第4話:雨の日は気をつけて──。
「ま、マジかよ!」
空から降ってきた雨粒は、最初にぽつぽつと俺の頬に一、二滴程軽く当たった後、『ざざぁー』と勢いを増して今でも地面を叩きつけている。
くっ……どうやらここまでのようだ。傘が無い俺に、この雨をしのぐことなど……。
なんて、言うと思ったか!
何を隠そう、俺にはこれがある!
テッテレェ~『折り畳み傘』
俺の四次元レベルで何でも出てきちゃう鞄を舐めるなよ。
俺は折り畳み傘を開くと、再び家への帰路を進めた。
「はぁ~」
それにしても、天気も晴れなければ、心も晴れない。
俺は溜め息をつきながら、先程の日野と二人きりだった教室でのことを思い出していた。
……間接キッス。
そう俺はあの時、急に後ろからにて日野に話し掛けられたのが原因で、パニクって日野の机に置いてあった水筒に口を付けてしまったのだ。
なんたる失態……。
先程は俺も取り乱してしまい、「それを早く言えよ~」と叫んでしまっていたが、よくよく考えれば、そんなこと言い出しづらかったに決まっている。
今回の件は、何処をどう切り取っても俺が悪いよな。
しかも、気まずさに負けて謝りもせずに逃げ帰ってしまったのは、少々人として恥ずかしい……。
今からでも謝りに、学校に帰るべきか。
そんな考えも、頭に過るがもう日野も流石に帰ってしまっているだろうし……。
生憎、日野の帰り道は俺も知らないわけだし、やっぱり明日謝るか。
うむ。そうと決まれば──。
……よしっ!誰も居ないな。
俺は周りに誰も居ないのを確認すると、道のど真ん中で、深々と頭を下げる。
そう、これは明日の謝罪の練習だ。
「ひ、日野……昨日はその、なんだ、あの……ごめ──?!」
俺は誰も居ないはずの空気に向かって謝罪の言葉を述べていたが、全てを言い終える前に、別の声にかき消されてしまっていた。
「雲里君、ごめんなさい。今日のこれからのことは明日謝るから!」
「へっ……?」
俺は声の主の方を振り向こうとするが、そんな暇もなく……。
俺は腕を強引に引っ張られ、握っていた折り畳み傘も吹き飛ばされてしまう程の稲妻の速さで、何処かへ連れ去られていた。
「グフォォォォォォォオ!!!!!」
えっ、何これ?新幹線よりも遥かに速い気がするんだけど?!
俺の足のヒザがまっすぐな状態のままで、ずっと地面を高速でスライドして、水溜まりに突っ込む度、水しぶきをあげ続けている。
目の前の俺の腕を引っ張る奴も高速過ぎて、姿形もわからず、誰なのかは全くわからない。っていうか、そもそも人間なのかすらも怪しい。
これはリニアモーターカーによる犯行という可能性もあるぞ。
……ヤバい。
未だにこの状況を、脳が整理できていないせいで、思考も若干おかしくなっている気がする。
ついでに俺の精神状態も。
いったい、俺を連れ去って、どうするつもりだよ……。
まさか、暗い倉庫にでも閉じ込めて、俺の心を壊そうとするつもりか?
くっ……だが、今は自分の心よりも、自分の身体が大変な状況下にある。
このままだったら、流石に靴底だけでなく、足そのものが削り取られてしまう。
それに、腕も捥げそうだし……!(マジの意味でこの言葉使うの初めてだよ!)
