初夢の日


 ~ 一月二日(日) 初夢の日 ~

 ※為虎傅翼いこふよく

  もともと強い人に

  パワーアップエクステンション




 人はみな。

 今日よりも良い明日をと願う。


 そんな脳の構造を持った。

 欲望モンスター。


 だから。

 当たり前なんだ。


 今の俺の感情は。

 当たり前のことなんだ。



 ……恋人同士になったとはいえ。

 まだ、今まで通りの感じでいたい。


 そう考えて、気が楽になった一月一日。


 だというのに。

 明けた二日の朝に思うこと。


「お前はさ。もっと恋人っぽいことできねえのでしょうか?」

「ま、まえからお願いしたかったことなの……」


 早朝のランニング。

 そのついでに寄り道したいと手を引かれて。


 人の気配のない裏路地へ連れ込まれた。

 恋人持ち初心者。


 ええ、ぶっちゃけますと。

 ドキドキしましたよ。


 たった数十秒の間に。

 いろんな妄想しましたよ。



 でも、そんな伸びきった鼻の下に突き付けられたのは。


 キンキンに冷えた。

 リアカーの持ち手。


「ひ、一人だとちょっとずつしか運べなくて……」

「なんだろうね。恋人になったら頼めるっていうその感覚」

「な、内緒ごとは良くないかなって……」

「うーん……。そう言われるとちょっと嬉しいような?」


 何かの錯覚に騙されながら。

 下手をすれば手の平がくっついてしまいそうなほど冷たい取っ手を掴んで。


 ごろごろ、ごろごろ。

 正月明けたばかりの世間様を。

 リアカー引いて歩かされてるけれど。


 またぞろ不安になって来た。

 俺のちょろさを利用して。


 今後も。

 いいようにこき使われることになるのではあるまいか。


「しかし、もうちょっとセンスいいものだったら喜んで手伝うんだが……」

「え? …………すごく、いいもの」

「これが?」

「宝の山……」


 ……かつて、思ったことがある。

 驚くような機械を、いとも簡単にポンポン作り出す秋乃だが。


 構造とか精密機器とか基盤とかはともかく。

 資材は一体どこから手に入れているんだろうなって。


「勝手に持ってきていいの?」

「鉄くず屋のおじさんは、助かるって」


 リアカーに満載された。

 山のような鉄くず。


 それが何回もお代わりできるほど。

 倉庫の中にぎっしりと詰まってたんだが。


 もしもあの山が崩れたりしたら。

 大変なことになるんじゃなかろうか。


「これがお前の隠し事、ねえ」

「うん……。か、彼氏に隠し事は無しだなって思って。……だめ?」

「ダメじゃねえので。今後もどしどしご用命ください」



 ……彼氏とか。

 その言葉のチョイス。


 騙されていたとしても。

 抗えないから恐ろしい。



 どこまでも見渡すことができる。

 田舎の畔の辻。


 薄い水彩絵の具のような色彩で描かれた風景が。

 息の白さに煙って消える。


 俺がお前の彼氏だと。

 黒の景色の中で告白したあの日と好対照。


 まるで誰もいない。

 二人だけの世界。


 隣でにこやかに俺だけを見つめる。

 絶世の美女。


 耳が熱くなる。

 呼吸がしづらくなる。


 秋乃の視線に気付いた時から。

 この酷い肉体労働も。

 急に嬉しくなってき……。



『い~しや~きいも~。……おいもっ』

「ムードブレイカー現る!!!」



 正月早々!

 こんな早朝!

 

「か、買ってきてもいい?」

「そして釣られるお前っ!」

「だ、だめなの?」

「ああもう、行って来い!!!」


 いままでだったら。

 ふざけんなの一点張りで。

 秋乃のことをしゅんとさせていたことだろう。


 でも、相手は彼女。

 機嫌を取らねばいけない相手。


 ……それってどうなんだろう。

 間違ってるのかな?


