第21話 平和な場所

 今までは特に作ろうとしていないものだった。必要ではなかったし、もし必要になれば、優秀な俺にとって作るのは簡単なものだと思っていた。


 友達――――俺は周りと精神年齢が違うし、10歳になれば中界へ旅立つ。だから、このまま胸を張ってそれだと言えるような人はいなくてもよかった。


 けれど、俺はそれを求めるようになっていた。空いていることにも気づいていなかった穴なのに、見つけると埋めたくなった。


 だって男子全員から良く思われていないまま、ここを去るなんて寂しいではないか。別の世界に行った後、ここに帰ってきたときに、土産話をする同年代が1人もいないなんて嫌だ。


 あと……童心に任せて子供になってみると、思いのほか楽しかった――。


「――で、これがその虫ね」


「この気持ち悪いほっそい奴が、ルシェの言ってた再生する虫?」


「うん。見てて……こうやって……足をちぎっても……ほら、またすぐに生えてくる!」


 ルシェが手に持つ白色の虫、ナナフシとカマキリを足して2で割ったような見た目をしている。その虫の6本の足の1つを残酷にもちぎると、たちまち新しい足が生えてきた。


 まるで、タコの触手のようなヌルヌルとした動きで生えてくるので気持ちが悪い。けれど……。


「すっげえ!なんだこの虫……!」


「家の近くで捕まえたんだ。ね、何回やっても生えてくるでしょ」


「本当にすげえ。こんな虫がいるんだ。でも、さすがにやりすぎじゃ……」


「大丈夫、前に試したときは30本までいけたし、餌食べさせればまた生えてきたもん」


「へー……限界までやらせたことあるんだ……」


 ……ある時は、ルシェが捕まえたという珍しい虫を見せてもらった。休み時間に2人でひっそりと教室を出て、学校にこっそり持ってきた虫かごを校舎の裏で開いて。


 子供って時々容赦ない。好奇心に任せて、大人が絶対にやらないような事を平気ですることがある。けれど、だからこそ興味深い。同じ子供の立場でしかできない体験。虫を使って遊ぶのなんて久しぶりのことだった。


 子供っぽいことをすることに恥ずかしさは感じなかった。だって俺も今は子供だし……。


 またある時は……冥府の子供たちの間で行われている遊びを教えてもらったりもした。かくれんぼに似た遊びだとか、鬼ごっこをアレンジしたみたいな遊び。あと、話に聞いたことがあったボードゲームのルールも教えてもらった。


 カードもコマも使って盤上で争う、将棋とかチェスみたいなゲームだ。話を聞いただけでも面白うだったそのゲームを、いつか2人でやることも約束した。


 ルシェからは色々なことを教えてもらった。城暮らしの俺が詳しく知らなかった庶民の生活や遊びはもちろんのこと、誕生日だとか、好きな食べ物だとかの、友達同士当たり前に話すようなことも。


 一見したところこれといった特徴の無い容姿について質問したこともあった。周りと違って魔族っぽくないルシェの体に、魔の血が働いている箇所はないのかと。


 すると、黒髪でかわいらしい顔をした少年は、恥ずかしそうに背中に羽が生えていることを教えてくれた。それで飛ぶことはできず、見せるのも恥ずかしいくらい小さな羽が背中に生えているらしい。


 時間とともに俺とルシェは仲を深めていった。少しずつ、少しずつ……だけど、打ち解けるのに日数はかからなかったほうだと思う。なぜなら、いつも2人だけでいたから。間に誰も挟まず、一緒に学校生活を送った。距離を詰める速度の遅さを時間の量でカバーした。


 もちろん俺からも色々なことを教えた。俺が庶民の暮らしを知りたいのと同じように、ルシェも城での暮らしに興味を示した。よくどんな感じか聞かれたし、俺はなるべくありのままを話した。嫌味っぽくならないように気を付けながら。


 基本の5属性全てへの性質変化ができることも、光と闇の魔力の素質があることも、聞かれたから話した。かなり驚かれて、褒められもしたけど、俺はとにかく大したことがないという態度を取った――。


 そして、その魔法の上達方法も教えた。これは聞かれたのではなく、俺の意思で教えた。理由はルシェが強くなる必要があると思ったからである。


 タナカ達からルシェへの嫌がらせは終わっていなかった。俺が近くにいるから直接的なことはしなくなったけれど、微妙な嫌がらせを継続的に行っていた。陰口……机に落書き……わざと肩ぶつける……。


 だから、ルシェがいつかまた1人で校舎裏に連れ出されてしまたっとき、自分で何とかする力が必要だと思った――。


「――イメージするんだ。身を守る何かを」


「身を守る何か?」


「そう。魔法はイメージが大事。強い守りの魔力を作るには、しっかりと物として変化の先を考える。例えば石や鉄とか、鎧でもいい。自分の魔力がそれに近づくようにイメージする。ルシェにとって1番自分の身を守ってくれそうな物は何?」


「うーん。1番に思いついたのは氷かな……」


「氷か。良いと思う。じゃあ自分の魔力を氷のように、固く……冷たく……そう強くイメージして手に纏ってみて」


「分かった……」


 ルシェは物分かりが良くて、すらすらと俺の言ったことを理解した。魔法の上達速度も人間っぽいこだけあって早くて、教えてる俺もやりがいがあった。


「そう、上手いよルシェ!」


「ほんと?でもシェード君の教え方がうまいんだよ。僕、この前までこんなことできなかったし」


「ううん。ルシェは才能あるよ」


「ちなみにシェード君は防御するとき、どんなイメージで魔力を変化させてるの?」


「俺?えっと……俺は……布団かな……弾くとか受けるよりも……衝撃を吸収するみたいなイメージで……」


「布団……?あははは、なんかかわいいね」


「うっせえ。けっこう強いんだからなこのイメージ。はははは――」


 結界に守られた冥府の国の――最も内側――城より大きな花の近くの学校――その校庭――。


 いつもの校庭で、俺とルシェは今日も笑い合った――。

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