御用始め
~ 一月四日(火) 御用始め ~
※
芸のうまい人気役者。
あるいは役者じゃなくても
芸達者な人気者。
「さて、さんがにちもおわったし。じゃあ仕事に行ってくるぞ」
「まってあなた。これ出してきて」
「え? なにこの袋」
「燃えるゴミ」
「えー!? 君が出してきなよー!」
「あのね? あなたにはお正月休みだったのかもしれないけど、こっちは飲んだくれてごろごろするあなたに朝昼晩とお料理作って、平日より忙しい三日間だったの。あたしの正月はこれから始まるのよ?」
「よくわかんないけど……、じゃあこれから三日はぼくがご飯作るの?」
「ううん? あたしのお正月は、次の大みそかまで」
「ぎゃふん」
古典マンガのような言葉を口にして。
砂場に尻もちをついた男の子。
砂で作ったテーブルを挟んで座る女の子に。
砂の詰まったビニール袋を手渡されての初出勤。
滑り台に上って滑り降りて。
樹脂素材の迷路を抜けて。
鉄棒の縦ポールをぺんぺんと何度か叩いてから砂場に戻る。
「ただいまー!」
「ちょっとあなた! どうしてゴミを持ったままなの!?」
「あ、いけね。捨ててこなきゃ」
「もう夜よ! ダメに決まってるでしょ! まったくもう、そんなの持ったまま仕事してたわけ? 恥ずかしくって外歩けないわよ!」
「ごめんね?」
「まあいいわ、あたしが外にでなきゃいいんだから。明日から、買い物もあなたが行ってきてね?」
「ぎゃふん」
まるで床屋でよく読む昭和四コマ漫画。
あるいはチープで古めかしい夫婦漫才。
そんな演目を離れたベンチから眺めながら。
大笑いしているのは。
ベンチに腰かけていたこいつに。
ホットのレモンティーとあんまんを渡して隣に腰かける。
そんな俺の手にはコーヒーとにくまん。
寒い日の学校帰りには馴染みの光景なのに。
関係性が変わった今だと。
新鮮に感じるから不思議だ。
「お、おままごと、楽しい……」
「俺たちを楽しませる目的でやってるわけじゃねえんだろうけど。台本でもあるんじゃねえかってほどのクオリティーだな」
「あたし、やったことないから、やってみたいかも……」
「ん? …………俺と?」
今までだったら。
俺を巻き込むなと突っぱねるか。
悪乗りして台無しにするかの二択だったと思うんだが。
「こ、こほん。……い、今帰った」
「お帰りなさいませ。ご飯にする?」
「もうあんまん食っとるやないけ」
「じゃあ、お風呂にする?」
「ホットの紅茶をキャップに注ぐな。足湯にすらならんわ」
「じゃあ……」
「どきどき」
「もうひと稼ぎしてきて?」
「うはははははははははははは!!! 鬼だ!」
呑気でバカバカしいおままごと。
二人でひと笑いした幕間で。
ふと気付く。
砂場にしゃがんだ先輩ご夫婦。
お二人のおままごとが。
目を覆いたくなるような事態になっていた。
「うわきってなに? ぼく、そんなのしてないよ?」
「ウソつかないで! こっちには、ぶってきがあるのよ!」
「ぶってきがあってもしらないよう」
「おとなりの女と、もう会わないって誓えたら許してあげる」
「おとなりの女ってだれ?」
「しばれくらないで!」
「しばれくらってなに!? 砂をかけないで!」
お母さんと一緒に見たドラマの影響か?
なにやらとんでもないお芝居が繰り広げられているんだが。
でも、砂はいかん。
俺たちは慌てて、二人の間に割って入った。
「ケ、ケンカしちゃダメ……」
「そうだぞ。ひどいことしちゃ駄目だろ、おままごとなんだから」
俺が、今にも泣き出しそうな男の子を背にして。
秋乃に抱きかかえられた女の子に優しく声をかけると。
背中越しに届いた鼻声が。
予想外すぎて耳を疑うことになった。
「お、おままごとじゃないんだよう」
「へ?」
「そうよ! これは、ガチ!」
「ガチぃ!?」
唖然とする俺たちをよそに。
お隣の女についてさらに言及する女の子と。
しどろもどろに言い訳を続ける男の子。
今にもポカポカ叩き合いになりそうな二人から、離れるわけにはいかないし。
だからといってどうすることもできやしない。
もう、どうしたらいいか分からくなった俺は。
秋乃に全部ぶん投げて。
逃げ出すことにした。
「……じゃ、仕事行ってきまーす」
そんな卑怯者に。
秋乃は、むっとしながら。
砂の入ったビニール袋を押し付けた。
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