第7話 冥府の王

「シェード、この国の王、あなたの祖父が、あなたに会いたいと言っています」


 この日も朝から俺は、もらった教科書の本とあいうえお表をベッドで広げて見ていた。すると、母が部屋に入ってきて言った。


 ついさっき開いた本のページに「冒険者」という内容の文字を見つけて有頂天になっていたところだったのだが、俺は一旦本を閉じて母の方を向く。


 母がいつになく真剣な声色だったのだ。


「この国の王様……?」


「ええ。この城の主、この国を治める王様です。お母さんのお父さん、あなたにとってはお爺ちゃんね。分かる?」


「うん……」


 この国の王様で、俺のお爺ちゃん……。別にいないとも思っていなかったけれど、今まで会ったことが無かったし、話にも出てきたことがない人物だった。


「しっかりと歩けて、しっかりと話せるようになったあなたと少し話がしたいらしいです。一緒に来てくれますね?」


「うん。今から?」


「ええ。すぐに身だしなみを整えてください――」


 俺は母の話し方の雰囲気から、もしかしたらお爺ちゃんはあまり先が長くないとかなのかと思った。寿命か病気か、そうじゃなくても何か子供に話せないような事情を抱えているっぽい。


 何歳なのかは知らないけど、まあそこそこの年齢であることは確実だし。


 それともただ王様に会うという行為が特別なだけか……分からないけど、俺は母に付いていった――。


 服を着替えて、先週連れ出されたのとは違う方向へ廊下を進む――。


 そして、辿り着いたのがただならぬ雰囲気をした扉の前であった――。


(こっわ……)


 俺は見た瞬間に、冗談を言うようなテンションで思った。階段を上り、見えた大きな扉に、まるでRPGのラスボス戦前みたいな禍々しさを感じる……。


 つるバラが這っているようなデザインをした一際大きな扉では、左右に青い炎が燃え盛り、そのさらに横には騎士を象った石像があって、扉の迫力を増している……。


 男子なら一旦準備を整えたい気分になる。アイテム欄を開いて、装備と道具を確認したい。どんな怪物がこの扉の向こうにいるのか分からない。


 考えてみたら、今から会うのは冥府の王。自分も王族で、お爺ちゃんという紹介を受けたことにより勘違いしていたが、とんでもなく恐ろしい見た目をしているかもしれない。


 王冠を被った動く骸骨だとか、何mもの巨体を持ったゾンビだとか、「冥府の王」という単語から浮かぶイメージはそんなものだ。


 ちゃっちゃと終わらせて、楽しいファンタジー世界の勉強を再開しようなんて気持ちで来たのは間違いだったかもしれない……。


「さあ、入りなさい。お母さんはここで待ってるから」


 母が扉の前で振り返って言った。


「え。僕1人で行くの?」


「ええ。王は1対1の対話を望んでいます。お母さんがこの扉を開けるので、ここからは1人で部屋へ……」


「…………」


「大丈夫。怖い事は無いわ。聞かれたことに素直なことを答えれば良い。終わったら今日も一緒にランチを食べましょう」


「うん……」


 母が扉に触れると、バラの模様に光が走って、自動で扉は開かれた。これもラスボス前っぽい。


 俺は通路の真ん中を歩いて、先へ進む……。


 見えた部屋は宮殿のような内装であった。城というよりも宮殿。シンプルなデザインだ。左右に大きな柱が並んでいて、その奥に1つの玉座がある。


 すぐにはどんな人物が座っているか見えなかった。やたら綺麗に月明かりが差し込む薄暗い部屋の中、ゆっくり歩いて長い部屋の半ばまで進めばようやく、その人物の瞳が見える。


「来たか……シェードだな」


 見えた瞬間俺は動きを止めた。その姿が想像と違ったのはもちろん……その人物から凄まじい威圧感みたいなものを感じたのだ。


「さあ、もっと近くへ」


 想像と合っていたところはと言うと、王冠を被っていた点くらいである。玉座に座って頬杖をついていたのは人間と同じような姿の魔族だった。


 母や侍女たちと変わらない、ただ髪色が真っ赤で角が生えているだけ。しかし、姿を見ると呼吸の仕方も忘れてしまいそうな圧を感じた。一瞬にして濃い霧に包まれたような。


「似ているな……私と……一目で気に入ったぞ、我が孫よ」


 王様はにやりと笑った。


 威圧感と共に、かっこいいとも思った。確かに顔の系統は今の自分に近い。イメージと違い、スタイルは良くて、何よりお爺ちゃんなはずなのにかなり若い。


 これが冥府の王…………。


 すっげー……イケメン…………。


「生まれてから4カ月ほど経ったか。ずっとお前と話がしたかった」


「こ、光栄です……」


 俺はどんな態度でいくか迷いながら言った。前のバイトの癖で軽く会釈しながら。


「魔力の測定は終えたそうだな」


「はい……」


「光の魔法と闇の魔法、両方を使える素質があるらしいではないか」


「あ、はい……」


 俺がその言葉を肯定すると、また王様はにやりと笑う。


「見せてみよ」


 ……次に言われたのは困る言葉だった。見せろと言われても、俺はまだ魔法なんてできない。


 そんな時、「素直なことを言え」と言っていた母の言葉が脳裏をよぎる。


「まだ……魔法はできません。あとたぶん、光の魔法の使用には長い鍛錬が必要になります。父が言っていました」


「……。左様か、よい」


 余りにも簡単に許されて拍子抜けする……。


 そして、そこから王様の凄みはさらに増した。


「魔族にはそれぞれ生まれた時から胸に存在する使命があると言われている……知っているか?」


「いえ、知りませんでした」


「大半の者の胸にあるのは、自分が使えるべき主の名前や姿。自分がその人物へ命を捧げ仕えるという本能、自分よりも強い魔族の為に生きて死ぬ使命。ぼんやりとだが、生まれた時からあるらしい……王である私は違ったがな……」


「…………」


「お前はどうだ。今日お前と会って、最も聞きたかったことがこれだ。お前の胸には何か使命があるか?お前がやりたいと思うことは何だ?」


 聞いていて、言葉が終わる前から血が燃えるような感覚があった。王様の凄まじい威圧感に当てられておかしくなったのか、体が熱を持っていた……。


 何故だろう……でも、心地が良い。


「強く……なりたいです。この世の誰よりも」


 そして、気が付けば俺は……そんなことを言っていた。

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