第4話 両親
「シェード。あなた随分自由に動けるようになったのね。さすがは私の子、かっこいいわぁ」
午前9時――朝食を終えると、パジャマから普段着に着替えた。
名前は知らないけど王族らしいぴっちりとした服。それを自分でスムーズに着て、脱いだパジャマを振りかぶってから……アンダースローで洗濯カゴに放り込む。
すると、それを見た母が嬉しそうに拍手した。
「すごいすごーい!」
長くて艶のある赤い髪、そこに収まる顔は外国風かと思いきや和風美人な顔つきである。切れ長な瞳と厚い唇……その下にあるほくろがやたらセクシー。
名前はロール・ブルートーン――そんな今生の母は俺にやたら甘い。俺が何をしても褒めてくれた。今も普通に着替えただけで拍手をしている。にっこりと笑って。
「よしよし。いい子いい子」
さらに母はしゃがんで、俺の頭を撫でる。両手で優しく包み込むように、髪を分けながら……開いたおでこにキスまでした。
俺は笑って対応する。作り笑いだった。綺麗な母にキスされて嬉しいという感情が全くないわけではないけど、素直に喜ぶ気にはなれない。
この世界に生まれてからも俺はずっと無気力な生活を送っている。せっかく成長を喜んでくれているのに、ずっとどうにか過去に戻れないか、ある拍子に夢が覚めてくれないかと考えている。
そんな俺は母からの愛をどう受け止めていいのか分からなかった。けれど、悲しませるのも申し訳ないから状況に応じて子供らしさを演じる時がある。
「そうだ!そろそろシェードの魔力を測ってみようかしら!こんなに動けるようになったんだもの!」
後ろめたさを感じながら……頬を上げていた……と、そんな時母が突然言った。
「魔力を……測る?」
「そう。我が家では子供がある程度大きくなったら、その子の魔力の量と質を測るしきたりがあるの」
何もかもどうでもいいと思っていた俺だけど、その言葉には少し興味を持った。魔力の量を測る……やはりあるのか、この世界には魔法みたいなものが――。
「おーい、シェード。お父さんが来たぞー。ロールもいるかー」
その時、父も部屋の中に入って来た。顔を緩ませながら、両手を広げて。入室した時点で俺を抱きしめる態勢なのだ。
「元気かー。シェード」
父も母と同じように俺に甘い。というよりもデレデレといった感じだ。とにかく俺が好きなようで、まるで犬のようにくしゃくしゃと俺は撫でられた。
父の名前はドライト・ブルートーン。母は王女、俺がお坊ちゃまと呼ばれる中、父はドライト様と呼ばれた。魔族ばかりがいるこの場所で何故か唯一の人間。
凛々しい顔をした父の腕は筋肉質でたくましい。けれど、ごつごつとした嫌な感じはせず、ただ暖かった。抱きしめられて撫でられていると、守られている感じがして落ち着く。
「あら、あなた。ちょうど良かった。これからシェードの魔力を測定してみましょうよ。そろそろできるんじゃないかしら」
「おお。いいね」
「でしょでしょ」
「ナイスアイディアだ。この子はきっと俺に似て強い光の魔力の素質があるぞ」
「あら嫌だわ。きっと私に似て最強の闇の魔力を受け継いでるはずよ」
闇……?光……?
生まれた時以来に出てくる単語に戸惑う。闇という言葉はどうにか頭の中のイメージと繋がる。俺が魔族だから俺の中に闇の力が備わっていたりするのだろう。けど、光もある可能性があるのか……。
「試してみれば分かるさ。やらせてみようぜ」
「ええ。行きましょうシェード」
詳細が見えず、戸惑うまま俺は2人に部屋を連れ出された。
突如として動き出す日常。少し期待をしつつも、俺は不安になっていた。これから行われるらしい魔力測定がどんなものか分からないのはもちろん、その結果が怖い。
父も母もかなり俺の素質に期待しているらしいけど、俺はただの凡人だ。
きっと期待しているような力はないっ。幻滅されるっ。居心地だけは良かったのに、その生活が終わってしまうかもしれない。そういう意味で怖かった。
それに……それにだ。俺は部屋から出たのは、今が初めてのことであった。
「廊下ひっっろ……いね母さん」
「あら、出るのは初めてだったかしら」
「うん、ご飯も持ってきてくれるし……トイレもあるから」
「じゃあシェードちゃんの廊下デビューでもあるのね!」
冥府の王族が住む建物――おそらく城の廊下は幅が広かった。天井も高い。巨人でも通ることがあるのかと思う。暗くはない。夜の世界でも足下が見えるほどの明かりが灯されている。球体のガラスの中で燃える炎の明かりだ。
それでも明るくもないし、歩く先に何かが出てきそうな雰囲気がある。まるでホラゲーの中に入ったみたい。俺は両親の傍を離れないように、2人のすぐ後ろを付いて行った――。
「さあ、着いた。さっそく始めましょうか」
階段を下りて、またしばらく廊下を歩くとひらけた場所に出た。中庭と呼べるような場所だった。暗い色の石でできた建物に囲まれた芝生。そこに立った時、冥府にも緑の芝生があったのだと思った。
「シェード、少しだけ離れて……」
母は中庭に着くやいなや、そっと何かを差し出すように手を前に出した。
すると次の瞬間、母の手が黒く光り出す――。
わずかな時間でその黒い光は消えた。そして、その光が無くなった母の手にはいつの間にか水晶玉が乗っかっていた。
「シェード。この水晶玉に触れてみて、それだけであなたの素質が分かるわ」
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