた。ルイスは意外と乗せられて流されやすい性格であった。


「それじゃ、アップル。チェリーの教育は任したけぇ。頑張りや」

「はい、オーナー」


 オーナーはそう言って自分の仕事をするために事務室に戻っていった。


「この変態! 私は3日も先輩なんだから敬いなさい。あいたっ!」

「先輩というのならお手本を示しなさい」


 ルイスのことを変態と呼んだマロンだが、その直後パパイヤが彼女の後頭部を叩いた。


「一昨日だって、華麗な接客を見たでしょ? 私を手本に精進しなさいよっ」


 マロンは上から目線でルイスに言った。


「はいはい、マロン。これくらいにしておいてね。ほら教育係のチーフが睨んでいるわよ」

「ふん。命拾いしたな変態野郎」


 アップルがマロンにそう伝えると、吐き捨てたような表情をしてパパイヤの元に行った。


「チェリー、あなたマロンに何かした?」

「どう見ても、僕には接点がない気がするけど」


 ルイスには何故マロンが嫌うのかわからなかった。


「そうよねぇ。この前もマロンが接客していたときも、仕事を放り出して陰から見てたのだけれけど、思い当たるところはなかったし、今日も少し前に会っただけだし、接点がないよねぇ」

「あのー、アップルさん」

「何かな?」

「一昨日仕事を放り出していたのですか?」

「えっ? なっ何のことか、わっ、忘れちゃった」


 都合の良いことは、すぐに忘れることができるアップルであった。



「さて、お店が開店するまでにパパッと店内の説明をしちゃうよ。ここが入り口ね。お客さんが入るのはここからになるわ。それで、この場所には受付担当が立つことになってるわ。店内の状況を見て、空いているようなら他のお客さんと席の間隔を開けて案内。混雑しているときは空いている席に案内するか、満席の場合はこの場所で待って貰うわ。ここで大事なことは、現在店内のどの席が空いている、又は空きそうかを把握しておくことよ。これができれば効率よくお客・・・御主人様をお迎えできると思うわ」


 開店前にアップルが店内の説明を始めた。最初は入り口で、立派に装飾された豪華そうな内装に見えるが、ルイスが軽く壁を叩いてみると綺麗な石ではなく張りぼてだった。軽めの音で中が空洞だということがわかった。この場所はお客さんを迎え入れる大事な場所で、ここを任されるのは重要な仕事だとアップルが語った。


「ここはフロアね。テーブルと椅子がおいてあって、ここで御主人様が食事をされるわ。奥にはステージがあって、朝1回、昼1回、夜1回の計3回、私達がそこに立って歌ったり、踊ったり、何か特技を披露したりして御主人様達に楽しんで貰うの。そのうちチェリーもすることになると思うけど、芸を披露しようと思うとそれなりに練習も必要だから、いきなり立たされることはないとおもうわ」


 続いてアップルはフロアの説明に移った。


「それで、この奥に厨房とスタッフルーム、更衣室。そして熊の巣・・・じゃなかったオーナーの部屋があるわ。オーナーの部屋は事務所も兼ねているけれど、その辺りの業務はほとんどオーナーがしてしまうから、チェリーにはさせないと思うわ。そういったような業務をここで行うの」


 先ほどまでミーティングを行ったりして使用していたので、説明する必要があったのかはわからないが、アップルは丁寧に説明をした。


「ここがトイレね。お客さんと従業員は共用で、まあ見ての通り何の変哲もないのだけれど、ここの清掃は私達メイドが交代で行うことになってるわ」


 トイレは人数の割に少なく1つしかなかった。いま出勤している従業員だけでも10人弱いるのだが、それにお客さんが加わると数としては少々心細いかもとルイスは感じた。


「最後に、VIPルームね。全部で2部屋あるわ。チェリーも見たと思うけど、通常は青色のメニュー表。そして何度も通ってくれるお客さんに対して渡されるのが茶色のメニュー表。メニューの中身については自分ができることをランク付けてこれは常連向けサービスだと思う物をメニュー表に付け足すの。私の場合はVIPルームで一緒に食事までが最高ランクに設定してあるけど、他の子だと、膝枕とか耳かきなどいうメニューもあるわ。この部屋を利用するのには別途室料、あと耳かきのような飲食物以外の物を提供する場合もあるわ。そのときはサービス料という形でお客さんに負担して貰うわ」

「ひとつ気になったのですが・・・」

「何かな?」


 ルイスはアップルに気になったことを尋ねることにした。


「サービスというのはどう言う物までOKなんですか?」

「それは良い質問ね。ズバリ! 運営さんから警告を受けるようなことはサービスとして提供できないわ。それ以外なら何でもありよ。といってもお客さんに需要があることが一番大事ね」


 ルイスには運営さんという方が、どう言う人なのかわからなかったが、そう言うシステムらしい。



「それじゃ、まもなく開店時間よ。呼ばれるまでこのスタッフルームで待機ね。声がかかったら、御主人様のテーブルまで行って接客ね。ますは注文を取ってくるところまでやってみましょうか?」

