第6話 5つの世界
うおおおおおおおおおお――よっしゃああああああああああああ――。発狂したい気分だった――、
ようやく2度目の人生が始まった気がする――。過去を振り返らずに今を生きていく覚悟ができた――。
前世は不幸な形で終わった。でも代わりに才能が与えられたなら、ここがどんな世界でも、俺はここで何者かになろう――。
そう決めた――。
前世でフリーターの俺には、この世界で役に立ちそうなスキルも無いけれど、やれるだけ頑張ろう――。
その日部屋に戻ってから……まず最初に始めたのはこの世界の言語の読み書きを覚える勉強だった。
ヒアリングはできているけれど、この世界の知らなかった言語を読んだり書いたりすることはまだ完璧じゃない。見ても分からない文字がある。
だから、見慣れない記号みたいな文字が、それぞれ何と読むのかを把握していった。
勉強の為の勉強である。この世界についてこれからよく知っていくため、自分で本を読んで色々と学べるように基礎の基礎を頭に入れていった。
教えてくれたのは主に身の回りの世話をしてくれている侍女たち。俺が部屋にあった絵本に書かれた文字をそれぞれ何と読むのか尋ねた。すると、俺の意志を悟った侍女の1人があいうえお表みたいな文字一覧が書かれた1枚の紙くれた。
俺はそれを使って、また1つ1つ何と読むのか分からない文字を部屋にいる侍女に聞いていった。
「あらシェード。もうお勉強を始めたいの?なら、我が王家の教育コースをちゃんと資格がある者に……」
そんな俺の様子を見た母がある日言った。
望むところであった俺は教育を始めることを強く求めた。そして少しづつ俺は知っていったのだ。
この世界がどういうものなのかを――。
とにかく知りたかったのは俺が何者になれるのかということだった。あの魔力測定の結果で、両親には俺のどんな才能が分かったのか。俺にはどんな力が眠っていて、どんなことができるのか。
この世界を知って、ここで才能を持って生まれたら何になれるのか知りたかった――。
「――この世は5つの世界が層をなしてできています。上から神界、天界、中界、魔界、冥界で5つです」
初めの授業からこの世に成り立ちについての話があった。
母が俺に付けてくれた先生は、俺の部屋にて家庭教師形式で授業をしてくれた。先生と言っても侍女の1人だ。侍女の中で最も真面目な、侍女達のリーダー格の魔族である。
「今我々が暮らしているこの冥府の国が冥界にあるということは坊ちゃまもご存じですよね?」
「はい、なんとなく」
「この冥界は5つの世界の中で最も空気中の魔力密度が高く、死んだ生物の魂が集まり、また形を変えて生まれ変わっていく世界と言われています。部屋の窓からも見える通り、土地のほとんどは枯れていて、強大な力を持つ魔物達が数多く生息しております。ここまでよろしいでしょうか?」
「はい、魔力密度が高いとは何ですか?」
淡々と話を進める先生に、俺は手を挙げて質問した。
「世界のあらゆる場所に存在するエネルギーである魔力は、目には見えませんが空気中にも存在しています。我々の体の中にある魔力も元々空気中にあった魔力が、呼吸により体内に取り込まれたものです。魔力密度が高いとは、その空気中の魔力量が多い状態のことです」
「はい、魔力密度が高いとどうなるんですか?」
「空気中の魔力密度の濃度は主に環境や生物の成長に影響を与えます。一部の例外を除いて、魔力の密度が濃い場所ほど荒れた気候となり、強い生物が育ちます。険しい環境が強い生物を育みますし、強い生物は自身が住みやすいように周りの環境を変えてしまうことがあります。2つは相乗効果を持っている訳ですね」
「じゃあ、冥界で育っている僕は他の世界で育つ人よりも強くなれるのですか?」
「はい。その可能性が高いです。ただ、人間よりも動物や魔物のほうが魔力密度の影響を強く受ける傾向にあって、人間はそれほど影響されません。私たち人間にとっては環境よりも才能と努力が個人の力量に大きく影響することを覚えておいてください」
「なるほど……ありがとうございます」
聞きたいことが山ほどあった俺は何度も質問をしながら授業を受けた。そして、俺が質問をする度に、侍女兼先生は背筋を伸ばした綺麗な姿勢のまま、すらすらと気になる点を説明してくれた。
「では、残り4つの世界についての説明を続けます。魔界は、冥界ほどではないですが魔力密度の高い世界で――」
それから俺は午後の時間ずっと世界についての授業を受けた。何時間もの間、ずっと椅子に座ったままだったけれど、少しもその話に飽きることは無かった。何しろ堪らなく魅力的な話だったから。
机の上で開かれた本も、俺の目を輝かせた。各世界のページに描かれた挿絵がとても幻想的だったからだ。
自分が転生した世界はどこまで行っても暗い世界なのかもしれないとも思っていたが、ちゃんと日の当たる世界もあるらしかった。ファンタジーな世界にこれたのならやっぱり明るい世界で生きてみたい。だから、各世界の話には興味を持った。
それが存在するのであれば、きっといつか行く方法もあると思うし。
特に俺の興味を引いたのがここでは「中界」と呼ばれる、5つの世界の真ん中に位置する場所である。そこがたぶん前の世界で人々の妄想の中にあったファンタジー世界という場所に違いなかった。
5つの世界で最も大きく、最も様々な気候と種族が混在する世界。森があって、山があって、海がある。それはそれは美しい絵と共にそう書かれていた。
そんな大自然に、いくつもの国があって……何よりそこへ剣と魔法の概念がある。正に誰かの妄想の世界。全く行きたいと思わない奴なんている訳がない場所だ。
行ってみたい――いつか必ず――。
次の日……そのまた次の日と……世界についての話や、前の世界で言う簡単な算数や国語の授業が続いた。俺は今までこんなに楽しかったことが無いほど、勉強という行為を楽しんでいた。
「魔法」について書かれたページを見つけては、あいうえお表を使いながら書かれた文を1行ずつ解読して、「剣術」について書かれたページを見つけては……また解読した。
本に書かれている文章は、話し言葉とはまた違ったので、時間がかかる作業だった。加えて、どうやら筆記体的な概念がこの世界にもあって、ひらがなと漢字ほどは苦労しないが、2通りの文字の形は覚えないといけなかった。
初歩的だと書かれている魔法を試してみた日もあった。やっとそういう内容のページを見つけて、やっと解読を終えると、俺はこっそりトイレに入った。
侍女たちに見つかったら何か言われるかもしれないから、隠れてやってみた。しかし、書かれていた通りのことをやっても何も起こらなかった。
やり方が間違っているのか、条件が揃ってないのかは分からなかったが、炎が手から出せるはずなのに、うんともすんとも言わなかった。
学ぶことが多い事や、魔法が一瞬で使えなかったことは俺にとって喜ばしいことだった。そっちの方がやりがいがある。簡単に登れる山なんか面白くない。
この先何十年もの人生、何をしていいか分からないだとか……そういう退屈はせずに済みそうだ。それが嬉しかった。
――そして、自分に才能があると知ってから1週間後のことである。また俺は部屋の外へ連れ出された。
「シェード、この国の王、あなたの祖父が、あなたに会いたいと言っています」
理由は冥府の王に会うからである。
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