第23話 別の生物

 俺がそちらを見たときには既に集団の背中しか見えなかった。だから、彼らもかなりの急ぎ足。


 一体彼らのほうはどういう用事があるのか――そう考えようとした瞬間には、もうその背中は廊下のほうに消えて見えなくなる。


 事件の匂い、俺も急ぎ足で持って帰るものをカバンの中に詰め込み、廊下を目指した。


 まだ解散していないクラスもある学校の廊下を、ルシェとタナカ達がどこに行ったのか探しながら走る。平和な日常から一転して、緊迫した状況になったけれど、俺の心に焦りはなかった。


 微妙な嫌がらせを受ける度に積みあがっていくストレスの山。そろそろちょっとしたことがきっかけで噴火してしまいそうだった。俺はどこかでそれを発散するタイミングを望んでいた。正当な理由を持って反撃できる状況が欲しかったのだ。悩み続けるよりも、良い方法にしろ悪い方法にしろ解決したい。


 万が一にも俺が負けるなんて、傷つくことなんて無いのだし。


 俺のクラスが早く解散したこともちょうどいい。だから俺は、少し不謹慎ながら、弾むような足取りで肩を回しながら連中を探した。なるべく早く校門を出なければならないし、さくっと片付けてやろう。


 ――可能性がありそうな場所をざっと見ていきながらも、おそらくはそこだろうという校舎裏にいくと、やはりそこにルシェとタナカ達の姿はあった。この学校で喧嘩をするのであればここしかない、なので俺にとっても好都合な場所である。


 とは言っても、いきなり殴りかかるのは違う。間違っている。まずは話を聞いて詳しく状況を把握しよう。俺は物陰に隠れて何を話しているのかと聞き耳を立てた。


 耳に魔力を集めて……身体能力強化魔法の1種である……。


「――早く返してよ」


「だから、ここには無いんだっての」


「話が違うじゃないか」


 最初に聞こえてきたのはそんな口論だった。目を細めると、暴力的なことはまだ行われてはいない様である。


「は?違わねえよ」


「何でさ。だってあれを貸したら僕のこともういじめないって……」


「だから……借りて返したらもういじめないって言ったんだぞ。俺は」


「え」


「借りただけじゃ約束は成立しねえのよ。そんで、あれはもうどっかいっちまって返せないから約束は無しだよなあ」


「そんな……僕の宝物……返してよ……」


 ルシェの声が震える。泣き出しそうな感じだ。


 ここで俺は大体の話の流れを悟った。いつもの卑怯な手口だろう。言葉巧みにルシェがいつも大切にしている宝物の水晶玉をだまし取り、詐欺のような言い分で返さないといったところか。


 俺の知らないところでこんなことをしていやがったか。


「返せないんだって……だから、お前一生俺にいじめられるの決定な」


「ははははは」


 タナカとその取り巻きが笑う――。


 そして、その標的になったルシェは走り出した。拳を振り上げて――。


 俺も反射的に走り出す――。そういう状況になると、とりあえず止めようと決めていたのだ。まさかルシェからとは思っていなかったが。


 ルシェの拳が勢いよく放たれて、他人の肌に触れると、弾けるような音を立てた。


 魔法で威力が上乗せされているので、それを使用していない子供の喧嘩ではまずならないほどの大きな音……。


 その場にいた人間が皆驚いて黙る……。


 それからまず、俺が口を開いた。


「間に合って良かったルシェ。気持ちは分かるけど、先に手を挙げるのは良くないって」


「シェード君……?」


 ルシェの拳を受け止めたのは俺だった。そこそこの距離からだけど、どうにかタナカに届く前に右手を差し込むのが間に合った。


「まあ、落ち着いて話をしようぜ」


「……来るかもとは思ってたけど、やっぱきやがったか。早く帰らなくていいのかお坊ちゃま。大好きな侍女さんがいないと1人で家にも帰れないんだろ?」


 タナカも興奮した様子で、目を見開きながら口角をあげる。どうやら相手方も望んでいる展開らしかった。


「俺にびびって狡いことしかできないのに口は達者じゃねえか」


「颯爽と登場したところ悪いけどよ、お前が来たところで意味ねえのよ。俺達とルシェでもうちゃんと約束したんだし、お前には関係ねえ。こいつから物を借りて返したら、いじめをやめるってな。返す物が無くなったら、当然今後もいじめていいってことになるよな」


 頭が悪すぎてイラつく。小学生特有の謎理論なんてどうでもよくて、聞くに堪えなかった。


「その話、俺にも詳しく教えてくれないか。何だ、ルシェから借りたものを無くしちゃったのか?」


「ああそうだ。俺も悪いと思ってるんだけど、まあ無くしちゃったもんはしょうがねえよな」


「どこで無くしたか覚えてないのか。心当たりがあったら教えてくれ」


「嫌だね、誰が教えるかって――」


「いいから教えろよ――」


 心臓の鼓動の動きが変わる――。ただ、速く大きくなったのではなく、独特な変わり方にだ。


 それはまるで、心臓が別の生き物になったような。不規則な大きさと早さで、骨の檻をすり抜け体外へ出たがっているように。前世では全く経験したことがなかったものだ。


 俺の変化で、タナカ達の顔が一気に青ざめる。恐怖しているのだ。異様なほどに。


 そしてそれを見なくても、自分が恐怖するに相応しい容姿をしていることが分かる。怒るとこうなってしまうことがある。


 これは良くない――やりすぎてしまうかもしれない――。

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