第9話:日野水葉の恋じゃらし。(幕間②)
私は居眠りする教師たちが沢山居座っている職員室にこっそり忍び込むと、難なく放送室の鍵をゲットすることが出来た。
そして、私は皆がお昼ごはんを食べてる中、一人で放送室を占拠して、ギターを取り出すと、マイクに向かって、こう叫んだ。
「今日のお昼の放送は私、シンガーソングライターの【雲里葉瀬のカ・ノ・ジョ】が、替わりにお届けしようと思います!」
そう、私が彼を目立たせるために取った行動、それは──、
「それでは先ず、一曲生演奏します!聴いて下さい。【雲里葉瀬のカ・ノ・ジョ】で、『葉瀬君へのLOVEソング』」
お昼休みの放送で、私が彼の良いところを歌にして届けるということだ。
私は昔から、一人が好きでずっとお部屋で、楽器を弾きまくってたから、曲を一通り作って、それを自分で歌うことが出来る。
本当は普段の私なら、こんなこと精神病のせいで出来ないけど、なんだか私の心を救ってくれた彼の為なら、なんだってやれる気がした。
今、この瞬間は『行動して傷付きたくない』より、『やりたいことをやってやろう!』が私の中で大きく広がっている気がする。
一応、匿名で名前は出さずに、アーティスト名は【雲里葉瀬のカ・ノ・ジョ】としたから、おそらく私がこんなことをしているとは、彼を除いて誰もわからないだろう。
私の声に聞き慣れていて、彼と私との間にあったことだけを歌詞した曲を、これから歌うのだから、彼だけはイヤでも流石に、私の仕業だって気付いてしまうだろう。
私はその後も、彼の良いところを歌詞にできるだけ多く詰め込んで、ギターでアルバム一枚分くらいに及ぶ曲を弾き語った。
──あの時、自分の人生ものがたりに、自分で勝手に完結させようとしてしまった時に、彼が取ってくれた行動を。
──そしてなによりも、優しい彼が私のことを優しいと言ってくれて、この世界に居てくれないかと小さくて弱く、けれども力強くて安心できる声で、自分の居場所を創ってくれたこと。
そのこと全てをメロディーに乗せて、全校にいる生徒、教師に伝えた。
●○●
私が教室に帰って来た時には、彼のまわりにはクラスメートだけでなく、全校生徒&教師達でいっぱいだった。
「雲里って、めっちゃ良い奴!」
「彼女ってどんな子?絶対に可愛くて、誰よりも君のこと愛してるでしょ!」
「雲里!お前の彼女の歌のお蔭で、職員室の先生も皆、目が覚めて……しかも、覚めたばかりの目から涙が出てきたぞ!お前とお前の彼女は我が校の誇りだな!」
「どうも、放送委員の者です。今回、勝手にあなたの彼女さんが放送室を占拠したことは、まぁ不問としてあげましょう。なんせ、今日の放送は、開校以降最も高い視聴率ならぬ、聴率が取れましたからね!」
「おいらも、自分の良いところ見つけてくれる彼女を作りたいでごわす!」
「
その他、諸々。
とにかく、計画&実行犯である私のことは、バレていないようだ。
おそらく、これはきっと、雲里君は気付いたけど、敢えて黙ってくれていたからであろう。
後でちゃんとお礼を言わなくちゃね。
今考えると、放送室を乗っ取って、こんなことをするだなんて、まさしくこの前雲里君とお喋りしてたライトノベルの内容みたいなお話だけど。
──雲里君はもしかして、怒ってるかな?
ようやく今になって、普段の冷静さと『恐怖』が戻ってくる。
もし、自分の善かれと思って取った行動が、相手を傷付けたら、どうしよう……。
私は期待と恐怖、両方を握り締めたまま、二人きりになれる時を待った。
●○●
──放課後、二人だけの二年三組の教室。
昼休みから午後の授業全てが終わるまでが、実際の時間よりも長く感じたのか、短く感じたのか、それすらわからない。
そうなったのも全部、自分の中に出てきた初めての感情のせい。
私は前の席にいる彼の背をしばらく見詰める。
すると、彼は視線を感じ取ったのか、急な勢いで、私の方を向いてじっと見詰めてきた。
「……」
「……」
しばらく、私と彼との間には沈黙が続く。
やっぱり怒っているのかもしれない。
怖くて、顔も見れないけど。
──でも、それは私の思い過ごしだったらしい。
「日野って、普段の俺と話す時の声も可愛いんだけど、歌う時はもっと可愛い声してるんだな。ギターもお前が弾いてたんだよな。とっても上手だった。もっと日野は自分の行動に自信持って誇って良いと俺は思う」
「……っっっっ?!?!?!?!」
「どうした?」
「……いや、可愛い声って、その……」
「ああ。俺の推しの声優さんレベルで可愛かった!」
「……こ、こんなにも、無自覚そうな表情で可愛いって、連呼する人始めてみた(ボソボソ)」
「へっ……?」
お前は、鈍感系ラノベ主人公かよってことだよ!
ゴホンッ。なんか、ヲタクみたいなツッコミを地の文でしちゃった。
私もしかして、彼に結構毒されちゃってるのかな……。
「歌詞聴いてとっても嬉しい気持ちになったよ。俺が目立つようにしてくれて、ありがとう」
「……う、うん」
「でもな、【雲里葉瀬のカ・ノ・ジョ】ってのは後で絶対に改名しろ!いくら、俺を目立たせるためにやってくれたとはいえ、これは完全にデマだから。それに、なによりもお前自身、好きでもない男の彼女名乗るのとかイヤだろ!」
「へっ……」
その時、私は変な声を出してしまった。
その理由は言うまでもなく、今の彼の言葉で、私は自分の中で感じたことのない初めての感情の正体に気付いてしまったからだ。
「とにかく、改名だけは頼む……でも、良かったら、また日野の優しさが籠った歌声を聴かせてくれ!」
彼は少しだけ、照れた表情をしてまた私に歌ってほしい──そう言ってくれた。
しかも、また優しいとも言ってくれた。無自覚な感じで。
……もう、私は耐えられない。
「ほわぁ……♡」
──どさっ。
私はその場に倒れ込む。
「お、おい?!日野、大丈夫か!しっかりしろ!!」
彼の必死で私を心配してくる声が聞こえてくる。
全く、誰のせいで倒れちゃったと思ってるの。
そう、私が倒れて意識まで朦朧としてしまった理由──それは新たな病を患ってしまったからだ。
私はこの鈍感過ぎるけれども、世界で一番優しい声をしているあなた──雲里葉瀬君のことが大好きなの。
人として。
恩人として。
想い人として。
私の新たに見つかったこの想い人に対する病だけは、死ぬまで絶対に治らないし、治さない!
だって、私は明日もこの世界に、あなたの隣に、そばに居させてもらうつもりなんだから──。
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