いちごの日


 ~ 一月五日(水) いちごの日 ~

 ※天佑神助てんゆうしんじょ

  偶然に助けられること。




 折角の冬休みだというのに。


 連日出かけてるから。

 自分のやりたかったことがまるでできていない。


 休みも残り一週間を切っているし。

 今日は会わないで過ごそうと、昨日約束した。



 ……はずなのに。



「イチゴスイーツ祭りの試食……」

「ああもう! 昨日の約束は!?」


 朝から家に顔を出して。

 約束を反故にして。


 ワンコ・バーガーにつき合わせるこいつ。

 舞浜まいはま秋乃あきの


 恋人って。

 毎日一緒にいるイメージは確かにあるんだが。


 こんなとこにも付き合わなきゃならんのか?


「ひ、雛さん、もうじき卒業だし。料理を食べることができるのもあとちょっと……」

「まあそうなんだが」


 約束ばかりじゃなく。

 お前、知ってるだろうに。

 俺が甘い物苦手な事。


 何にも楽しみは無いから。

 他に目的を見出さないと。


 そう考えて。

 俺が出かける準備を整えるまで。

 与えた猶予は三十分。


「さて、完璧に覚えられたんだろうな?」

「だ、大丈夫……」


 楽しみなものならすぐ覚えるだろう。

 そう思って出しておいた宿題。


 こいつに知識を与える事が。

 本日唯一の楽しみだ。


「待たせたな。とりあえず一品目」


 休憩室で待っていた俺たちに。

 新商品候補を持って来てくれた雛さんは。


 これが最後の仕事と気合を入れたことがうかがえる。

 実に美味しそうなタルトを手にしていた。


「お、おいしそう! じゃあ早速……」

「待つんだ。もうルールを忘れたのか?」

「そ、そうでした……」

「では、この料理の名前は何だ?」


 三十分もの間。

 携帯で、散々調べていたんだ。

 これくらい簡単だろう。


 そう思っていられたのも一瞬の事。

 見る間に秋乃の眉根が寄っていく。


「おいまさか」

「だ、だいじょぶ……。こんなの簡単……」

「そういうセリフは冷や汗かきながら口にするもんじゃないと思うが」

「た、食べてみると分かる……」

「そんなとんちもいらん。分からんのだな?」

「御名答……」

「では没収」

「ぴえん」


 これは期待薄。

 多分、ショートケーキくらいしか正解しないだろう。


 でも約束は約束だ。

 俺は秋乃の前から皿を取り上げたんだが。


「いてっ」


 雛さんに。

 頭を小突かれた。


「意地悪すんな」

「いやいや。甘やかしちゃダメだ」

「それじゃお前に試食してもらうことになるが? 全十品」

「うぐ……」


 そう言われては仕方ない。

 俺は、やむなく皿を戻すと。


 秋乃は丁寧に雛さんへ御礼をしてから。

 嬉しそうにフォークを握った。


 ……そこまで嬉しそうに頬ばられては。

 文句も言えんよ。


「やれやれ。……雛さん、駅向こうのレストランに就職決まったんだって?」


 秋乃の様子を見て。

 珍しくにこやかに笑う雛さんに声をかける。


 こういう情報。

 凜々花が拾ってきてくれるから助かる。


「ああ。ちょっと事情があって、ある人のピンチヒッターみたいな感じでね」

「そうか……。寂しくなるな」


 お盆から、二皿目を秋乃の前にサーブしていた雛さんは。


 その手を止めて。

 静かにかぶりを振った。

 

