第19話 才能を持つという意味

 午後の授業の俺は精彩を欠いた――。


 授業中ぼーっとしていたら、当てられた問題に答えることができなかった。難しかったのではなく、全く話を聞いていなかったからどの問題を答えればいいのか分からなかった。


 いつも通り、俺ならすっと答えられると思って先生は俺を指名したと思うんだけど、その期待を裏切ってしまった。


 魔法体育の時も、いつもはミスしない魔法をミスしてしまった。何コマも同じ魔法の授業ばかりで、元からできる俺はずっと退屈していたはずだったんだけど、お手本として指名されたときに、的を外した。


 簡単な魔法だ。素の魔力を小さな玉にして飛ばすだけ。俺が平常時なら100発撃ったって100発とも遠くの的に当てられる。なのに、俺の黒い魔力の玉はギリギリ的をかすめもしなかった。


「どうしたのシェード君。いくら君にはできることでも授業中は集中しなさい」


 今生で初めて先生に怒られるという経験も、すぐに2度目となった…

…。


 ――俺はクラスメイトから嫌われていた。言われたことがどこまで本当かは定かではないけど、少なくとも一部からはかなりの程度で嫌われていた。


 そのことで確かに、俺は動揺している。考え事に集中してしまっていて、授業どころではない。けれど、いじめっ子3人に対しての怒りだとか……嫌われていたという事実を悲しむだとか……そういうのではなかった。


 全くそういう感情ではない――。どうやって仕返ししてやろうかなんて全く考えてない――。


 ただ、より深く……クラスの様子を観察していた。


「まあ!すごい!初めて真っ直ぐ飛ばせたじゃない!的には届かなかったけどよく頑張ってるわ!」


「ありがとう先生!やったよ!」


 こうして無気力な自分よりも下手くそな魔法を撃ったのにも関わらず、先生に褒められるクラスメイトを見たりして……。


 才能を持つということの意味を考えずにはいられなかったのだ――。


「やった!やった!」


「うん、初めは全然できなかったのによくやったよ」


 今、魔法を撃った奴の魔法はとてもじゃないが褒められるものじゃなかった。俺だったらイメージとの余りの違いに憤って次こそはとやり直す。


 けれど、あいつの周りには先生とクラスメイトが集まって……。


 いつもより少しミスをしただけの俺は、あいつより凄いのに怒られた……。


 そうか、才能を持つことにはこんな側面もあったんだな。午後に何度も思った言葉だった――。


 これに気付かせたタナカには本当に怒りはない。むしろ俺は言われた時から納得してしまっていた。見たことがあった、経験したことがあったのだ。同じようなことを。


 だから、そりゃ嫌われても仕方ねえやと思ってしまった――。


 昔は俺も、優秀な奴が嫌いだった。勉強ができて、運動もできて、オマケに顔もいい、才能に恵まれている奴のことを、それだけで嫌っていた時期があった。なんて不平等なんだと思っていた。


 才能ガチャハズレの立場から、才能ガチャ当たりの者を憎んでいた。


 学生の頃だ。確か前世で中学生の頃。その時の記憶が思い出された。俺のクラスでいじめがあったのだ。クラスで1番優秀な奴に対して、それ以外のほぼ全ての男子から。無視だとか、物を隠すだとかの。


 理由はその優秀な奴が優秀だったから。何かされた訳でもなく、威張っていた訳でもない。調子には乗っていた。家も金持ちだったから、ちょっと目立つ時計なんかを学校に付けてきたりして……けど、たったそれだけのことでクラスの男子はそいつを嫌った。


 恋愛が全てみたいな時期だったからそいつがモテていたというのも大きいと思う。俺も、かわいいと思っていた女子がそいつのことを好きだと知ったときにそいつのことが嫌いになった。そいつ自身は何も悪いことをしていないのに。


 今思えばひどい話だと思う。謝りたいくらいだ。大人になったら優秀な奴には媚びを売ろうという姿勢になるのに。特に学生の時は優秀な奴が疎まれたりする。


 見下されている気分になってしまうのだろうか。優秀な奴がどう思っているかなんて分からないのに。


 いじめの現場にいたこともあった。今日みたいないじめを止める側でも、いじめの主犯でも標的でもなく、ただのモブの立場で、優秀な奴が殴られているのを見た。


 いじめの主犯が先生に嘘をついていたところも、今日の出来事と合致する。そういう嘘が得意な子供はどこにでもいるものだと思う。


 そういえばこういうの……前にも見たことがある。そういう理由で、嫌う立場の者の気持ちが分かった……。


 俺は正にあの時の優秀な奴の立場と同じだ。人間関係も前世よりしっかりしようと思っていて、王様気取りとかは全然してなかった。誰かに命令したりしてないし、劣等な奴を笑ったりもしていない。


 それでも、確かに俺は嫌われていた。



 ――城に帰った俺は誰にも先生を頼まずに、1人でトレーニング用の部屋に入った。俺専用に与えられた、魔法や剣術のトレーニングをする部屋だ。


「才能があるから……強くて当たり前、か……」


 床には読み荒らして、擦り切れた魔術の本が大量に散らばり……重なっている……。


 壁際は的や木刀などの壊れた練習用具で埋め尽くされ……奥の壁には、分厚い的だけでは受けきれなかった魔法の跡が焦げたように付いている……そんな部屋。


 俺は明かりも付けずに、座り込むと、ため息を吐いた。

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