第24話 町を駆ける
「さあ、早く言え。お前はルシェの宝物をどこへやった」
「……いや、えっと」
「いいから――早く言え――」
自分が良くない方向に変化していることが頭では分かっていた俺は、焦っていた。早く要求通りにしてくれないと怒りが爆発してしまいそうだったから。
大切にしている友達のことになると、やっぱり自分がやられるよりも腹が立つ。そして、腹が立つと自分の体の様子が変わってしまうことがあった。
感覚で言えば、王様と初めて会った時の感覚に近い。鼓動が変化し、体中が熱くなる。本能的な部分が表に出る。魔の血が騒いでいるのだ。
「ひ、秘密基地で……俺たちの秘密基地から……放り投げた」
「具体的にどこからどこへ――?」
「第3門と4門のちょうど間くらいの壁の近くに、俺たちがいつも遊んでいる秘密基地がある……あるんですけど……その裏のほうの壁にある石と木をどけると、壁に小さな穴が開いてるところがあって……外に出たところでも遊んだりしてて……その辺りから外に向けて遠くへ」
「そうか。どの辺に落ちたかは?」
「……分かりません」
タナカは180度態度を変えて、従順に俺の言葉に答えた。それが嘘ではないことは、タナカの様子を見れば十分で、問い詰めるまでもなかった。
そのおかげで、俺は手を挙げずに済んだ。溢れ出しそうだった怒りを、すっと逃がすことができた。
ゆっくりと、いつもの鼓動を取り戻した体に、もう1つ深呼吸を与え……。
「じゃあ俺が見つけて取ってくるよ」
俺は言った。
「え?今から?」
膝の屈伸運動をしながら言った俺に、ルシェが言った。
「うん」
「でも場所は分からないんでしょ。あの広い砂の海から探すの?」
「あれって何かしら魔力を帯びた水晶玉だろ?」
「そうだけど……」
「じゃあ大丈夫。見つけられる」
「時間は?勝手にどっか行ったら城の人が心配するんじゃ?」
「まだたぶんいつもの帰る時間まで10分くらいあるだろ」
「うん……」
「俺なら片道3分でいける」
先生や大人に言いつけるよりも子供だけで解決できるほうが好ましい。先生に言ってもまた嘘をつかれるかもしれないし、先生を使って黙らせてもどうせまたそのうち仕掛けてくる。だったら俺が自分の手で黙らせねばなるまい。
ベストな解決法を思いついた俺は徐々にワクワクしてきていた。いつかやってみたいと思っていたことをする口実ができた。これはちょっとした冒険にいけるチャンスでは。
「ルシェの宝物が手元に戻ってきたら、もういじめるのはやめるって約束したんだよな?」
踏み出す前にタナカへ確認を取った。
「うん」
「約束守れよ」
「……おい、本当にいくつもりか。どうやって見つける気だよ。しかもあそこらへんは魔物もでるぞ」
「心配してくれてんのか?」
「いや、どうなっても俺は知らねえからな。俺は取りに行けとは言ってねえからな」
その言葉は俺にとって逆効果だった。近くで魔物が見れるかもしれないなんて、より心が躍る。
「じゃあ、ちょっと待っててくれ――」
そう言うと、俺は飛んだ。
学校を囲む自分の背丈より高い柵を軽々と飛び越え、近くの住居の屋根の上へ着地する。次の一歩でまた飛んで、もっと高い別の建物の屋根に着地した。
一瞬だけ広がる街の景色に笑い――そこからは、屋根から屋根へ高い建物を足場にして飛んだ――。
瞬時に次に飛ぶ場所を見極めながら、足と魔力を動かす。時に隣の建物へ、時に大きくそびえる塔の壁まで大ジャンプした。
踏み込む力の量を間違えて、届かなかったり、飛び越えてしまったりしないか心配しながらも、跳躍を成功させ続けた。いつしか、心配は心地よいスリルに変わり、靴の裏が狙ったところに触れる度、脳汁が溢れるのを感じた。
かなりスピードを出しているので景色まで楽しむ余裕はない。けれど、頬に強く当たる風や、ジャンプの中間で無重力を感じる瞬間も気持ち良くてしょうがない――。
昼だけど、夜を感じる――照明のような魔法アイテムに照らされた冥府の町――郊外に向けて進めば――より暗さは増した――。
そして、さらに建物の間をすり抜け、飛び、壁を走ると、目的の場所に辿り着く――。
土地がある程度平らになってはいるけれど、特に何も建てられていない、空き地の状態のその場所。壁の近くの土地は人気がないのである。廃材だとかゴミ達だけが、多少は住んでいるようだった。
そこに物凄く分かりやすく、下手な建築と下手な字で秘密基地と書かれた小屋だけがあった。木の陰に隠れて。
思っていた通り、この体は動く。正確に3分だったかは分からないけれど、数キロはあろうかという距離を物凄い速さで移動できた。できるとは分かっていたが、やはりやってみないと確信は持てない。
しかし、今確信できた。俺はこんなにも強く、凄くなっている。
城の中で過保護に育てられているからやったことがなかったけど、こんなスーパーヒーローみたいな移動ができるほど。
それから俺は少し切れた呼吸と、膨らませすぎたワクワクを冷ましながら歩いて、壁のほうへ近づき、タナカから聞いている穴が空いているという場所を探した。
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