「別れは必ず来るもんだ。でも、会える頻度が減るってだけだろ?」

「そうは言っても疎遠になりがちなんじゃねえのか?」

「疎遠になりたくないって魅力を持っていれば済む話だ」

「なるほど……」


 確かにな。

 会いたいって思ってもらえたら。


 疎遠にはなりづらいってことか。


「俺とは、会いたいって思ってくれるか?」

「そうだな……」


 雛さんは、お盆を脇に挟みながら。

 ちょっと意地悪な笑みを浮かべて。


「彼女に意地悪する男子に魅力は感じない」

「くそう。意地悪したわけじゃねえのに」


 そう言った跡。

 急に真面目に問いかけて来た。


「それよりおまえらは?」

「え?」

「え? じゃないよ。進路はどうするんだって聞いてるんだ」


 おお。

 進路か。


 大学の、その先のこと。

 そう言えば何も考えてない。


 ちょっと返答に困りはするが。

 この質問は悪くない。


 秋乃の進路を確認するチャンスでもあるわけだから。


「お前はどうするんだ?」

「…………キャビンアテンダント」

「え? そうなの?」

「舞浜はそんなの目指してたんだ」


 あまりにも意外な返事に。

 俺は雛さんと一緒に目を丸くさせていたんだが。


 そんな俺たちの眉根は。

 徐々に寄っていくことになる。


「その後は、先生」

「ん?」

「随分極端だな」

「その二つを極めたうえでのケーキ屋さん」

「なんだそのジョブシステム」

「必要か? ケーキ屋さんにそんな経歴」

「さらに左官と会計士とプロゲーマーのレベルをMAXまで上げて、最終的には……」

「はあ。最終的には?」

「悪の組織の女幹部」

「妙な転職システムはともかく、ほんとに活躍できそうだからやめて」


 お前の発明スキル。

 下手すりゃ大量破壊兵器もお手の物。


「そうか、女幹部か」

「まともに取り合わないでくれ。肯定された日にゃ、こいつはマジで目指す」

「…………それには、大学くらい出ておかないとな」

「え?」

「や、やっぱりそうなんですね……」

「え?」


 何だこの会話。

 俺、さっきから『え?』しか言えないんだけど。


 あまりにもバカバカしいけど。

 ちょっとまざってみようかな。


「そんなレアな職業、官僚クラスの学歴が必要だぞ」

「悪の組織の面接……、筆記試験が難しそう……」

「正しい捨て台詞を以下から選べ。一、今日の所は引いてやる! また会おう! 二、なかなかやるようね。覚えてなさいよ! 三、くっ……! 殺せ!」

「さ、三……?」

「見込みねえ」


 それじゃ正義側の騎士タイプだ。

 お前は悪者の美学を分かってねえ。


 そして雛さん。

 しょんぼりする秋乃に、これ食って元気出せとか同情しようとすんな。


 こいつにそんなものいらん。

 明日になったら。

 なりたいものがまた変わってるんだから。


「まあいいや。雛さん、お願いがある」

「ん? なんだ?」

「お袋が正月用に買ってきて持て余してた高級食材。こいつで俺に料理作ってくれ」「構わんが……、まあ、この二つなら想像できるのは一つだが。それでいいか?」

「もちろん。残りはまかないにでもしてくれ」


 俺が雛さんに手渡したのは。

 ウニとアワビ。


 これで想像つくのは一つだけ。

 雛さんのお吸い物って食べたこと無いから楽しみだ。


 しかし、進路か。


 俺は東京に戻るから。

 多分秋乃とは離れ離れ。


 疎遠になるかもしれないって訳なんだが……。


「疎遠になりたくないって思わせる魅力、か」


 魅力ってなんだろう。

 俺は、秋乃みたいに魅力の塊って訳じゃない。


 いくつかあるとは思うけど。

 自分じゃそれを知る由もない。


 それをこいつに聞いたものかどうか。

 悩んでいるうちに。


「ほれ、できたぞ」


 雛さんが。

 お椀を一つ、運んできてくれた。


「おお……。いい香り」


 自負がある魅力。

 俺は、料理が得意な方だ。


 でも、それを商売に出来るほど昇華させた雛さんとは。

 比べるべくもない。


 香りと見た目だけで。

 あっという間に椀に釘付け。


 これほどの腕を身につければ。

 魅力のひとつになるのだろうか。


「お、おいしそう……」

「これは俺の」

「た、立哉君ばっかりずるい……」

「お前にはそっちがあるだろう」

「じゃあ、二皿目を……」

「だから、ルールを忘れるな。お前は当てるまで食べちゃダメ」


 二皿目はコンポート。

 くたくたに煮詰めたイチゴとシロップ見れば分かるだろう。


 でも秋乃は。

 予習の効果がまるでなかったようで。


 いつまでも、うむむと唸るばかり。


 そして最後に。

 がっくり肩を落として。


 囁くように。

 しぶしぶ答えを口にした。



「…………イチゴ煮」



「うはははははははははははは!!!」

「あはははははははははははは!!!」



 結果。


 雛さんは、俺の前に配膳したいちご煮を。

 秋乃の前に置き直した。



 こうして無意識に。

 誰かを笑わせることができるのは。


 間違いなく。

 秋乃の魅力の一つなんだろうな。


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