おむすびの日


 ~ 一月十七日(月) おむすびの日 ~

 ※粒粒辛苦りゅうりゅうしんく

  米の一粒には作り手の血と汗と涙が

  詰まっている 。そんな並々ならぬ

  大変な苦労のこと。




 二年生でいられる時間にも。

 なんとなく終わりが見えて来たせいでもあるのだろう。


 今日、俺たちは。

 なんとなく昼休みに集まって。


 そして今日の俺たちは。

 なんとなく、まじめな話をし始める。


「スポーツ推薦とかよく聞くけどさ。どうやって推薦受ければいいんだ?」

「そもそもそんなんで入学してさ、勉強ついていけるのん?」

「勉強もだけど~。スポーツの方でも結果残さないといけない訳だろ~?」

「なにそれ大変なのよん!」


 パラガスときけ子と甲斐。

 三人が、俺の机に弁当箱を広げると。


「ねえ姫にょん。早いとこだと、五月にはAO入試あるんだよね?」

「ああ。俺は芸大にAOで入るつもりだからな。リサーチ済みだ」

「あっは! リサーチより前に勉強しなよ! 赤点王なんてどんな学校も門前払い……っ! あいたあ! 殴ること無いだろ!?」

「だれが姫にょんだ!」

「時間差!?」


 王子くんと姫くんが弁当箱を広げる席。

 その所有者である舞浜まいはま秋乃あきのも。

 感心しながら鞄を膝に置く。


「五月ってなんなのよん!? え? 次の五月!?」

「うわ焦る~! そういうこと言うなよお前~!」

「いや、大切なことだろう。お前らもリサーチくらいしておけよ」

「でも、進路とか決まってないしね……。秋乃ちゃんは?」

「あ、あたしも、希望はいくつかあるんだけど……」

「いくつくらい?」

「二百個くらい……」


 普段とは打って変わって。

 真面目な話をしていた全員が。


 いつも通りという世界に引き戻されて。

 ほっこりとした笑顔を浮かべる。


 大人にならないといけない。

 進路を考えるということは、そんな強迫観念を伴うもんだが。


 秋乃を見習えよ。

 自分のありのままでいいんだよ、大人になっても。


 ゆっくり変わって行けばいいんだ。

 ただ、ゆっくりと。



 ……だって。


 そうじゃないとな?

 今日ばっかりは、ちょっと困るんだ。



 いつもはこいつらのバカ騒ぎにあきれるばかりなんだが。

 今日のみんなは、落ち着いて話が出来る、そんな空気をまとっていた。


 俺が望む、友達と過ごす時間。

 進路について相談したり、試験について話したり。


 でも、せっかくそんな空間を提供してくれたのが。

 なんでよりにもよって今日なんだ?


 頼むからバカ騒ぎしててくれよ。

 そっちの会話に参加できねえからさ。



 現在、一番気にしなければいけない進路の話が全く頭に入って来ない程。

 それほどまでに集中しているのは。


「はい……」

「お、おう」


 今日は、秋乃が。

 俺に弁当を作って来てくれたせい。


 ……こいつと付き合う前。

 似た様なことをしてはいたが。

 付き合ってからは、これが初めて。


 恋人らしい体験が。

 ようやくできる。


「は、白米弁当じゃねえんだよな?」

「うん……。朝から、その質問五回目……」

「そ、そうだったか? いやあ! 楽しみだなあ!」


 不自然極まりない。

 ぎくしゃくした俺に。

 さすがにみんなの眉根が寄る。


 いかんいかん。

 俺たちの関係は、まだ秘密だったんだよな。


「……なんか変なのよん?」

「そうだな。舞浜が立哉に弁当作って来るのなんて初めてじゃねえだろ?」

「おかず~、一品だけだったけど~。かなり上達してたよね~」

「そ、それは、立哉君に教わりながら作ってたから……」

「あっは! じゃあ、今日は初めて自分の力で作って来たって事?」

「なるほど。それは妬けるな」


 姫くんの冷やかしに乗って。

 みんながひゅーひゅーとはやし立てる。


 でも、それを華麗に受け流すこともできない俺は。

 無視することに決めて。


 わたわたしながら。

 手渡された弁当箱の蓋に手をかけた。


「白米弁当じゃねえんだよな?」

「六回目……」


 ああいかん。

 怒らせるつもりなんか無いんだよ。


 俺は、ひきつりながらも。

 楽しみなんだよと表情に乗せて秋乃の顔を見つめながら蓋を開いて。


 そして視線を箱の中に戻した瞬間。

 不思議な感情が湧きあがる。


 あたたかくて。

 やわらかくて。


 言葉にできない不思議な気持ち。

 でも、口にしないと伝わらない。


 俺はこの感情をなんとか過不足なく伝えようと。

 不完全ながらも一番ふさわしい言葉を口にした。



「おにぎり」

「ううん? おむすび」



 ……途端に、舞浜軍団が沸いたように笑い出す。


 そうだよなあ。

 これ、いつもとほとんど変わらんよなあ。


「あ、あたし、褒められると伸びるタイプ……」

「ああ、そうね。お結びって言い方、なんかかわいいね」

「やった……!」

「今のを褒められたと感じるのね君は」


 言いたい事は山ほどある。

 でも、ポジティブに考えよう。


 秋乃が手で握ってくれたなんて。

 ドキドキしねえ方がどうかしてる。


 俺はおにぎりを……。

 もとい。


 俺はお結びを手にして。

 大口開けて迎え撃とうとしたんだが。


 その時に脳裏をよぎった事があったから。

 先に聞いてみることにした。


「一品おかずの習慣、家に帰ったらなくなった?」

「ううん?」

「これのどこが」

「おかずはこっち」


 そう言いながらタッパーを出してきたから。

 俺は、心の中で謝った。


 ごめんな秋乃。

 でも、そのままの言葉を伝えるのは恥ずかしいから。


 俺がタッパー開けた瞬間出てきた素直な言葉をそのまま受け取ってくれ。



「おにぎり」

「おむすび」



 ……なあみんな。

 息もできない程に爆笑してるけどさ。


 俺も笑うべきなのかな。

 でもさっきから怒りか涙しか出て来そうにないんだよ。


「そんな顔しないで欲しい……」

「そんな顔ってやつにさせてるヤツは誰だと思う?」

「大丈夫。具は、凝ってる」

「具は」

「具は」


 まあ、確かに。

 白米弁当とおにぎりには大きな違いがあるよな。


 もとい。

 お結びには。


 どんなに簡単なものでも。

 具があれば、それは白米弁当じゃねえ。


 俺は、秋乃が浮かべる自信満々な顔を見つめながら。

 具まで到達すべく、がぶっと真ん中あたりまでかぶりついたんだが。


 舌で感じるその味は。

 海苔の滋味と米の甘みのみ。


 齧りついた跡から具は見えているのに。

 口の中に入らなかったのかな?


「昆布? いや、これはなんだ?」


 見た目でよく分からん具に首をひねっていると。

 秋乃が、おにぎりに手を突っ込んで。


 すぽんと具を取り出して、一言。



「おにぎり」

「おむすびじゃなかったのかよ」



 今日の秋乃が仕込んで来たネタは。

 みんなを、椅子から床に崩れ落ちるほど笑わせるに至ったが。



 俺は笑いもせずに。

 具とお結びとを。

 交互に口に放り込むことしかできなかった。



「…………ごちそうさまでした」

「あ、春姫が作ってくれた水筒忘れてた」

「なにが入ってんの?」

「食後のお茶だと思う……。はい、どうぞ」

「この豚汁はおかずになるだろがよ…………」


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