第17話:二人のアカシア――。
「はあ~マジで間に合ってよかった、俺。でかしたぞ、俺」
俺は水葉の家のリビングに置かれたソファーにもたれかかって、ふう~と大きく息を吐いた。
あの後、水葉はシャワーを浴びると言って、浴室へと向かっていった。廊下を跨いでの扉越しだが、耳をよく澄ますと、水のぶつかる音が聞こえる。
ひとつ屋根の下、服を着ていない清楚系美少女と二人きり。これは健全な男なら誰しも期待してしまうし、興奮してしまうのも仕方のないことだ。だが、実際に、裸の彼女の姿が見えない点と、本人が貧乳であるということには、少々減点ポイントと言わざるを得ないが。
まあ、実のところは、彼女が一旦、もう一人の心の中の自分と真剣に向き合おうと決めて、浴室に向かって行ったというのはわかっている。だから、あのような状態であったつい先程から今というこの状況だが、俺は彼女が一人きりでいようとすることを止めようとはしなかった。
彼女が風呂から上がったら、今度はもう生きる覚悟を決めた彼女のなっていると、俺は信じている。最後に彼女が死のうとした際に出たあの叫びは、心にずっとこれまで閉じ込められてきた彼女自身の本当の声だと――。
あの時――彼女がベランダのガラス張りを跨いで彼女がそっと目を閉じた瞬間に、なんとか居合わすことができた俺は、飛び降りる寸前の彼女を急いで抱きかかえ、なんとか無事に安全区域まで帰還することに成功した。
たが、そのことにすら、彼女は目を閉じたままでしばらくの間、気が付いていなっかった。彼女が実際に飛び降りていると錯覚していたことも、あの叫び声でなんとなく察することもできた。
それに、そもそも俺が、こうしてここに入れたのは、彼女が玄関の扉の鍵をかけることを忘れていたということだ。彼女の精神がどれほど追い込まれていたかは、俺にも痛いほど伝わってきた。
やっぱり、どれだけ覚悟を決めても、怖いことには、変わりはない。
俺が無責任に彼女の人生を延長させてしまったから。
無理やり死なせなかった上に、こうして生きることに疲れてしまった彼女の心に、寄り添ってあげることすらしようとしなかったから。
多分、いや絶対、俺が一番彼女を苦しめていた存在なのだとそう心に決めていた。でも、そうじゃなかったんだって、思うことができた。
『私も、明日をこの世界で生きたかった!だって、葉瀬君のことが大好きだから!!!!』
とっても嬉しかった。
俺も君のいる世界で明日を生きていきたい。
俺も君のことが大好き。
ちゃんと君に寄り添う覚悟は決めたんだ!
『――私を信じてて、葉瀬君』
そう言って一人、浴室へと向かって行く彼女の後ろ姿に向かって行った。
――俺も水葉を信じてる。
いつでも、抱きしめる準備はできてるから。だから、俺も、君も、もっとありのままの自分を愛していこうぜ!
改めて俺は心の中でそう誓い、新たな準備に向けて動き出すことにした。
●○●
「や、やっぱり無理かも~.。o○」
私は張っているお湯に映る少し歪んでしまった顔に向かって、勢いよく潜り込んだ。
届かないはずの声が、届いてしまった。彼に、葉瀬君に、想い人に。しかも、内容がまたアレだ。誤魔化しの効かない類のものだ。流石に鈍感相手と言えども、しっかりと伝わってしまっていた。
「ほんとにどうしよ…….。o○」
あれだけ、葉瀬君に寄り添ってもらったはずなのに、覚悟も決めたはずなのに、やっぱりどうしても恐怖心は拭いきれない。
――でも、私はもう、多分だけど、大丈夫。
どんな私も彼のように、受け入れて、許して、愛を持って、抱きしめることができるから。
アドバイスも、責めることもしなくていい。今は自分の心の声をただ聴いてあげればいい。
私が葉瀬君のことを好きでいてしまっていること。私が彼とこの先も、この世界でともに進んでいきたいこと。
絶対に、なかったことにだけはしたくない!
私は何処までも隣で信じていてくれたあなたに、この想いを届けるんだ!!
私は、ザブッと勢いよく音を立てて、湯船から出ると、水を吸って重くなった長い黒髪をひとつに纏めて鏡を前にした。
湯気で曇ってしまっている部分をタオルで拭き取ると、そこにはいつもと違った表情をした彼女の姿があった。
ようやくここの底から笑えてる鏡の中の彼女に真っ直ぐ目を合わせながら、私は両手を腰にやり、いつもよりも強い力をお腹に込めて言葉を放った。
「ここから、始めましょうか。想い人を彼氏にするための私のラブコメを!」
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