第22話 あくびが出るほど
静かに過ごすようになった教室で、俺は今日も頬杖をつく。授業中なのに黒板も見ずに、ペンを働かせてノートも取らず、別のところを見ていた。
どこを見ているという訳でもない。今は黒板の上に置かれた時計を見ているけれど、さっきは窓の外を見ていた。その前に見ていた場所はもう覚えていない――。
見ている時計から鳩が飛び出してくるのを待っているのでもなかった。毎回授業が終わると、勢いよく鳩の人形が飛び出してくるので、その時間になると、まだかまだかと待つことがあるのだけど、今は違う。
最近することが多くなった考え事をしていた。
「皆さん、前に話した冥府の国を覆う結界の話を覚えていますか。いつも私たちを外の魔物から守ってくれている結界です。いつかの授業でちょっとお話したと思うんですけど、記憶にありますかね。次はその結界について詳しく勉強しましょう――」
先生の声は単なるBGMと化している。俺が手を挙げなくなってからしばらくして、先生もいきなり俺を問題の回答者に指名することもなくなった。
何を考えているかと言うと色々だ。以前は……気になっていることと言えば、どうやって冥府から中界へ行くのだろうということと、長い時間の鍛錬が必要らしい光の魔法の使い方くらいだった。どちらも、1番詳しいであろう父に聞いてみても未だに何故か教えてくれないことである。
けれど、俺が嫌われていると知ってからは、人間関係の立ち回り方とか、ルシェがいじめられている状況をどう変えようかという考え事が増えた。
あと、そんな悩みみたいなものだけでなく、今日久しぶりに城に帰ってくる父に何を教えてもらおうだとか、休み時間にルシェと何を話そうとかいう楽しいこともだ。
「冥府を守る結界は、高度で特殊な魔法を使って作られています。どういう風に特殊かというと、あの結界はただの固い壁ではなくて、ある条件を満たしている生物を弾くものなんですね。体内の魔力量が多い生物だけが通り抜けできないという特殊な結界なんです――」
時計からさらに視点を変えて、少し離れたところに座るルシェの背中を見た。
この前の席替えで、タナカと席が近くになっていることが心配だった。授業中も、先生や俺にバレないように何か嫌がらせしているんじゃないかと不安になる。今のところちょくちょく確認している限りでは怪しい動きはないけれど。
ルシェの後ろの席に座るタナカのほうを睨む。こいつもよく飽きないなと思う。俺にも微妙な嫌がらせをしてくるけれど、俺が王族だと分かっているのだろうか。嫌がらせが発覚したらとんでもないことになるかもしれないのに。
タナカはおそらく自分の言葉や行動が効いていると思っているのだろう。別に「お前のことが嫌い」と言われたことは気にしていないし、今度直接暴力を振るってきたら、二度と逆らえないくらいボコボコにするのも悪くないと俺が考えているというに、クラスの頂点に立った気でいる。
憎たらしいクソガキである。
「魔法はイメージが大切といつも教えていますよね。じゃあもし仮に全てを弾くとてつもなく強固な結界を作ろうとしたらどうですか、それでいて人も物も自由に行き来できて国全体ってなると、絶対に不可能だと感じませんか。ですので、強いやつを弾く強いやつを弾くって限定的なイメージをすることによって成立しているものなんです――」
でもまあ、平和なものだ。悩みはあるけど、所詮子供が抱えるちっぽけな悩み。冥府の学校は今日も平和の中にある。
タナカのほうを見ていると、その近くに座っている女の子が俺の視線に気づいて、目を合わせてきた。その子のほうを見ていた訳じゃないのに、にやりと笑う。
侍女のユイネと同じく獣耳、それだけでなく手足の先や尻尾にも動物らしさがある。そんな女の子。一定層からは需要がありそうなその子がこっちを見るものだから俺も目を合わせてしまったけれど、俺はすぐに目を逸らす。
「魔法は限定的なイメージをすることで強くなる場合があることも最近の魔法体育の授業で話したことですよね。それに加えてもう1つ特殊な手法と、魔法陣によるサポートでようやく成り立っている結界なんですね。ここテストに出しますので覚えておくように――」
先生のテストに出るという言葉で、俺の意識は授業のほうに戻ってきた。黒板にはいつの間にか大きな図が出来上がっていて、慌てて何の話をしていたか考える――。
「あと、何度も言ってますけど、絶対に結界の外には出てはいけませんよ――」
それから、午前の授業を終えて……給食を食べて……昼休みを過ごし……午後の授業を終えるといった日常がまた当たり前に過ぎた。あくびが出るほど平和な日常だ。
そして帰りの会的な時間……最後の授業が終わって、担任の先生が少し連絡事項などを話すような時間も終わった……。
「――すいません。今日は先生、この後ちょっと大事な仕事があるので、少し早いですけどこれで解散にしますね。それでは皆さんさようなら」
今日の帰りの会はこんな言葉で終わった。確かにいつもよりも早い時間である。
足早に教室から出ていく先生、何の用事かは知らないけれど、かなりの急ぎ足だ。
勢いよく扉が閉められたあと……数秒間誰も動き出さなない時間があって……その後に糸が切れたようにクラスが騒ぎ出す。
毎日見ている放課後の様子だ。たぶん俺以外の生徒にとっては1日で1番気持ちがいい瞬間なのではないのだろうか。
俺も少し時間に余裕があるので、すぐに外へ出ずにその場で背伸びをした。それから、少しルシェと話してから帰ろうかと、ルシェの席のほうを見た。
するとそこに、タナカ達に囲まれて教室の外へ出ていくルシェの姿があった。
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