「チェリー出番よ。3番テーブルお願い」

「はい、ただいま参ります」


 開店してから早々にチェリーに声がかかった。配置担当が教育のためと気を利かせてくれたようだ。


「まだチェリーのメニュー表はできていないから、私のを使うと良いわ。はい、じゃあこれ私のメニュー表」


 ルイスはアップルから茶色のメニュー表を受け取った。


「チェリー、頑張って」


 チェリーこと、ルイスの初仕事が始まった。


(えっと、3番のテーブルは・・・ここね)


「お帰りなさいませ御主人様♡ 今回担当させていただくチェリーです。よろしくお願いしますね」

「君、すごく可愛いね。僕の好みだよ」

「ありがとうございます。ではこちらがメニューになります」

「えっ? あっ、はいはい」


 先日のアップルの対応方を思い出しながら、ルイスは最初のお客さんに声を掛けた。座って待っている客は、皮のライトアーマーを着た状態で腰に帯刀していて、ルイスより少々年上に見える男性だった。身なりからすると冒険者のようだ。彼はメニュー表を見て少し驚いた表情をしていたが、すぐにページの後ろの方をパラパラとめくり出した。


「俺、実は昨日ダンジョンに行って、ちょっとした宝物を見つけちゃってさ。それを換金したらそこそこのお金になってさ」

「私はこの街に来てから間もないのですが、ダンジョン・・・いわゆる魔物の巣窟になっている場所があるのですね。御主人様はそこで魔物退治をされてきたのですね」

「そうだ。バッサバッサと倒してきたぜ。まあそのおかげで今日は少々懐が暖かいから、奮発しちゃうぜ。VIPルーム使用でオムライス。後飲み物はストロー2本でお願い」

「かしこまりました。ではお先にVIPルームにご案内・・・」

「ちょっと待ったぁ!」


 ルイスがVIPルームに案内しようとしたところで、アップルが慌てて駆け寄ってきた。


「御主人様。申し訳ありません。実はこの子は本日から働き始めた新人で、指導を任された私が違うメニュー表を渡してしまいました。申し訳ございません。お取り替えさせていただきますので、こちらで再度選び直しをお願いします」

「だよなぁ。初対面なのにいきなり茶色のメニュー表を出してくるからビックリしたよ」


 アップルは間違えてVIP用のメニュー表を渡していたようだ。ルイスはその客がアップルにとってVIP扱いの人なんだろうという認識であったが、違ったいたようだ。今回の客はこの店のシステムをよく理解していて温和な人であったため、トラブルにはならず、再度メニューの中からオムライスを注文した。


「では注文を通してきますので少々お待ちください」


 ルイスとアップルは頭を下げて注文を通すために店の奥に入った。


「ごめーん。チェリー。いきなり失敗しちゃった」


 オーダーを厨房に通した後、アップルはルイスに詫びた。


「アップルさんのVIP待遇のお客さんかと思ったけど、違っていたんだね。もしかして僕のときも間違えて持ってきたとか?」

「それは違うよ。チェリーは私にとってVIP待遇よ。名刺をもらっているでしょ?」


 ルイスはアップルから既に名刺をもらっている。だが、それは初回で渡されたものなので、この店にとってそこまで貴重なものとは思っていなかった。


「まだチェリーの名刺はできていないから、あと数日かかると思うけど、名刺はそれなりに親しくなったお客さんにしか渡しちゃダメだよ。名刺指名をある程度してくださったお客さんがVIP扱いに昇格するの。その判断はそれぞれのメイドに任されているわ」

「でも僕はアップルさんに2回しか接客して貰っていないよ?」

「それは運命を感じたからよ。ふふっ。でも私が思っていた方向とは違う向きに運命は流れていったみたいね。まさかこうして一緒の職場で働くようになるとは思わなかったわ」


 アップルはルイスの両手を持ちながら熱く語った。



「お待たせしました。御主人様。では文字をお書きしますね」


 出来上がったオムライスをルイスが担当する客のテーブルに持って行った。そしてケチャプの容器を持って文字を入れることにした。


(さて、何を書こう)


 ルイスは何を書こうか悩んだが、冒険者をしていると聞いたのでそれを応援する言葉を書くことにした。


【がんばって】


 スペースの関係で多くの文字が入れられないので、短い文字で思いが伝わる言葉にした。


「では、美味しくなる魔法をかけちゃいますね。おいしくな~れ♡ はい、召し上がれ」


 ルイスは真似ではなく、少量の魔力を込めてオムライスに本物の魔法を付与した。効果としては食べた者が一定時間、状態異常耐性を付与されるというものであった。こちらの失敗にも文句を言わず受け入れてくれたお詫びも兼ねて、冒険者として無事に仕事を遂行できるようにという思いからであった。


「頂きます。うまい。うまいぞ!」


 その冒険者は美味しそうにオムライスを完食し、本人が気が付かないうちに一定時間の状態異常耐性が付与された。そして会計を済ませて店を出て行った。

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