第20話 最初の友達

 「才能だけ」……言われた言葉が頭の中で繰り返される……。


 どれだけ努力をしたって才能のせいになることも、きっと才能を持って生まれた人間にとってよくある悩みなんだ。


 俺はそのことにも気づいた――。


 昔の俺は、成功している人間のことを「才能があって羨ましい」という目で見ていた。


 けれど、いざ自分が才能を手にして、この歳になるまで生きて、かつての自分の立場から、同じような思いをぶつけられて分かった。


 成功している人が才能だけなんてことはない。人並み以上の努力もしている。昔の俺の見方は間違っていた。どんだけ才能があっても、努力しなければ成功するはずなんてないのだ。


 才能を持って生まれただけで、幸福にはなれない。


 俺が学校で断トツの1番という成績を得られているのも、努力しているからだ。才能だけでなく、努力も校内で1番だという自信がある。毎日、毎日、何時間も魔法や剣術のトレーニングをして、勉強も人の倍はやっていると思う。


 やっていなければ、そこそこの優等生止まりだったはずだ。努力しないと無理だった。魔力のコントロールは何年もの修行の末に身についたものだし、誰しも最初っから知っている知識なんてない。


 いや、俺は最初から算数とかできたけど、学校で必要な知識のほとんどは転生してから得たものだ。


 それなのにやっぱり、他人から見れば俺は才能の子で、努力の子ではないらしい。


 頭のどこかでは分かっていた。気づけていたはずなのに、言われるまで気づかなかった。


「才能があるが故の悩みって本当にあるんだな……」


 俺は1人きりの部屋で、また呟いた。


 話には聞いたことがあったけど、絶対嘘だと思っていたことだ。人間誰しも悩みがあるだとか、徳の高い人が言っていたが、あれは本当だったんだ――。


 孤独だとか――大きな期待によるプレッシャーだとか――付きまとってしまうものなんだ――。


 俺は暗い部屋で、暗い気持ちを抱えながらも、手だけは動かす。部屋の奥にいくつか置いてある的に向かって、魔法の弾を放っていた。1つ1つ順番に、的の中心を狙った。


 いくらトレーニングなんてする気分じゃなくても作業的に行った。してないと落ち着かないし、俺はその能力に長けていたからだ。暗い気持ちに蓋をし、心を無にして、単純な作業をする。


 レジ打ちのバイトで培ったものである。やっていたことで、これといって身につく能力も無いと思っていたが、魔法の練習をする時に役に立っていた。特に、今みたいに性質変化もさせずにただ素の魔力を打ち出すときなんかは。


 2時間くらいなら、ぼーっとしているうちに過ぎる。俺は意外とコツコツとした努力に向いた体質だったということだ。


 そしてこの、心を無にするという能力はもう1つ、別のところでも役に立っている――。数年間レジカウンターに立っていたあの時間は無駄ではなかったみたいだ――。


 夕飯の前の時間になると、俺はトレーニング室を出た。城での生活は時間通りに進むから、時間を見て、いつも誰かに呼ばれる前に行動するようにしていた。


 魔力をかなり消費して、体全体に疲れを感じる。けれど、それと共にすっきりした気持ちになっていた。


 「才能だけ」、そう言われたところだけ少しムッとしてしまう。お前らが遊んでいる間、俺はこんなに疲れて頑張っているのに……自分が劣っていることを才能だけのせいにしやがって。


 昔でテレビで見たスポーツ選手へのインタビューで、アナウンサーが何度も才能を褒めることに突然キレたあの選手の気持ちが身に染みて分かった。もうどんなスポーツの選手だったかも忘れたけど、彼はきっとこういう気持ちだったのだろう。


 同じ分の努力をしても、才能がある奴と無い奴とでは褒められ方が違う。それって理不尽なことだ。そりゃ才能のせいで努力を見てもらえなかったら腹が立つ。


 けれど……それだけだ。腹が立っている部分は少ない。しかもそれってしょうがないことだと思う。やっぱ実際こちら側に立ってみないと実感できない。いくら人に言われても100%は理解できない。


 どうしても才能があることを疎む凡人はいる。


 そんな人をどれだけ減らしていけるかだ。俺はそう考えた。


 タナカとて、別に俺を殺したいほど恨んでいる訳じゃなかろうし、俺だって友達だと思っていた相手ではないのだ。他のクラスメイトだってそう。レベルが低くて、対等な友達だと思っていなかった。


 今回の件で特に失ったものはないのである。


 だから、これからは俺を嫌う人を減らす努力もしていけばいい。これだけの話。


 謙虚に生きようと思う。きっと天才は必要以上に謙虚に、腰を低くして生きていかねば敵を作ってしまう――。頭ではどう思っていても、謙虚に謙虚に、意識して生活を送ろう――。


 それから俺は学校で目立とうとするのをやめた。授業中に手を挙げるのはやめたし、優等生ぶってあれこれ率先して行動するのもやめた。


 苦しくは無かった。むしろ楽だったかもしれない。楽しくはないが楽。そうやってみて気づいたことだけれど、今までは無理していたみたいだ。才能のある俺はこうあるべきだと決めつけて色々やっていたけど本来の性にはあっていない。


 静かに学校生活を送るのも悪くなかった。


 すぐに結果は出ないと思っていた。謙虚に生き始めたところで、いきなりクラスメイトの男子全員から好かれたりはしない。


 実際、今まで通り俺を囲むのは女子ばかりで、それをどうやって遠ざけようか考えるばかりであった。


 しかし、1つだけ嬉しいことがあった。例の件があってから1週間後のこと――。


「あの……この前はごめん……」


 こんな言葉をいじめられていた人間っぽい子に言われた。休み時間に廊下のほうへ呼ばれて。


「僕は、シェード君のこと嫌いじゃないから。あの時は怖くて言えなかったけど、助けてくれてありがとう。あの時は本当にごめんなさい」


 声を震わせながら振り絞るように言われた。


「いや、いいよ別に。何というか……俺も悪いというか……気にしてないから」


「本当?」


「うん。少なくとも悪いのは君じゃないし」


「…………」


「次の授業……魔法体育だよね。先に行って練習しとかない?」


「うん!」


 この日、初めて俺にちゃんとした友達ができた――。何気ない日々を隣で過ごせる男友達――。


「僕の名前、ルシェ――」


「知ってるよ。ルシェってそのまま呼んでいい?――」

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