第5話:猫舌さんのコーヒーじゃらし。①
日野が俺を誘拐した先。そこは──、
『猫じゃらし』というお洒落な看板が立っているただのカフェだった。
ちなみに俺のゲス発言については、土下座の末どうにか許してもらった。
まぁ、まだ若干、根に持ってしまっているようだが。
「日野の目指してたところは、ここで合ってるの?」
「ええそうよ。巨乳が好きなゲス豚さん」
あっ……若干じゃなくてかなり根に持っておられる。
後、なんか清楚系美少女に「ゲス豚」と言われるこの感覚……デュフフ……。
ゴホンッ。(断じて気持ち悪い笑い声は出していない)
「……俺をこんなところに連れてきてどうするつもりだ?」
「どうするつもりもなにも、あなたと一緒に行きつけのカフェに行く。ただそれだけよ……本当は雲里君とデートしに来たのだけど(ボソボソ)」
日野はそう言って(最後の方はなんて言ったか、聞こえなかったが)、艶のある美しい黒髪を一つのゴムでポニーテールに結び直すと、迷いなく二人分の席がある木で作られたコジャレた丸いテーブルの方へと、さっさと足を進めていった。
「あなたも早くこちらへ来てくれるかしら」
「……」
俺はしばしの沈黙の後、「はぁ」と溜め息をつくと、日野がなんの自覚も造作もなく可愛く手招きをする方へと、向かっていった。
俺が席につくと、日野はメニュー表を、いつもと同じく感情を殺しているかのような表情で、じっと眺めていた。
こうやって、対面上になると、またつくづく感じるのだが、この日野水葉という俺の同じクラスメイトは、やはり綺麗で美しくて可愛い。
そんな感じで、日野のことをずっと無意識のうちに見詰めてしまっていると、メニュー表から顔を上げた彼女と、不意に目が合ってしまった。
普通だったら、男女の目と目が合うと、気まずくなりそうなものだが……流石、日野はそんなことはまったく気にもせずと言った表情で、俺に先程まで見てたメニュー表を手渡してきた。
「今日は私奢るから、なんでも好きなの選んで。……ちなみに私のオススメはこれ、いつもこれにしているの」
日野は『キャットラテ』と書いてある文字を指差しながら、ナチュラルに奢る的なことと言ってきた。カッケェー(お前は俺の彼氏かよ!)
「い、良いのか?奢ってもらって?」
「……うん。デート誘ったの私だし、それに……お揃いのやつを雲里君とは飲みたいし(ボソボソ)」
デート?!下校中の男子高校生の腕を思いきり引っ張り、カフェまで引きずりこんだ、これがか?
……いや、今のは日野なりの冗談なんだろう。
流石に俺好みのビジュアル面を持つ美少女が俺に好意を持つなどというラブコメはあってはならない。
もし、あったとするなら、実にけしからんッ!!
後、最後の方になんか、お経のようにボソボソと唱えていたあれは、なんて言っているのだろうか。
まぁ、それにしても、今この瞬間の日野の表情はいつにも増して、なぜだか可愛い。
いや、別に無表情であるのには変わりないのだが、……どこか柔らかくて、幸せそうな気がする。
先程、ビジュアル面が俺好みと言ったが、実はそれだけではない。
たまに魅せる他人に温かく微笑み掛けるような目を向けてくるのは、きっと根が優しい人にしかできない。
だから、何を考えているのかわからない子ではあるけれど、きっと良い子で本当は、性格の良い奴であるのは間違いないだろう。
でもまぁ、この表情が向けられているのは、おそらく俺ではなく、もう少しで自分の手元にくる『いつものお気に入りメニュー』に向けてだろう。
それできっと、ワクワクして、幸せそうな感じが、空気中に自然と出ているのだ。
うん。先程のデート発言を一瞬本気で受け取りそうになったのは、俺の思い上がりだったに違いない。
そんなこんな考えている間に、『キャットラテ』が俺と日野が二人で囲むテーブルに、仲良く二人分運ばれてきた。
そう、俺も日野のオススメメニューである『キャットラテ』を頼んだのだ。
あの必要最低限のことしか口にしない日野が、わざわざ俺に勧めてきたのだ。
めっちゃ、美味いに違いない。
よく見ると、猫がまるで、犬のようにお腹を見せてきて甘えるような絵が、カップの真ん中に浮かんできている。
これは飲むのが可哀想で勿体ない。
まったく、これをいつも飲んでいると言う日野は、残酷で血も涙もない奴だな……と冗談を地の文で言いつつ、啜ってみる。
うむ。……これは絶品ではないか!!
酷もあって、ほんのりと良い感じに甘い。そして、飲み干した後にくる、コーヒー特有のこの苦み……あ~最高だぜ。
本当に生きている間に、これに出逢えて幸せですわと言った感じだ。
俺はそうこうコーヒーを味わっているうちに、すっかり気が変になったのか、自ら日野にこんなことを言ってしまっていた。
「ありがとな、日野。この礼は必ずする!良かったら、またこのカフェに一緒に来て、他のおすすめメニューとかあれば教えてくれよ」
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