第12話 魔法とは

「私の場合はこの雷の属性と、水の属性。2つだけ――」


 侍女は両手に持った電気と水を投げるようにして、的へ向けて放つ。的は爆発して、灰色の煙が出た――。



 魔法とは――体内にある魔力を性質変化・形態変化させることである。


 性質変化は各々の体の中で、色んな状態で存在する魔力を、望む通りの性質になるように変化させること。


 形態変化は魔力を体外に出す際の形を決定し、決定した通りに形を変えること。前方に飛ぶだとか、周囲に発散するだとかの動きの指定……威力もこちらに含まれる。


 これら2つのどちらか、または両方を同時に行うことが魔法だ――。


 俺は生まれてこのかたずっと、その魔法という技の基本のキである5属性の性質変化の練習をやらされていた。それ以外の魔法の練習は許可されていない。


 5属性とは火、水、風、雷、土の5つで、様々な魔法の素となる魔力のことである。ほとんどの魔法は詳しく分析すれば、これらのいずれかの属性の魔力に分けることができて、これらの属性の魔力自体はさらに細かく分けることができないため、基本の5属性と呼ばれる。


 それぞれ文字通りの性質を示すこれらに自身の魔力を変換することもまた魔法。この世界で魔法を学ぼうとする子供達は皆、まず基本の5属性のどれかへの性質変化を覚える。


 戦闘においても5属性の魔力をそのまま、あるいは混合して使われることが多く、属性を持つ魔法を防ぐにはこちらも属性を持つ魔法を使用するのが有効なため、強くなるためには第1歩はそれで正しかった。


 そう、頭では分かっているのだけど……。


「僕も、そんな風な魔法が使えるようになりたい!」


 侍女がまた作り出した雷と水の魔法を指差して言った。


「ダメです。坊ちゃまにはまだ早いと何度も言っているでしょう。王女様からも形態変化は大きくなってからだと言われています」


「でもそろそろ1つくらい……」


「ダメです。性質変化よりも形態変化のほうが簡単ですし、その時がくればすぐに使えるようになるので、今は性質変化に集中してください」


 何度か言われていることだから分かっていることだった。分かっているのだけど、地味なのだ。この性質変化だけの魔法は。


 やっぱ、魔法と言うなら侍女が使っている魔物を倒せそうなものを早く使ってみたい。


 こんなドライヤーではなく、台風だとかハリケーンみたいなニュアンスの風を起こしたいではないか。敵を吹き飛ばせるくらいの強い風、その気になれば母のように自分を浮かせてみたり。


 形態変化なるものと一緒に使えば、俺でもそれを使えるようになるらしいのだが、まだ禁止されていた。しかも、子供が使うと危ないという理由で。子供の火遊びはダメみたいな感覚である……。



 ――自分がちゃんと成長できていて、才能があることも頭では分かっている。


 どういう風に成長しているかと言うと、現在3つ目である風の性質変化は4か月でマスターすることができた。最初にやった火の性質変化を成功させるには1年を要した。その次の水の性質変化が約8カ月。


 つまり、どんどん覚える時間が短くなっているのである。


 初めに理論を説明されて、それをやれと言われた時は本当に苦労した。全くどうしていいか分からない。やろうとしてもうんともすんとも言わず、できる気がしなかった。


 けれど、色んな人からのアドバイスのおかげで、徐々に感覚を掴んできて、できるようになった。


 才能にしたってそうだ。魔法のトレーニングを続けるうちにある事実を知って自分の凄さが分かった。


 なんと基本の5属性への性質変化は、人間が生涯トレーニングを続けても、普通2つくらいまでしかできるようにならないらしい。


 この世の9割以上の人間は、何も変化させずに魔力を放出すると基本の5属性の内、どれか1つの属性の魔力になる。生まれながら決まっている適正だ。体の構造だとか、潜在意識でそうなるのだ。


 それを別の属性に変化させるのは難しくて、長い期間の修行が必要になる。早い者でも1つ性質変化を習得するのに最低1年、長ければ10年かかるらしい。


 さらにそれには多くの場合上限がある。どれだけ頑張ったって2つ3つと性質変化を覚えられない人間がほとんどであるらしい。これも生まれ持った体の構造だとか、魔力の質で決まる。完全なる才能ゲーだ。


 いくつもの属性が使えたほうが必ずしも強いという訳ではないけど、有利なのは間違いない。


 その点、俺は幼少ながら既に3つの性質変化を体得し、素の魔力の属性は闇という特殊な属性ときたもんだ。


 かなりえぐい。おぞましいほどの才能である。


「今は今後の魔法習得の為に基本の土台をしっかりしておくことが大切なのです。これは坊ちゃまの為なのですよ。良い土からは良い作物が実るでしょ」


「はーい……」


「よしよし。さあ、頑張って5属性全部の性質変化目指しましょう!」


 侍女の中で最も若く、元気の良いピンク髪の侍女は俺の頭をガシガシと撫でた。


 色々と分かっている。基礎が大事なことも、今やっていることが間違っていないことも。地味でも魔法のトレーニングは楽しいし、充実している。


 でも、じっと同じことをしていられなくて、先に手を伸ばしてしまいそうになるのは、早く結果が欲しいからである。早く魔物と戦ってみたいし、人よりも優れているということを形で味わいたい。


 冥府の城という、自分より強い者ばかりの環境で、俺はまだ優越感を味わえていなかった。


 そのうえ、俺は5属性全部の性質変化習得を目標にされていた。それも長いのだ。どうしても、道のりが遠く感じてしまう。5属性全部はやりすぎじゃないのか、必要ではないのでは、疑ってしあうこともある。


 けれども、我慢して頑張らなくては。今はぐっと耐えなければならない。


 理由はもちろん、いつかはこの努力を爆発させて、中界というファンタジー世界で無双したいからである。


 ああ早く……早くあの場所へ……。


 俺はまた気合を入れ、斜め上の空に向けて右手を前に出した――。

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