第11話:彼の家の玄関前で──。

 彼が私の言葉を少々してしまったことが原因で今のこの状況に至る。


『勘違い』と言っても、私に死にたいという気持ちが全く無いかと訊かれれば、それは確かに嘘になる。


 だからなのだろう。彼に、『想い人』に、雨上がりの空の下で、急にあんな優しい温もりを投げられたものだから、私は思わずまたせっかく晴れてきた空に似合わぬような涙の雨を流してしまったのだ。

 しかも、それを彼の腕の中で。

 彼の腕の中も彼自身の優しさがそのまま表れていると言っていい程、温かくて、なんだか猫のもふもふのお腹の中にいるような、ちょっぴり変な気持ちさえした。

 でも、そのちょっぴり変な気持ちも、うっかり流してしまった涙も、嫌な感じのものではなく、むしろ自分から溢れてくるもの全てに尊さすら憶えてしまっている程、私の中では素敵なもののように感じられた。


 だから、このひょんな勘違いから始まることとなったは、私が幸せというものに誘われてしまう引き金になってしまいそうな気がしていた──。



 ●○●



 ──放課後。


 今日はカフェ『猫じゃらし』ではなく、俺の家へと、日野を連れて行くことにした。

 ちゃんと両親には説明している。日野が精神面で大きなダメージを受けてしまっていることも。

 勿論、日野本人の許可を得て、このことを俺の両親に話している。

 自分が死にたがりであることを他の人間に知られることは、日野の性格からして、否、精神面が不安定な人のみならず誰もが嫌がるはずだ。

 でも、日野は俺に『勇気』と『信頼』という形を持って、全部話してくれた。

 だから、俺はと誓った。


 何故、そう誓ったのにも関わらず、俺は日野の問題について両親に相談したのか。そして、何故それを彼女は受け入れてくれたのか。


 理由は簡単だ。


 それは俺の両親が二人ともカウンセラーとして働いているからだ。


 そして何よりも、日野と俺の両親は、なんだか気が合いそうな気もしていたからだ。


 ──すぐに日野のことを、俺の両親は気にいるだろう。


 その予感は当たった。とても喜ばしいことだ。


 しかし、これは俺の予想の『喜ばしい』を遥かに超えた『喜ばしい』になったため、俺はその場に倒れそうになりかけた。


 だって──、


 日野が──俺の『想い人』が、今日から一つ屋根の下で暮らすことになったのだから。



 ●○●



 極普通の築十年目の一軒家の玄関の前。地元の公立高校の制服姿をした男女二人が、仲良くいちゃついていた。


 ちなみに二人は恋人などという砂糖だけでできた甘い関係ではなく、ほろ苦いコーヒーにそれぞれが想う適量のミルクを少し入れたものを啜り合うだけのちょっと不思議な関係である。


「ここが俺の家だ。名付けて雲里家!」


「名付けるもなにも、そのままだと思うけど……ハァ」


 俺の面白すぎるボケ(本当はおもんないってことくらい知ってますぅ〜)を拾って、日野が超冷めた顔で溜め息を吐きながらもツッコんでくれている。


「別に俺の親、全く怖くないから大丈夫。……でも、まぁ、しいて言うならちょっと変わり者なのかな?」


「……それは、雲里君のこと見てたら、なんとなく想像つくから大丈夫……」


 なにを侵害な!俺は超平凡な常識人だぞ!


「まぁ、そんなことはともかく、早速中に入ろうぜ。父さんと母さんが二人して、お茶用意して、お菓子用意して、『うちのバカ息子をどうぞよろしくお願い致します』って、頭下げる練習をしながら待ってるよ」


「いや、結婚前の実家へのご挨拶か‼︎」


 日野からの良いツッコミいただきました。以外と俺のボケ拾ってくれるから、将来は二人でM-○にでも出ようかな。


 そんなことを考えていると、なにやら日野がまたいつものようにボソボソとした話し声で何かをずっと唱えている。


「け、結婚はいくらなんでもまだ早いってぇ〜(ボソボソ)はぅ〜」


 最後の『はぅ〜』しか良く聞こえなかったが、ひとりで謎に顔を赤らめて、頬に手を当ててロマンティックな感じになっている日野も普通に可愛いいので、まぁ何を呟いていたかは気になるけど、よしとするか。


「よしっ!じゃあ玄関開けるぞ」


 俺は家の玄関のにドアノブに手を掛けようとする…‥が、日野が急にぶるぶると震えながら、またボソボソと呟き出す。


 なんだか、少し様子がおかしい。

 大丈夫だろうか?


「す、好きな人のお家にお邪魔するだなんて……しかも、これからお義父様とお義母様にご挨拶だなんて、私、まだ心の準備出来てないよぅ〜(ボソボソ)」


 もしかしたら、やっぱり人間不信のせいで、新しく自分と関わることになる人に対する恐怖を感じて、怯えているのかもしれない。


 やっぱり、今日は日野のお家に帰した方が良いだろうか。

 そう思い、日野に声を掛けようとしたが、俺の声は、恐怖心のせいでか、少し興奮状態に陥っている風にも見える彼女の耳には届いていなかった。


 なんなら、意味のわからないことを逆に言われて返答された。


「日野、無理だったら……その──」


「雲里君、私まだお嫁さんにいけないよぉ〜。法律でも、結婚出来るのは男女ともに十八歳以上とかになるそうだしさぁ〜」


 へっ……?


「ひ、日野さん?」


 俺が完全におかしくなってしまっている日野の対処をどうしようかと、悩んでいるその時だった。


『ガチャン』と音がして、俺と日野が二人して立っていた目の前の玄関のドアが開いて、新たな二つの声が聞こえた。


「あらあら、仲睦まじくていいわねぇ〜昔の私たちを思い出すわぁ」


「まさに青春って感じだな。父さんちょっと羨ましいぞ」


 ──そう、声の主は俺の父さんと母さんだった。

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