駆け落ちの日
~ 一月三日(月) 駆け落ちの日 ~
※
機会をねらっている様子。
強者に対して使う言葉。
もやもやと。
睡眠不足な日々が続く三が日。
いや。
厳密に言えばもう数日プラス。
要するに。
秋乃と付き合うことになってからずっと寝不足なわけなんだが。
こんな調子じゃ良くないと。
いつも通り。
今まで通り。
こいつにどう思われようと。
まずはそこから始めようと決めてみれば。
ほら。
こんなに気楽で自然に振る舞うことができる。
「そんじゃ行くか」
「……この、目の前に出してきた手の平に溜まってるの、なに?」
「手汗」
いつも通り。
今まで通り。
そう考えれば。
気楽で自然に振る舞うことができることは分かってる。
でも。
そうは問屋が卸さない。
いつもと違う恋人とのデート。
今までと違う恋人との待ち合わせ。
町まで出掛けるだけなのに。
待ち合わせは俺の家なのに。
三十分も前に寒空に出て。
身体は冷え切ってるのに手汗はたっぷたぷ。
いつもと違う。
今までと違う。
恋人だからできること。
例えば、手をつないで歩いてみたい。
こいつが来たら、自然と手を差し出そう。
そんなことを考えたばっかりに。
この体たらく。
「手汗……。飲めるほど溜まるもの?」
「それほど出ちまったもんはしょうがねえだろ」
「そしてこれを差し出されて、どうすれば?」
「つ、繋……、いや、なんでもねえ」
「あ。ネタだった……? 笑えばいいのかな?」
「お情け無用」
いつものように。
ネタを見せられたと勘違いして。
苦笑いするこの美女は。
飴色のサラサラストレート髪を。
今日はサイドテールにして。
ふてくされたふりをする俺の。
隣を歩く。
そんな二人に向けられる、駅前の視線は。
いつも通り。
今まで通り。
羨ましいと、爆発しろのハーフアンドハーフ。
今までは、勘違いされる事が迷惑でしか無くて。
そのうち迷惑と考えることもおっくうになって。
最終的にはなにも感じなくなっていたというのに。
「……俺たち、どんな二人に見られてるんだろう」
なんとなく。
秋乃の気持ちを知りたくて。
改札を抜けながら聞いてみれば。
「かけおち?」
あさっての方から。
返事が飛んで来た。
「は? 駆け落ち?」
「かけおち」
「目指せ日本海沿岸? 俺たちのどこにそんな要素が?」
「えっと……。そこのお店にいっぱいいる……」
秋乃が指差す先をホームからうかがえば。
パチンコ屋の前に行列が出来ていた。
よく見れば、カップルの姿が多いけど。
こういうのって、おっさんたちばっかりが並ぶもんだと思ってた。
まあ。
それはともかく。
「すまん。まったく意味が分からん」
「かけおち……」
「いや、それとこれとがどう繋がる」
たまに、こいつの言いたいことがまるで理解できないことがあるんだが。
今日のは極めつけ。
俺は、首をひねりながら。
ホームに滑り込んで来た、そこそこ混みあった電車に足を踏み入れると。
「かけおち」
やっと秋乃が繰り返す言葉の意味が分かって。
「うはは!!! …………ごほん!」
思わず笑いが零れて。
非難の視線を一斉に浴びることになっちまった。
「ばかやろう! 変な人扱いされちまったじゃねえか! 下らん勘違いすんな!」
「で、でも、よくパチンコ屋さんで見かける……」
「ああそうなんだな。結構いたんだな、知らなかった」
「うん。あんまり楽しそうじゃない独特の倦怠感……。あれがカップルの最終形態」
「俺たちも、そんな目で見られていると思ったわけ?」
「ベテランカップル」
「その名も『賭け堕ち』?」
「お小遣いの範囲で楽しみましょう」
「うはは! …………ご、ごほんごほん!」
だから、笑わせるんじゃねえよ!
なんだそのしてやったりって顔!
そう言えば、こいつ。
ちらちら俺の顔色うかがってたみたいだけど。
気が抜けたところ狙ってぶっこんで来たんだな?
そうか、こいつはいつも。
機会をうかがってるってわけか。
……恋人になったからと言って。
俺の目標は変わらない。
いつか秋乃を無様に笑わせたい。
だったら。
こういうところも見習って行こう。
そんなことを考えながら電車に揺られ。
大きな駅で降りて歩くこと五分。
やって来たのは映画館。
「さて……。見たい映画でもあったのか?」
訪ねる俺に。
揺れる飴色の髪が否定する。
「ここで決めようかなって……」
「なるほど」
かかるリールは三本程。
一つ目はアニメ。
秋乃は楽しんでくれそうだが。
俺はパス。
だって俺の中で。
アニメはレコーダーに録画したものを停止しながら巻き戻しながら。
一人でじっくり見るものだから。
二つ目はホラー。
秋乃には絶対無理。
これは断然スルー。
ということは。
必然的に三つ目のを見る事になりそうなんだが……。
「うん。これが見たい……、かも」
「いいの? また日を改めてもいいんだぞ?」
「そ、壮大なラブロマンス……」
え?
なに言ってんだ?
タイトルからして、デート向きじゃないし。
いや、それよりもラブロマンスって何の話だ?
これ、SFとかサスペンスとかじゃねえの?
「なんか間違ってるといけねえから確認するぞ」
「うん」
「この映画で間違いねえんだよな?」
「うん」
「SFとかミステリーとかサスペンスとか苦手だよな」
「うん」
「そういうジャンルに見えるんだけど」
「ラブロマンスだと思うんだけど……」
「なわけあるか。タイトル、『記憶の欠落』だぞ?」
「あ…………。『記憶のかけおち』だと思った……」
「うはははははははははははは!!!」
いくらなんでも!
お前、どんだけ国語ダメなんだよ!
大笑いしながら。
しょうがねえからアニメのチケットを二枚購入。
ポップコーンとコーラを買って。
子供たちに挟まれながら。
そこそこ感動的な物語を堪能した。
しかしなあ。
こいつの勉強。
もっとみてやらねえと。
……そういえば。
秋乃。
進路はどうするつもりなんだろう。
もしも進学希望だったりした日にゃ……。
猛特訓だ!
そんなことを考えていた俺の顔色を。
じっと見つめていた秋乃がつぶやく。
「あ。さっきの読み違えは、わざと……、よ?」
「顔色読んで逃げようとすんな」
俺は、秋乃といる間。
ポーカーフェイスでい続けようと心に誓うことになった。
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