「待て待て待て待て!!!!」
俺は自分の腕を引っ張る、先程の声の主に向けて、必死に大声でストップをかける。
すると、先程の声の主はブレーキを踏み込み、人間列車を急停止させた。
「どうしたの?雲里君?」
そして、声の主はいつもの無表情で、首をかしげながら、俺にそう訊いてきた。
●○●
俺は取り敢えず、誘拐犯である日野にいろいろと聞きたいことがあったが、先ずはこんな質問をした。
「ひ、日野の将来の夢は飛行機と闘う陸上選手なのか?!」
「いや私の夢は、日頃から常に韻を踏み続けてようとしてスベって、隙あらば異性と間接キッスしようとする可哀想なゲスラッパーになることだけど?」
「さっきのことを掘り返すな!そして、トゲ多めでディスるな!!」
やはり、いつものように無表情な顔で冷たく、辛辣で酷い反応が返ってきた。
でもまぁ丁度良い。今ここで先程の教室でのことを日野に謝罪して、こいつが俺を拐った理由を教えてもらうとするか。あと、ついでに俺の折り畳み傘も吹き飛ばされてしまったから、後でこいつの傘に頼んで入れてもらうか。
雨が降り止まない道のど真ん中で、何故か狂ったように、謝罪の練習をしてたからな。準備はできている。
よしっ!(喝!)
「……さっき、お前の水筒に口つけちゃったのに、謝らずに逃げ帰ろうとして、ごめん」
「……も、もしかして、さっきからずっとそのこと気にしてたの(クスクス)?」
あ、あれ……。日野は全く気にしてない様子……ってか、今クスクスって笑い声が聞こえたような……。
相変わらずの無表情ではあるが、ちょっとだけ柔らかくなっているような気がしたな。俺の気のせいなだけかもしれんが。
まぁ、話は一件落着ということで──。
「日野。お前がピカ○ュウみたいなスピードで稲妻の如く俺を引っ張ったせいで、折り畳み傘が吹っ飛ばされた。なんでびしょ濡れなんです。だから──」
「な、なら私の傘に入って!是非とも!!」
日野は、俺が最後まで言い終えるのを待たずに、急に大きな声を出した。
どうしたんだ、こいつ?
なんか、いつもの無表情な顔が赤く染まっていっている気がするのだが、いったい……?
「く、雲里君の方から、相合傘を迫ってくるだなんて。まさか、私の相合傘計画に気付いて自ら逆手を取ろうとして……いや、イラつくレベルで鈍感な彼が気付くわけないよね……(ボソボソ)」
大声出したと思ったら、今度はやけに小さな声で、ボソボソと何かを呟き出す。
なんか、最後の方に俺のこと若干ディスっていたのだけは、なんとなくわかったが。
未だに雨は俺に降り注いできているから、一刻も早く入れて欲しいだけなのだが、日野は何を戸惑っているのだろうか。
そんな疑問を頭に浮かべていると──、
「……え、えいや♡」
「?!?!?!」
──それは一瞬のことで意味がわからなかったが、すぐに後から理解した。
いきなり、日野が傘の柄を持ってない方の腕を俺の腕に絡ませ、そのまま引っ張り、自分の傘の中へと誘ったのだ。
「こ、恋人みたいにするには、これにプラスして……(ボソボソ)」
そして、さらに日野は俺の手の指と指の間に自分の指を絡めてきた。
「これは流石に、誰が観てもバカップルだよね♡いくら、鈍感な雲里君でも、今ので私の気持ちに気付いて(ボソボソ)──」
とてつもなく密着しており、とてつもなく日野の距離も近いため、彼女の甘い香りも感じられる。
なんだか、わからないが、心が溶けそうだ。
だから、俺はいつの間にか、気が抜けてしまっていたのか、こんなことを言ってしまっていた。
「……日野」
「な、なに……これで完全に私に堕ちたはず♡とにかく平然を装わないと(ボソボソ)」
「日野。こうやって、近くでお前のこと見詰めてると──」
「う、うん。……これは絶対に告白される流れ!!(ボソボソ)」
「お前って案外、胸ないんだな。もうちょいでかいと思ってた。これじゃまな板だな。まさに日野は貧乳系美少──」
──バチンッ!!!!
俺は頬に日野の一撃をくらい、傘の外へと吹っ飛ばされた。
そして、ゴミを見る目でこう言われた。
「私から離れてちょうだい、ゲス豚」
こんなやり取りをしているうちに、いつの間にか、日野の目的地とやらに着いていた。
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