chapte2 幕間『鈍感さんの告白じゃらし。』
第18話:鈍感さんの告白じゃらし。(幕間①)
水葉のひんやりとした柔らかい右手は今、俺の左手の中にある。
「ふふっ、こんな深夜の街を葉瀬君と歩けてるなんて……これはもう、間違いなくいかがわしいホテルに行く流れじゃん。高校生だし補導されないように気を付けなければ(ボソボソ)……」
なんか、また水葉がボソッと何かを呟いている。しかも、何故かちょっとスケベなこと考えてそうな表情を浮かべてるように見えるのだが。
まあ、それはともかく、今の状況を簡潔に説明すると、風呂上がりの水葉を外へと連れ出して、俺はとある場所へと彼女を誘っている真っ最中である。俺が水葉をこのデートに誘った時、彼女は微エロな下着姿だったのだが、向こうもデートだと認識してくれたのか、「着替えてくる!」と勢いよく言って、一番奥の部屋に飛び込んでいった。
そんな水葉のコーディネートは、いつも以上に気合いが入っているというというか、なんというか……うん、滅茶苦茶オシャレで可愛すぎて、俺はちょっとでも気を緩めたら、失神してしまいそうな童貞殺しコーデだ。
オフホワイトのトップスにラベンダーのロングチュールスカートを組み合わせ、ハーフアップに編み込みを取り入れた髪型は、いつもの水葉と比べると、だいぶ大人びているように見える。ベージュの少し控えめなネイルをした彼女の左手は少し高級感の出ているホワイトのショルダーバッグの持ち手を、もう片方は俺の左手をキュッと力を込めて握りしめている。
少し彼女の表情を隣から覗き込んでみると、浮かれてる感じも出てたが、緊張感が拭いきれていない表情をしている。
やはり、彼女も意識しているのだろうか。
薄めのアイラインに囲まれている彼女の紫紺の瞳は、指のもじもじとした動作とともに揺れているし、ピンクの口紅が塗られているぷるっとした唇は、微かにだが震えている。一方、それに反してスカートの重なった二枚のチュールが、綺麗に夜の風に靡く美しい姿に、感動を覚えてしまっている自分もいる。しかも、今宵は満月だから尚更、彼女の存在する世界の景色に惹き込まれていってしまう。
そりゃ、そうだよな。意識しないなんて、もう今の俺達の関係じゃ、そんなの無理だ。それに状況も状況だ。
互いに好意を持っていることが分かったうえでの、男女二人だけの深夜デート。これが何を意味しているか、おそらく、わからない人間はいないであろう。この時刻に向かう場所と言えば、健全な年頃の男女が向かう場所と言えば、ひとつしかない。
そう――、
「……着いたぞ、水葉」
「うん……ついに、葉瀬君に私の初めてを(ボソボソ)」
何故だか、水葉は少し、否、先程に増してかなりスケベ……めちゃエロい顔してる気がするのだが、大丈夫だろうか。
まあ、いいか。とにかく、緊張感をほぐすためにも会話を続けるとするか。
「ここは、俺がお前から初めてを教えてもらった場所だ」
「うん。私があなたに初めてを教え……えっ、私、まだ経験ないんだけど……」
うん?話が嚙み合わないのは何故だ?経験?
「み、水葉さん?初めてこの場所に拉致してきたのはあなたですよね?」
「へっ……あ……」
水葉はようやく、我に返ったのか、一瞬腑抜けたような声を出したかと思えば、今度はいつも通りの真面目な表情で、冷静に目の前の建物を一瞥した。そして俺の方に向き直ると、人を殺して来たような眼で睨みつけてきた。
な、なんでだ……?
「葉瀬君……この鈍感!思わせぶりな態度取らないで!!」
「ご、ごめん……」
なんか怒られちゃいました……。
やっぱり、ほんの少しだけでも彼女の機嫌を損ねてしまったと思うと落ち込んでしまう。それも、前とは比べ物にならない程に。きっとそれは、俺も彼女のことを前以上に意識してしまっているからだ。
彼女のひとつひとつの仕草や言葉に一喜一憂してしまう。でもだからこそ、怒られると前よりへこむ分、彼女から褒められたり、俺だけに気を緩めた笑顔を向けてくれたりすると、遥かに嬉しさを感じてしまう。それはもう、ただの『カフェ友』だった時よりも。
案の定、猫のように気まぐれな彼女はいつの間にか優しい顔をこちらに向けて、幸せいっぱいの表情で微笑んでくれている。
「……だけど、この場所にまた連れてきてくれてありがとう」
「ああ、また二人で来ることができて良かった」
うむ。水葉とかなりいい雰囲気になれている。確実になれている。傍から見ている人間からすれば、イチャイチャといちゃつくラブラブカップルとしか認識していないだろう。
しかし、まだ実際のところはというと、お互いが抱いていた気持ちが伝わりあったというだけで、まだ俺達は恋人として付き合うまでの関係性には至っていない。
だから俺は、これから彼女にこの場所で正式にプロポーズする。
両片想いから両想いへと状況は変化したのだ。もう、躊躇はしていられない。
俺は改めて決意を固めると、ポケットから充電の残り少なくなったスマホを取り出し、時刻を確認した。
『p.m.10:00』
それにまだ、日付は変わっていない。この二時間が勝負だ!
――絶対に、最高の誕生日にさせるからな、水葉。
こんな強い信念を胸に、俺と水葉は恋人繋ぎをほどかないまま、カフェ『猫じゃらし』へと入店したのだった。
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