第3話 最初の試練

 ルイスは食事を終えてアランとともに自室に戻った。


「ちょっとトイレ行ってくる」


 部屋でくつろいでいると、気持ちが落ち着いたのか急にルイスは、尿意をもよおした。トイレの場所は事前に聞いていたので、アランに一言告げてから部屋を出た。


(確か、各階にトイレはあったはず、確かこの辺りに・・・あった、あった)


 ルイスはトイレと書かれたドアを開けて中に入った。


「くっ、臭いっ!」


 城のトイレは綺麗な状態で保たれていたので不快な臭いは全くしなかった、それに途中寄った宿も、水洗式であったために余り気にならなかったが、この寮に設置してあるトイレはとにかく臭かった。


「えっと・・・誰もいないわよね?」


 ルイスはトイレの中に人の気配がないか探った。幸いなことに、ルイス以外この場所には誰もいなかった。


「これが小便器という物ね。形は若干違うけれど、本で見たような作りになっているわね」


 何度も熟読したBL本の中にもトイレのシーンが登場した物があった。小便器に攻め役と受け役が並んで立ち、用を足すシーンだ。


「でも、これは立ってするものだから、女性には不向きよね」


 5つの小便器が壁際に設置されていたが、これは立った状態でするのでルイスには物理的に無理があった。それぞれに管が繋がれて下に落ちるような仕組みになっていた。


「反対側は個室になっているわね。えっと、うわっ! 見てはいけない物を見てしまったわ」


 個室のドアを開けて便器を覗き込むと思わずルイスは目を背けた。城で使用していたものは常に清掃され何も置き土産がない状態であったが、ここはそのまま下に落下して溜まる方式になっていた。幸い下の状況までは見えなかったが、それまでに使用していた者のアレも周りに付着した状態になっていていた。


「汚いし、臭い。これじゃ安心してできないわね」


 ルイスはこの状態では落ち着いてできないと判断した。


「仕方ない。アレを使うか」


 ルイスは魔法の詠唱に入った。この世界では魔法という物が存在する。これを使える者はごく僅かで、当然のことながら使う術者によって魔法の威力や種類が異なる。元々王族は魔法の能力が長けた者が多く、ルイスことエロイーズもその中に含まれていた。彼女は幼い頃から魔法の英才教育を受けていて、今では国内で5本の指に入るほどの使い手である。彼女の使える魔法の属性は多岐にわたり、また威力も大きかった。もし彼女が王女でなければ、国内で最高の魔術師である賢者の称号を得てもおかしくなかった。


「洗浄!」


 トイレの中に大きな水の渦が発生し、瞬く間に汚れていたトイレの便器、さらには床や天井、壁といった、室内にある物は全て洗浄されて綺麗になった。もちろん不快な臭いもなくなっていた。


「これで安心してできるわ」


 ルイスは奥の個室に入り、溜まっていた物を放出した。


「ふ~っ。スッキリしたわ」


 用事の終わったルイスは機嫌良くトイレを後にした。しかし、何気に使った洗浄魔法が後々の騒動になるとは、今のルイスは知る由もなかった。



「おかえり、長かったな。もしかして大きい方だったか?」

「ちょっ、なっ、何てことをいうの・・・じゃなかった言うんだ!」


 部屋に戻ったルイスに対し、アランが声を掛けた。余りにも下品な内容であった為にルイスは思わずいつもの言葉で返事をしそうになり、慌てて言い直した。


「小、小の方だって」

「そうか。どっちでもいいんだがな」


(それなら、聞かないで)


 ルイスは羞恥心を感じながら答えたが、アランの態度に思わず心の中で突っ込んでしまった。


「それじゃ、少し休憩してから風呂行こうぜ!」

「なん・・・だと」


 ルイスはアランの言葉に、思わず頭が真っ白になった。風呂というのは裸になって体を綺麗にするところだ。この寮は共同風呂となっている。当然多くの男性が一緒に同じ浴室に入ることになる。ここに来るまでは個室風呂だと思い込んでいただけに思わぬ誤算であった。先ほどトイレで使用した洗浄魔法を使用すれば、お風呂に行く必要もないのだが、現段階で希少な魔法を他の人に見せるとトラブルの原因にもなりかねない。