 俺の隣に舞い戻って。

 芋に負けない程のほくほく顔を浮かべる秋乃。


 そんな笑顔を曇らせたくはないが。

 これだけは言っておかないと。


「……秋乃」

「なあに?」

「何か事故とかあったらいけねえから。資材は違うルートで手に入れろ」

「え…………? そ、それって、心配してくれて……?」

「そ、そうだよ」


 思わずどもっちまったけど。

 顔、真っ赤になっちまったけど。


 言わなきゃいかん。

 そんな言葉もある。


 だって俺。

 彼氏なんだから。


「し、心配してくれて、ありがとうなのです?」

「れ、礼には及ばんのです」

「顔、真っ赤なのです」

「恥ずかしいでこうなるのです」

「嬉しいのですが、そんな顔見せられると恥ずかしいのです」


 俺たちにしては信じられない程ぎこちない会話をした後。


 ひやあとか声上げて。

 お前が恥ずかしがるもんだから。


 俺の顔。

 今、きっと赤絵具よりもっと赤い。


「照れるんじゃねえよ!」

「そ、そっちが先……」

「そしてわたわたするな!」

「か、顔を隠せるもの……」

「そのうだな、その鉄のフライパンは正解だ。キンキンに冷えてるから一気に冷めるだろう」

「えい」

「つめたっ!? 俺の顔隠してどうする!」


 自分の顔隠せよ!

 鼻が表面に張り付くわ!


 いくら可愛かろうが。

 怒る時は怒るのが当然。


 俺はフライパンを引っぺがすと。

 秋乃は逆の手で、自分の頬に。



 鉄製の。

 鷹の像をくっ付けていた。



「うはははははははははははは!!! それが隠せるのは顔じゃなくて爪!」



 てか、顔丸見えじゃねえか!

 なんでそんなことポンポン思い付きやがる!


「な、なんか気まずかったから……」

「ああそうな、助かったよ。ひと笑いしたら、なんか落ち着いた」


 やれやれ。

 これじゃ今後も。


 良いムードとか作っても。

 笑わされて台無しにされそうだ。


 ……そして今更気付いたが。

 こいつ、資材調達の件をうやむやにしやがった。


 もう、俺の家の前だし。

 早いとこ説得しねえと……。


「…………あけましておめでとう、で、合ってるか?」

「多分な」


 こんな朝早くに。

 出会っちまったのはカンナさん。


 俺ではなく、寄せた眉根をリアカーに向けてるけど。


「なあ、お前に一つ教えておきてえんだが……」

「何を」

「今は大みそかでもねえし、夜中じゃなくて朝だぜ?」

「夜逃げだったらもうちょっとまともなもん運ぶわ」


 面倒だが仕方ねえ。

 俺は、事の顛末をカンナさんに説明すると。


 この、優先順を間違えない。

 信頼できる大人は。


 盛大なため息と共に。

 俺にデコピンしやがった。


「お前ら、付き合いだしたんだよな?」

「うぐっ!? そ、そうなのですが?」

「だったらお前が注意するべきだ。こんなの積んでるとこに足運んでたら、事故とか怪我とか、万が一が千に一になっちまう」

「ああ、それをこいつに言っとこうと思ってたんだが、さっきははぐらかされた」

「情けねえな。びしっと言ってやれ」


 なんだよ。

 言おうと思ってたとこに顔出してきたのはあんただろ。


 おかげで、スムースに言えそうだったのに。

 言葉が喉に引っかかる。


「あー、こほん。……秋乃?」

「あの……、ね? 初夢に、立哉君が出て来た」

「はあっ!? ちょ……、お前……」

「また、顔真っ赤。使う?」

「いらんわ鷹!」

「恥ずかしい?」

「は、恥ずかしいのですが……」

「あたしは嬉しいのですが?」


 そう言いながら。

 軽い足取りで歩き出す秋乃。


 俺は、しょうがねえから鷹を頬に当てて。

 熱を冷ましながらリアカーの持ち手に力を込める。


「……お前ら、付き合いだしたんだよな?」

「そ、そうですが?」

「…………虎に翼、だな」

「は?」

「いやなんでもねえ」


 カンナさんのつぶやきも。

 のぼせた頭には馬耳東風。


 俺の目に映るのは。

 楽しそうに歩く秋乃の背中だけ。



 ……そんな彼女の。

 寅年を迎えた秋乃の背に。


 なぜか、虎縞模様が浮かんで見えた。

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