お父さんの日
~ 一月十三日(木) お父さんの日 ~
※
同じ天の下には生かしておかないほど
憎らしい。
三学期が始まるなり。
いきなり揃って休んだ俺たちが。
変に勘繰られるかと思っていたら。
そんなことは微塵もなくて。
「あたし、頑張って学校来たのに! クラスの半分方休みだったのよん!」
「俺~、最初っから休校だってウソついて夕方まで寝てた~」
「きいいい!! くやしいくやしいくやしい!」
「痛いよ殴るなよ~!」
昨日はかなりの生徒が。
いや、先生すらまともに登校できず。
二時間目の途中でようやく。
休校を決定したのだ。
決断が遅いとか。
先生たちは、散々叩かれることになったらしいのだが。
どうして最初は通常通りと決定したのか。
その理由が、不機嫌そうに教卓を叩く。
「まったく惰弱な……。社会に出てみろ、雪だから休みますでは通用せんぞ」
……この人。
始発に乗って、遅延の影響を受けながらも始業一時間半前に学校に来て。
一人で校門から昇降口までの雪かきをしていたらしいんだが。
「お前達も覚えておけ。遅刻は相手に対して最大の無礼に値するものだからな」
そんな昭和気質をふりまいて。
乱暴に椅子に腰かけた。
鼻息の荒い先生の姿を見つめて、やれやれと首をすくめ。
読み取るだけでも難儀な板書をノートに書き写すクラスメイトの中。
たった一人。
深くうなずいて感心しているこいつは。
「お前、またあいつの話を真に受けて……」
「し、静かに……。お話、続いてる……」
目をキラキラ輝かせて。
英語のノートに熱心にメモを取ってるけどさ。
お前、ほんとに先生の話が好きなんだな。
「そして今の若者には、感謝の心が無い。感謝の気持ちは声に態度に表すものだ。そんな時には歯に衣着せず正直に……」
やれやれ。
今日の脱線話は、怒りに任せて長いことになりそうだ。
普段ならこんな時。
勝手に自習している俺なんだが。
今日は珍しく。
窓の外をぼーっと眺めていた。
先日の天気が嘘のよう。
雲一つない青空の真ん中に。
太陽が呑気に光り輝いている。
土の混ざり始めた地面の雪も。
これだけの美白ライトで照らされれば。
キラキラと眩しく輝くものだ。
美しきかな、雪残る田舎景色。
のどかなるかな、冬の一日。
「きさま! 一体秋乃に何をしたあああ!!!」
……青天の霹靂。
急に開いた後ろドアから。
怒号と鬼面が同時に突入してきた。
誰もが体を強張らせ。
目を見開いて見つめるその男は。
「お、お父様!?」
そう。
こいつは秋乃のおやじさ……、ん?
「のわっ!?!?!?!? あぶねえ!!!」
「ちいっ! 外したか! 逃げるな馬の骨!」
「逃げるわ!!!」
もうちょっと気付くのが遅かったら危なかった!
こいつ、刀のおもちゃ振り下ろしてきやがった!
椅子から慌てて飛び退いた俺の。
前髪あたりを掠めた日本刀。
そいつをもう一度構え直していやがるが。
例えおもちゃだとしてもだ。
「そんな鈍器で叩かれたら昏倒するわ!」
「学のない男だな貴様は。妖刀ムラサメは、鈍器ではない」
「中二か!?」
「この剣の中に魂を閉じ込めて永遠に苦しめてやる!」
「設定しっかりしてんなあおい!!!」
かっこいい名前つけたって鈍器は鈍器だ!
そして鈍器と言えども避けなきゃお陀仏!
大きく上段に振りかぶった長得物。
こんな時に逃げるなら、右でも左でもなく。
「下っ!!」
「ふんっ!!!」
窓際まで下がった俺の頭上。
窓ガラスを金属がひっかく嫌な音が響き渡る。
そして予想通り。
鈍器は俺に当たること無く止まったんだが……、ん?
あれ?
ひっかく音?
ガラスを叩く音か。
いいとこ割れる音がすると思ったんだけど。
不思議に思って頭上を見上げると。
「ふんっ!!! ぬ……、抜けん!」
ガラスがスパッと切れて。
アルミの枠も切り裂いて。
コンクリの中ほど。
俺の頭のちょっと上あたりで停止しているんだが。
「…………それも本物?」
「言っただろう! 本物の妖刀ムラサメだと! ふんぬうううう!」
いや、そういう意味じゃなく。
本物の日本刀かと聞いたつもりだったんだが。
いやいやまてまて。
例え本物の日本刀だとしても。
ガラスを一刀両断なんてあり得ねえ。
だったら。
そういう意味での『本物』?
