第27話 頂点のレベル

 壁外からの強い光の魔法を感じた強者3人は、その1秒後には走り出していた。皆、城の一室でいつもの午後を過ごしていたが、近くの窓から脱兎のごとく飛び出した――。


 皆ほとんど同時のスタートを切ったが、取り立てて早く反応したのはドライト。自分以外の光の魔法をこの世界で感じるのは初めてのことだったのだ。何かの事件だと悟る前に、反射での反応だった――。


 ドライト、ロール、ゾーグレウス――3人は冥府の町の上空を飛んで移動した。強者揃いである冥府の人間の中でもトップ3。その3人にとって、何度も建物を足場にする必要はなかった。学校から壁外までの距離よりも離れた場所からでも、一度の跳躍で届く。


 目的地までの到着にかかった時間は、わずか20秒。音速に匹敵する速度の中でも、魔力により感覚を研ぎ澄まし、大切にしている者の危機を移動中に知った彼らは、その到着と同時に魔物への攻撃を開始した――。


 


「――――ははっ」


 その光景を見て、俺は笑った。


 もちろん面白かったからではない。次々と強大な魔物が倒されていく爽快感、絶望的状況から自分の命が助かったという喜び…………そして、自分の情けなさに笑うしかないという感情が入り混じった結果だった。


 魔力を使い切ってしまって強化できない目では、捉えられない速度で動く父。手に持つ剣で斬撃を浴びせる度、白く輝く形跡だけをその場に残した。魔物は倒れていき、数秒だけいくつも重なって見えたそれが、まるで白い花のように見える――。


 母は俺の前に立ち、魔法で魔物を迎撃した。母の圧倒的な魔力量から繰り出される純粋な闇の魔法は敵を飲み込んだ。母の手から銃のような速度で放たれる闇の魔法が魔物に触れると、爆発するように黒が膨らみ、消えた後には塵一つ残さない――。


 母はそうしながらも、倒れている俺とユイネを風の魔法で結界内まで運ぶ。母が張っている結界に2人が通れる分の穴を空けて、また優しく地面に下ろした。


 結界が再び閉じられて、香ってきていた魔物の血の匂いと激しい戦闘音が少し遠くなる。


「シェード、あなたが無事で良かった。ユイネもとりあえず大丈夫そうね。シェードを守ってくれてありがとう」


 母は結界の向こうから笑顔でそう言った。城で会った時と同じように優しさだけを顔に浮かべて。


 そして、母が言った言葉はたったそれだけだった。


 それ故、俺の中で情けなさと悔しさがより強くなる。言いつけを破ったことを追求されなかったことで逆に増した。どうして――どうして俺は――。


 ようやく渋滞していた思考が働き始めて、強く残ったのはそれだった。なぜ自分はこんなに弱いのか、なぜこんなことをしてしまったのか、何を勘違いしていたのか。腹が立った、自分に。


 両手の拳で地面の砂を強く握る。手についていた汗とユイネの血で砂が固まった。


 ここはゲームの世界じゃない。魔法や剣があってもセーブやリセットはない。死んだらそれで終わりなのだ。父や母が来てくれたから助かったが、来てくれなかったら確実に死んでいた。


 こんな軽率な行動をとっていい訳がなかった。ああ、何でこんなことをしてしまったんだ。頭の中でずっと後悔の言葉が繰り返される。


 まだ俺は調子に乗っていたのだ。態度に関しては謙虚を決めたけど、強さに関しては謙虚さを持てていなかった。


 こんなにも――こんなにも遠かったのに――。


 王のほうを見ると、既に戦闘を終えた姿がそこにあった。横たわる巨大な魔物を見下ろすように宙に浮き、つまらなそうな表情で赤い髪を遊ばせている。


 周辺にいる王が倒したであろう魔物たちにはいくつか黒く燃えるような魔法が付いていて、そこからゆっくりと体が灰に変化していた。全ての魔物たちが王に向かっていった形のまま頭を差し出して倒れている。


 冥府の王ともなると、俺が足をすくませるだけで何もできなかったような魔物をこんなにも余裕で倒すのか……。


 日々の特訓で成長している気でいた。近づいている気でいた。けど、まだまだ遠かった。


「強く……強くならなくちゃ……誰よりも……」


 歯を噛みしめながら唱える。


 集まってきた魔物の最後の1匹が倒れる。


 その時、俺の体が限界を迎えた。張りつめていた糸が切れて、全身の力 が抜ける。


 目も自然と閉じてきて……騒ぎを聞きつけたらしい人々が集まってくる声を聞きながら……意識を失った――。



 ――――目を開けると、自分の部屋の天井があった。毎朝見ている構図の視界で、壁に掛けられた振り子時計の音だけが鳴っていた。


 落ち着く――。心地良い――。しかし、数回呼吸すると、そこから飛び出した。


 感覚的にはあれからそれほど経っていない。体の疲労も回復しきっていない。目を閉じる前の経験と誓いは全く忘れていなかった。


 だから、自分がまず何をするべきかは分かった。

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