第15話:鈍感主人公のメーデーと辿り着いたK ――。


「――ここは……」


 ようやく目覚めてくれた日野が唇を震わせながら、恐る恐る俺に問い掛けてきた。

 きっと怖いっていう気持ちからはまだ逃れられていない。そんなことは、彼女のひどく青ざめた顔からも、いつも視線の先で彼女だけを追い続けている身としても、とっくにわかっている。でも、それでも彼女は――、


「ご、ごめんなさい。せっかく、葉瀬君が楽しく盛り上げてくれていたのに急に、倒れこんじゃって……。ご両親にも申し訳なすぎるよ、私……」


 そう、俺が彼女の誕生日を祝おうとした直後、日野は意識を一時的に失ってしまい、その場に倒れてしまったのだ。

 突然の出来事に俺も両親も一瞬驚きを隠せず、硬直状態になったが、すぐに冷静を取り戻し、俺のベッドに寝かせて、体調を回復させることにした。

 正直病院に連れて行こうとも三人で話した。

 でも、日野が倒れた原因はわかっているので、家で様子を診ることにした。

 それが彼女にとって一番良いと思ったから。

 でも、日野が倒れてしまった原因が解決していないことは明確だ。だから、彼女がまだ心の底から笑うことなんて――。


「私はもう元気になったから大丈夫!( ̄∇ ̄;)ハハハ」


 それでも、日野は無理やり笑顔を作って俺に心配をかけないようにと、こんな状況でも他人ことを優先する。

 そんな彼女の優しさに……いや、の恐ろしさに声が出ずにいる。


 なにか言わないと……。


「身体の調子は戻ったといえ、一応安静にしておきたいし、葉瀬君達にもこれ以上迷惑はかけたくないから、今日はもう帰るね」


 俺の、いや、この世界に溢れている言葉ごときが、日野の心を救えるわけないのはわかってる。でも、ここでどうにかして引き止めなくちゃ、もう、一生のお別れのような気がして――。


 なんか、何でもいい。とにかく絞り出せ、俺!


「今日は本当にありがとね。私、今までで一番幸せな誕生日を送ることができたと思う……じゃあね、葉瀬君」


 おい!なんか言えって、俺!!このままじゃ本当に日野は――、


 彼女は俺のベッドから起き上がると、荷物をまとめて部屋から出ていこうとドアノブに手を掛けゆっくりと回した。

 そして、俺の部屋をあとに、俺の両親に丁寧に会釈して、



 ●○●



 俺は一人部屋に立ち尽くしていた。


「だって、しょうがないだろ……だって、めちゃくちゃ怖いじゃん」


 先程まで声なんて出なかったくせに、気づくと、ふとそんなことを呟いてしまっていた。


 自分の心と顔を合わせるのが怖い。

 誰かの心の奥底に潜り込むのは、もっと溜怖い。

 その『誰か』が自分の初恋の相手なら、なおのこと怖い。

 でも日野はそのどれもを、俺の中で全部通り過ぎてしまっている。

 だから、叫ぶ。

 一人、孤独に取り残された部屋で、俺は心の中のもう一人の俺にだけ向かって、思い切り叫ぶ。



 きっと、間違いなくリビングにいる両親には聞こえているに違いない。もしかしたら、周りに住んでいるご近所さんたちの鼓膜まで、届いていってしまったかもしれない。

 俺、わりと、両親やご近所の前でも良い子にしてたつもりだったんだけど、今回ばかりはそうもやってられない。


「このままだと、俺、間違いなく孤独死するだろうし、無駄に天寿を全うしたまま、童貞のまま異世界転生されちゃう流れだろうしな」


 俺は腹をくくって、自室から飛び出し、リビングにいる両親の元に急いで駆け寄り、テーブルにバンッ!と勢いよく手をついて、息切れしながらも、こう尋ねた。


「ハアハアッ。さ、さっき日野の住所とか聞いてたよな、俺に教えてくれっ!」


 すると、両親は一瞬、驚いた顔をしたものの、俺がやろうとしたことに気づいたのか、すぐにメモ用紙を渡してくれた。

 それから――、


「暗いから気を付けて行くのよ」

「ちゃんとグー○ルマップ見ながら行くんだぞ」


 とだけ言ってくれた。

 俺はそんな両親に感謝しつつ、急いでスマホとメモと、をズボンのポケットに入れて、玄関から飛び出していった。



 ●○●



 外の景色はもう、暗くなっていた。俺はスマホを立ち上げ時刻を確認する。


『p.m.8:00』


 よくよく考えたら、好きな子にこんな真っ暗な夜道を一人で歩かせてしまったのはなかなかに罪な男かもしれない。

 そんなことを思いながら、メモを取り出し、スマホの光を当てる。本当は家の明るい場所で写メってから来た方が効率的だったかもしれない。

 でも、そうやって今は過去のことを一々、立ち止まって振り返っているときじゃない。

 そう、脳に言い聞かせて、メモに目をやった。

 メモには日野の住所とそれからもう一つ、こう


『今日は水葉ちゃん家にお泊まりデートですか?いいなぁ~』


 あの、馬鹿両親。こんなのいつ間に書いていたんだ?と少し呆れながらも感謝して、俺は愛想笑いをしながら走った。


 でも多分、



 待ってろ、日野!……いや、俺ん家に来てからは葉瀬くん呼びなんだし――、


「待ってろ、水葉!俺が必ず、死にそうに息してる心をちゃんと呼吸させてやる!!」


 俺は照れ臭ささと覚悟の入り混じった声で、そう誓って、まで走り出した。


 まであと数キロだ!!

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