第29話 冒険者たるもの……
ずっと探していたパズルの最後のピースがようやく埋まった感覚。探せども探せども見つからなかったものが……やっと満たされたような……。
「お前何つうことやってんだ!……ちょっとこっちに来い!」
父は俺が出向こうとする前に、近くへ来て俺を脇で抱えた。そして、また部屋の入り口のほうへ戻る。
「ちょっとあなた。怒るって何?私のシェードちゃんをどこに連れて行くの?」
「うるせえ。お前はしっかりユイネの傍にいてやれ」
そう言うと父は、まだ何か言おうとした母の声を遮るように、扉を少々乱暴に閉めた。
他に誰もいない廊下で、仁王立ちの父に見下ろされる。俺は何も抵抗するつもりは無かった。これから受けるだろう叱責を全て、ちゃんと迎え入れようと軽く気を付けをする。
「うーん……じゃあ、そうだな…………えっと……」
「………………」
しかし、父はどうにも締まらない感じだった。俺が目を合わせると、横を向き口をもごもごする。
20秒くらいはそうしていただろうか。父はようやくまた大きめの声を出した。
「いいか?じゃあ、今から本当に怒るからな?怒るぞ?」
「……うん」
その理由は分かる。俺は生まれてこの方、父に1度も怒られたことが無いから。
父は息子に説教をするというのが初めてなのである。こうやって怒る宣言をするなんて珍行動をしないと、始められないほど緊張しているのだ。
「シェード……。結界の外には行くなって前々から言われてたよな」
「うん」
「父さんにも母さんにも言われたことがあるはずだ。特に母さんなんて何回言ったか分からないほど言ってはずだ」
「ごめんなさい……」
「――!うん、まあまあ……まずはちゃんと謝らないとな……でも、謝ったらすぐ許せるなんて問題じゃないぞ今回のは」
「はい」
「そうだな…………。この際、はっきり言ってやるぞ。いいか?今回の件はお前の責任だ。100パーセントな」
父は目を閉じて自分の両頬を自らの手で叩く――。そこから、場の空気が変わった――。
「敢えて厳しく言おう。お前のせいでこうなったんだ。周りの大人のせいじゃない。お前のせいでユイネは怪我をして、2人とも下手したら死んでた」
俺はその言葉に、黙って頷くことしかできない。
「何でお前が冥府の結界の外に出たのかは聞かねえ。どういう理由があったにせよ、出ても大丈夫だと思ったんだろう。なまじ優秀なもんだから、褒められるばかりの日々で、思い上がっちまったんだ。どんな魔物が出てきても大丈夫だと」
「………………」
「ある程度のレベルの魔物なら食べごろの餌が本能的に分かる。弱いけど魔力を大量に蓄えてる奴とかがな。魔力だけ持った子供なんて良い餌だ。あっちは殺して食うことしか考えてねえんだ、相手がどんな魔物でも油断だけはしちゃいけねえ」
父は声色を静かなものに変えて、俺に鋭く突き刺さる言葉を続けた。
「お前冒険者になりたいんだろ?」
「……はい」
「じゃあ、今日のは1番やっちゃいけねえことだ。思い上がり、油断。そういうもので命を落としてしまう職業だからな。俺もちょっとした油断が原因で死んだ冒険者の話をいくつも聞いたことがある。いくらか俺が中界にいた頃の話はしてきたけど、こういう話はまだだったな」
「……うん」
「シェード、お前が冒険者をどういうものと思ってるのかは知らねえが、甘い職業では決してない。冒険者たるもの、依頼をこなすときは周到に準備し、如何なる不測の事態が起こっても完璧に対応できるようにしておかなければならない。向かう場所、倒すべき魔物、採取すべき素材、その為に必要な能力・人員、全てを予め調べておく。そして、それを実行する当日は一瞬も気を抜けないこともある。魔物が出る地域に入れば、常に周囲の状況に気を配り、起こりうることを予想して動くんだ」
「そ……そうなんだ」
父がさらに凄みを増して、畳みかけてくるものだから、俺はついに1歩身を引いてしまった。
けれど、父はそんな俺を見て、次の瞬間、なぜかわざとらしくニッコリ笑った。
「どうだ?嫌になったか?」
「え」
「こんな話、耳が痛くなるだろう。俺は自分で言ってても口が痛くなるような話だ。あーあ、2度と言いたくねえ……でもなシェード、この話には続きがあるんだ」
「続き?」
「そう。ただし、俺以外は……だ」
「ただし……俺以外は……?」
「いいか。俺は冒険者だったが、1度も準備らしい準備をしたことがねえ。魔物が近くにいる場所を通る時も、あくびをしながら盾を構えず歩いてたりしたもんだ」
「そんな。一体どうして」
「強いからよ。理由は単純、俺が強いからだ。俺はどんな不測の事態が起こったとしても、絶対に死ぬことは無い。仲間も1人だって死なせない。それができるから準備や警戒なんて必要なかった。流石にどこへ行って何をするかくらいは知っていたけどな。あとは、剣だけ持ってふらっとな、はははは」
「はは……はははは」
急に緊張状態を解かれて、父も大笑いするものだから、俺もぎこちない笑いをこぼした。
「お前もめんどくさいことしたくないだろ。冒険を目一杯楽しみたいだろ。だったら、強くなれ。結局俺が言いたいのはそういうことだな。結界の外に出るとか、そんな冒険を楽しみたけりゃ強くなれ。というか、俺が強くしてやる。ちょうど、そろそろお前に光の魔法の使い方を教えてやろうと思っていたところだしな」
「え、ほんと!そういえば俺、さっきまぐれでできたんだよ!光の魔法!」
「ああ、知ってる」
「やった!ねえ、今から?すぐ教えてくれるの?」
「待て待て、体は大丈夫なのか。それに。それよりも先にやることがあるだろ。お前、ユイネに礼は言ったのか?」
「……いや、謝ってしかない」
「ユイネは謝ってほしくて助けたんじゃないだろ。分かるな?」
「うん」
「あとは、もう1つ。もう絶対しないと約束するのも忘れるなよ」
「うん」
俺は、いつの間にか頬を伝っていた涙を拭くと、振り返って部屋に戻る。
過ちが簡単に許されてしまって、曇っていた俺の空が晴れた。怒られたかったのだと思う。それを叶えてくれた父には感謝しかない。これでまた、俺は先に進むことができる。
走ってユイネのところまで行くと、正面から真っ直ぐユイネの目を見た。
「ユイネ、助けてくれてありがとう。俺もう、二度とこんなことしないから。今度は俺がユイネのことを助けられるくらい強くなるから」
涙のせいで声が詰まりそうなのを必死に我慢して言った。言い終わると、鼻水をすする。
「ええ。どういたしまして」
ユイネは母を感じるくらい暖かい笑顔で笑ってくれた。
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