「何をする! 放せ!」
やっと刀が抜けたところで。
クラスのみんなが寄ってたかって。
クソ親父を羽交い絞めにしてくれているんだが。
やめとけ、あぶねえって。
その刃に触れたら、ほんとに魂持って行かれるかもしれねえぞ?
「落ち着いて下さいよお父さん!」
「そうですよ、お父さん!」
「君たちに父と呼ばれる筋合いはないぞ!」
「じゃあ、おっさん」
「誰がおっさんだ!」
「なにがあったか知らねえけど、舞浜のためとはいえホイホイ出て来るな、おっさん」
「過保護だな、おっさん」
「過保護でもないしおっさんでもない!」
未だに暴れるクソ親父。
だが、今なら話くらいできそうだ。
「いきなり何の真似だよ、説明しろ」
「貴様に話すことなど何もない! 大人しく刀のサビになれ!」
「いや、俺にやましいことなんか何もねえぞ? 一体なんでそこまで怒ってるんだ」
「クリスマスの後! ロイヤルスイートに二人で泊まるとはどういう了見だ!!!」
「げ」
しまった、忘れてた。
こいつへの嫌がらせに。
支払いだけこっそり任せて泊ったんだっけ。
「「「「なんだとおおおおおお!?」」」」
新たに生まれた第三勢力。
今まで取り押さえていたおっさんを突き飛ばした連中を筆頭に。
クラスの男子一同が、一撃必殺の毒矢となって襲い掛かって来た。
「あの高級ホテルか!? そうなんだな貴様!」
「ロイヤルスイートってことはお前……!!!」
「なんという裏切り行為!」
「そういうことは大人になってからって俺たち誓ったじゃねえか!」
「そんな誓いたてとらんわ」
「じゃあ爆発しろ!」
「そうだ今すぐ爆ぜろ!」
「無茶苦茶言うなよ……」
確かにあそこで告白はした。
とは言えそれ以上のことはまったく無い。
そう。
俺のヘタレが全ての原因だが。
とにかく何もできなかったんだよ。
でも。
この鼻息荒い猛獣どもに何を言っても無駄。
証明できるとすれば……。
「秋乃! 俺たち、ただあの部屋に泊まっただけで何もなかったよな!?」
「うん」
「「「「ほんとおかああ?」」」」
俺に被さった、悪意に飲み込まれて合体した生物。
そこからにょきにょきと生える十個ほどの首が同時に秋乃へ振り向いて。
おぞましい声で問いかける。
「ほ、ほんと……」
「「「「ほんとにほんとおかああ?」」」」
「ひうっ!?」
「やめんか貴様ら。秋乃がホラー系苦手なの知ってるだろうに」
「「「「そこからつきあいはじめたんじゃないのかああ?」」」」
「一斉に振り向くんじゃねえよ俺でも怖いわ!!!」
思わず突っ込みが先に出たが。
これは良い機会かもしれん。
でも、ここでカミングアウトなんかしたら。
この化け物に食い殺されかねんぞ。
逡巡している間にも。
十数個の首が俺の眼前に迫りくる。
そんな脅威が。
一斉に再び後ろを向いた。
「付き合ってないよ?」
「「「「え???」」」」
「付き合ってないよ?」
魔法の呪文を二度聞いて。
魔物に取り込まれたクラスのみんなが、安堵の表情を浮かべると。
その体から一人ずつ解放されて席へ戻っていく。
助かったけど。
ちょっと予想外。
隠す道を選ぶのか。
複雑なため息をつきながら秋乃を見つめると。
俺の耳に、不愉快な笑い声が届いたのだった。
「そ、そうか。…………ははっ。……あーっはっはっはっは! 残念だったな馬の骨!」
「うるせえなあ」
「万が一、今後秋乃の心を射止めたとしてもだ! 私の目の黒いうちは、順序をきっちり守ってもらうからな!」
「何の順序だよ」
「そういう事なら問題ないから帰らせてもらおう。では小僧、無駄なあがきになるとは思うが、せいぜい秋乃に並んで恥ずかしくないよう、勉学に勤しむのだな!」
クソ親父は意気揚々と刀を鞘におさめているんだが。
そうはいかねえぞ?
「悪いが、その願いは二つとも叶わねえ」
「ん? 何の話だ?」
「てめえが帰るのも俺が勉強するのもムリ」
俺は、そこまで口にした後。
親指で二度指し示す。
そんな先には。
一体の不動明王像。
「……二人とも立っとれ」
こうして俺は、不倶戴天の敵と共に。
冷風の吹き込まないロッカーの陰を力づくで取り合うことになったのだ。
「せめえぞ。ここは俺の指定席だ」
「お前が出ていけ。ここは私が学校から買い取る」
やれやれ。
こりゃあ、秋乃の選択。
間違ってなかったのかもな。
……あるいは。
違う意味でもあるのかな。
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