「もしかして、ルイス、お風呂嫌いなのか?」

「そんなことはないけど」


 ルイスはどちらかと言うと入浴は好きな方である。だが、たくさんの男性の前で裸をさらす訳にはいかないので、どう返事をしていいのか悩んでいた。



「よし、行くか!」

「えっ、えっ、えーーーっ!」


 ルイスが悩んでいるうちに、少しの時間という物が過ぎてしまったようだ。考えがまとまらないうちにアランが声を掛けてきた。


「ほい、ほい、準備して浴室行くぞ!」

「うわぁーっ! 引っ張るなって!」


 アランに半ば強引にルイスは浴室に連れて行かれた。



「お前脱がないのか?」


 脱衣所で隣にいるアランが不思議そうに声を掛けてきた。


(ここで脱いだら私が女だってばれるでしょ!)


「ぬっ、ぬぐよ。ひゃうわぁ!」


 隣を見ると既にアランは裸になっていた。初めて見る男性の体に思わずルイスは魅入ってしまった。


「おい、おい、そんなにジロジロ見るなよ。同じ男同士でも恥ずかしくなるじゃないか」

「ごめんごめん」


 視線を逸らすアランに、申し訳ないとルイスは思った。


(そっ、そうよね。私の胸なんてアレだから、下だけ隠せば何とかなるかもしれないわ)


 周りを見ると服を脱いだ同級生達が数人いた。その状況に判断力が鈍ったルイスは明後日の方向に思考がいっていた。


(とりあえず上を脱いで見よう)


 ルイスは周りを注意しながら上の服を脱いだ。


(緊張して損したかも)


 ルイスは上半身裸になり、恥ずかしさの余り、心臓が飛び出るのではないかと言う心境であったが、周りの人達は全く気にした様子もなかった。


(さすがに下は見せる訳にはいかないから)


 ルイスは腰にタオルを巻き、下を脱いだ。周りにも同様の格好をした者が少数派ではあったが、いたのでそれを真似た格好だ。


「ルイス、お前大食いのくせに、体が細いんだな」

「そっ、そうかな」


 アランはルイスの体型を見てそう言った。


(あれ? もしかして気が付いていない?)


 アランの視線はルイスの体を見ているが、僅かに主張している物には気が付いていない様子だった。そう、ルイスの胸は元々、僅かに主張している部分もあるが、真っ平らだったのだ。


(ナレーション、うっさいわねぇ。大きなお世話よ)


 ルイスはどこかに向かって不満の言葉を投げかけていた。


「それじゃ、行くか」

「そっ、そうだな」


 アランとルイスは脱衣所のドアを開けて浴室に入った。


(うはぁ。男の子がいっぱいだぁ)


 当然のことながら浴室内は入浴中の同級生で埋め尽くされていた。広い浴室の真ん中に大きな浴槽があり、壁には複数の洗い場が左右に分けられて配置されていた。


「それぞれ洗う速度も違うだろうから、ここからは別行動な。あそこの洗い場が空いているぞ」

「じゃあ、そこを使わせて貰うよ」

「じゃあ、俺はこっちな」


 複数ある洗い場が他の人達で埋まっていたが、幸い離れた2カ所空いていたので、ここからはルイスとアランは別行動になった。ルイスは端っこの奥にある洗い場に陣取り、備え付けの石鹸を使い洗い始めた。



「ふ~っ。暖まる」


 体を洗い終わったルイスは湯船に浸かった。そこでようやく落ち着いて周りを見ることができた。


「ニンジン、キュウリ、ナスビ、ネギ、バナナ・・・」


 ルイスはブツブツと野菜や果物の名前を言っていた。


「ルイス、夕食をたくさん食べたのに、まだ足りなかったのか?」

「ダイコ・・・。あっ、アラン。なっ、何か言った?」


 湯船に浸かりながらのんびりと野菜を想像していたルイスは、突然アランに声を掛けられて驚いた。


「いや、食べ物の話をしていたから、お腹が減ったのかと思ってな」

「そっ、そんなに僕は食いしん坊じゃないぞ!」


 からかい口調で言うアランにルイスは抗議した。


「俺はそろそろ出ようと思うけど、ルイスはどうする?」

「ぼっ、僕も出るよ」


 アランに声を掛けられて、もう少し周りを眺めていた気もあったが、ルイスは部屋に戻ることにした。

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