元日


 人と人との関係は。

 言葉ではなく。


 相互に心を砕く時間と密度だけが。

 実質的な意味を持つ。


 関係の薄い親族もいれば。

 互いに助け合う赤の他人もいる。


 でも、家族というものは。

 人生のかなりの時間と。

 自分が所有する世界を共有するうちに。


 必然的に。

 そんな簡単なはかりでは測量不能な関係になるわけだ。



 ……だから。

 逆説的に。


 恋人というものに。

 家族と同じ関係は望むものではない。



 根本的に他人なのだ。

 気を使うべき相手なのだ。


 お互いを尊重して。

 お互いを束縛せず。


 お互い気分よくいられるように配慮して。

 お互い過ごしたい時間を、場所を、シチュエーションを相手に与えるべき関係。



 俺は、そこまで理解している。

 理解しているから、実践できる。


 秋乃のために、時間を使って。

 秋乃のために、気を使う。


 それが当たり前。

 当たり前の、恋人の形だと思うから。




 ……もちろん。

 そんな言い訳で隠している本心は。




 このめんどくささの先に待つ。

 何かに期待しているからだけど。





 秋乃は立哉を笑わせたい 第20笑


 =恋人との距離感を知ろう=




 ~ 一月一日(土祝) 元日 ~

 ※竜吟虎嘯りょうぎんこしょう

  似た者同士は呼応し合う。

  あるいは、でかい音量の音楽。




 見てる方が寒いから。

 裏起毛のブーツを履いてくれ。


 そんな俺の気遣いに。

 なんでか肩を落としてしょぼくれているのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの



 昨日のシンデレラドレスよりはまとも。

 いやそれどころか。


 TPOにてらせば。

 極めてまともなかっこだとは思う。


 でも、着物ってどうあっても。


「……靴下剥き出しじゃねえの」

「足袋と靴下は違う……、よ?」


 なんか、便所スリッパみてえなカウルは付いてるけど。

 かかと剥き出しじゃん。


 俺は最大限の気遣いから。

 もっと暖かいかっこして出直して来いと。

 チョップくれてやろうとしたら。


「ごはっ!?」


 背後から。

 やたらチクチクする鈍器で殴られた。


「いてえぞお袋! 門松で叩かれたりしたら御利益独り占めんなるわ!」

「すでに世界最大級のご利益手に入れてるんだから、その分はよそにまわしなさい」

「最大級?」

「まったく……。御利益ちゃんに酷いこと言うんじゃないわよ」


 年始の冷たくて清々しい空気で満たされた保坂家前。

 親父と凜々花。

 そして舞浜母と春姫ちゃんが、少し離れた辺りで楽しそうに話す中。


 俺が痛む頭から松の葉を抜いている間に。

 お袋は、晴れ着姿の秋乃に優しく声をかける。


「ごめんね、この子が朴念仁で」

「ぼくね……? あ、いえ、気にしてないです……」

「今日はみんな一緒だから注意できるけど、今後が心配ね。あんたらのデートに毎回ついていこうかしら?」

「ついてくんな!」


 そう、声を荒げてはみたものの。

 昨日と言い今日と言い。

 みんながいてくれて助かってる。


 だって、俺。

 秋乃と二人にされたりしても。


 なに話したらいいかわからねえ。


 両家の構成員一同。

 下手に気を使って俺たちから距離を取っているけれど。

 

 冗談じゃねえよ。

 こんな感じに。

 もっと話しかけて来い。


「いやこんな感じとかねえから! 血ぃでとるわ!」

「下品に騒がないの」

「上品に気を使った俺になんてことしやがる!」

「偉そうに言わないの。女子は我慢してでもおしゃれしたいのよ?」

「それくらい当然分かって……? おお、そうか」


 舞浜母も春姫ちゃんも晴れ着だから。

 ピンと来なかったけど。


 秋乃がこんなかっこして。

 テンション上がらないわけはない。


 しょんぼり顔を。

 どうにか苦笑いまで昇格させながら俺の顔を覗き込んでいるが。


 これは確かに。

 俺が朴念仁だった。


「わ、わるい」

「ううん?」


 普段だったら。

 あるいは他人事だったら。


 すぐに気が付く当たり前。

 でもそれが自分のこととなると。


 こんなにも見えなくなるものなのか。



 恐るべし、恋人関係。

 こんなことで、今後仲良くやって行けるのか?


「でも、今日は確かに寒いし。お披露目もできたから、靴に履き替えて来る?」

「ど、どうしようかな……」

「ごめんね悩ませて。この子のせいで」

「大丈夫、です。あたしも、立哉君がわたわたしてるの、伝わってるので……」

「誰がわたわたしとんねん」

「してるじゃない」

「してる……」

「うぐ」


 そう。

 秋乃とお付き合いすることになってから。

 連日、わたわたしっぱなし。


 誤魔化しきれてると思ってたけど。

 誰もが平常じゃないと指摘する。


「そんなに目に見えてわたわたしてるか?」

「ううん?」


 あれ?

 なんだよ。

 秋乃には、そう見えてねえのか?


「じゃあ、なんでわたわたしてるの分かるんだよ」

「あ、あたしもわたわたしてるから……」



 そう口にした秋乃の姿が。

 今まで、フィルターの向こうに映っていた秋乃の姿が。


 ようやくはっきりと見える。


 巾着の紐をぐりぐり指に巻き付けて。

 視線をあっちこっちに泳がせて。


 ……ああ。

 バカだな俺は。


 恋人って関係の初心者は。

 お互い様だったんだよな。



 急に気楽になると共に。

 俺の口から勝手に零れた言葉。


「綺麗だ」

「あ、ありがと……」

「でも見てる方がさみいから、裏起毛のブーツに履き替えにいこうぜ」

「和服にブーツって……」

「大丈夫だ。お前の姿見て、それもアリだなって文化が生まれるかもしれん」

「そ、そんなの大変……」


 言葉では否定しながらも。

 秋乃は素直に俺の従って。

 家までの道を引き返す。


 よっぽど寒いんだろう。

 足運びがいつもとまったく違う。


 俺は、頑張って我慢していた功績をたたえて。

 道すがら、何度も晴れ着姿を褒めてやった。


「でもさ。和服業界も喜ぶんじゃねえの? 正月に晴れ着人口が減ってる理由って、寒いし苦しいしめんどくさいからなんだろ?」

「そ、その理由の一つを変える文化革命……」

「発信源は秋乃だ。歴史の教科書に載るかもしれん」

「だ、だから。それ、困る……」


 冬の定番。

 あたたかいからという理由でヘビロテになっている真っ白なファーのブーツ。


 ようやくいつもの歩幅で歩くようになった秋乃と共に。

 みんなの元に向かう。



 人と人との関係に。

 呼び名なんて関係ない。


 できるだけ今まで通り。

 友達からゆっくりのグラデーション。


 それでいこうぜ、俺たちらしく。


「秋乃らしいな。俺なんか教科書に載って後世に名を遺したいって思うけど」

「絶対勘弁……」

「そこまでいや?」


 今まで通りのいつも通り。

 気楽な会話に、秋乃は急に頬を膨らませると。


「そ、そんなの喜ぶ女の子、いない……」

「え? そうなの?」

「当たり前。ひげなんて……」

「うはははははははははははは!!! 写真付きってほどの偉業じゃねえだろ!」



 そして。

 今まで通りのいつも通り。


 俺のことを。

 笑わせてくれた。


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