褒め言葉カードの日


 ~ 一月十四日(金)

   褒め言葉カードの日 ~

 ※芝蘭玉樹しらんぎょくじゅ

  よそさまの子弟を褒めて言う

  時の言葉




 恋人との付き合いにおいて。

 大切なこと。


「誉めること、ねえ」


 これは恋人に限らず。

 人付き合いを円滑にするためにも役立つと書かれているが。


「な、なにを見てるの?」


 俺が眺めていた携帯を。

 横からのぞき込むイチゴの香りのコンディショナー。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 もちろん、すぐに反応して。

 画面を消してはみたけれど。


「褒める?」


 どうやら少し間に合わなかったようで。

 下から覗き込むように見上げて来たんだが。


「ねえ、褒める?」


 肩から滑り落ちるシルクを彷彿とさせる髪を褒めるべきか。

 それとも、俺の様子をいつも見てくれている可愛らしさを褒めたものか。


 短時間のうちに。

 頭をフル回転。


 そして最適解をはじき出して口にする。


「俺の携帯をのぞき込んでくるなんて、いい趣味してるね」

「ご、ごめんなさい……」


 あれ?


 褒めたのに。

 しょんぼりしちまってるけど。


 趣味を褒めてやったのに喜ばないなんてどうかしてやがる。


「せ、せめてこっちで褒められなきゃ……」


 そんな、変わった女の子。

 秋乃が突き出してきたものは。


 苦手な社会科を少しでも好きになってくれるように。

 工夫を凝らした品だった。


 つまりこいつは。

 俺と遊ぶことが目的なら楽しんでくれるわけで。


「そんじゃ、採点するか」

「よ、よろしくお願いします……」


 俺と勝負という形式なら。

 どんなものでも簡単に覚えてくれるだろうと。


 日本の橋の名前と場所を写真付きでまとめたものを覚えさせて。

 こうしてテストをすれば百点満点……?


「ほとんどまちがっとるやないけ」

「け、結構頑張りました……」

「お前、俺と遊ぶの楽しみだって言ってなかった?」

「だ、だって魂胆見え見え……」


 そうですか。

 そりゃ悪うございました。


 だったらせめて。

 採点を甘くしてやろうとしたんだが。


「…………箸にも棒にも掛からぬとは」

「橋だけに?」

「やかましい」


 日本の有名な橋の名前と所在地を書かせる、そんな問題なんだが。

 こりゃひでえ。


「い、一問目は自信あり……」


 秋乃が自慢気になってる一問目は。

 渡月橋。

 もちろん所在地は京都府だ。


「どこに自信があるって?」

「読みも場所も……」

「読みは合ってる。とげつきょう」

「やった……」

「問題は所在地の方」

「ドキドキ」

「場所。軌道エレベーター内」

「完璧」

「なわけあるか」


 いつ出来上がったんだよ軌道エレベーター。

 そして月までつないじゃダメだろ軌道エレベーター。


 だが、呆れている暇はない。

 秋乃の快進撃は、まだ始まったばかり。


「そして二問目はもっとひどいな」

「よ、読みが半分しか分からなかった……」


 第二問。

 古宇利大橋こうりおおはしは。

 古宇利島と屋我地島を結ぶ沖縄の有名な観光スポット。


 資料の写真見ながら。

 大興奮してたくせに覚えてねえの?


「なにこの解答。『???だいきょう』って」

「そこしか読めなかった……」

「ここしか読めないから答えがこうなっちまうんだ」

「呉」

「もうねえし。国内だって言ってるだろ」

「さ、三国志はまだ覚えたてで……」


 会話がまるで成り立たない。

 もういい黙ってなさい。


 ……いやまて。

 お前には、この三問目の答えについてしっかり説明してもらわないといけねえ。


「まだ、この二問については言いたい事が分かった」

「うん」

「三問目の答え、説明してくれるか?」

「三問目……。眼鏡橋メガネばし

「いやおまえ。ちゃんと読めてるくせに、回答欄になんて書いた?」

「太鼓も持ってる」


 平然と言ってのけるが。

 さっぱり意味が分からん。


「そして、場所は大阪じゃない。長野だ」

「ううん? だってテレビでよく見るから。大阪だって」

「そんなバカな」

「必ずメガネの人形と橋が映って、ここは大阪って……」

「ひっかけ橋かあ」


 そりゃ有名な橋だけれども。

 資料にないでしょ戎橋えびすばし


 手で顔を覆って天を仰ぐ俺の袖。

 くいくい引いてる秋乃の嬉しそうな顔。


「な、何点?」


 何点って言われても。

 六問中二問しか合ってないから……。


「……百二十点」

「す、すご……!? なんか、やる気出た!」

「そりゃよかった。今度は寺院の資料覚えろ」

「が、頑張る……!」


 なるほどな。

 褒めることが大事、か。


 さっきと違って。

 随分熱心に資料に向かう秋乃を見ていると。


 携帯で見つけた情報も。

 役に立ったという訳だ。


 ……でもさ。

 都度、こんな面倒なことしなきゃならんのか俺は。


 改めて三百六十点満点のテスト用紙を見つめながらため息をついていると。


 今まで熱心に資料をめくっていた秋乃の手が止まっていることに気が付いた。


「あれ? 寺院覚えろって言っただろうに」


 こいつが見ていたのは。

 橋の方の資料。


 その写真は。

 錦帯橋か。


「こ、ここ……。立哉君と、行ってみたい」


 奇襲に弱い俺の頬が熱くなる。

 しどろもどろになって、上手く言葉を紡げない。


 楽しそうに俺を見つめるその瞳。

 わざとなのか本気なのか、未だに判別できやしねえ。


 だから俺は。

 なんて返事をしたらいいのか分からなくなったから。


 錦帯橋の読みと所在地を手で隠した。


「そんなに気に入ったんなら、覚えてるんだろうな?」

「読みと場所?」

「そう」

「が、頑張って当ててみる!」


 おお。

 さっき褒めたからかな。


 こいつは、ついさっき覚えた橋の名前を思い出そうと指を折る。


 そして答えに行きついたようで。

 ぱあっと笑顔を浮かべると。


「ヒ、ヒント!」

「うはははははははははははは!!!」


 大笑いしたせいで泳いだ手の平から。

 最初の二文字が顔を出す。


「……きん!?」

「おっと! 目ざといなお前は……」

「わ、分かった!」

「そうか。じゃあ答えは?」

「金色だから……」

「え?」

「ゴールデンゲートブリッジ!」

「赤やん」


 俺は再び。

 手で顔を覆うと。


 現れた答えを見ながら。

 秋乃が首をひねる。


 彼氏として。

 人並みの常識を付けてやりたい俺ではあるが。


 ここまで手の込んだバカに。

 どうやって教えたらいいんだろう。


「ねえ、今のは何点?」

「…………二百五十六点」

「す、すごい……っ! じゃあ、今度は神社の方を……!」


 しょうがねえから。

 今のところは褒めて伸ばすことにした。



 ……その結果。

 本日最後のテストで。


 秋乃の点数は二億点を突破することになった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る