玉の輿の日


 ~ 一月二十日(木) 玉の輿の日 ~

 ※時期尚早じきしょうそう

  まだ早すぎた。




 無理せず誤魔化さず正直に。

 恋人とのあれやこれやを。

 はっきりと希望しよう。


 そう決めたとて。


 俺だって。

 空気くらい読める。


「か、彼氏には、手作りのチョコをあげるものなの?」

「そんな決まりはないけどねん。あたしはそうしたいのよん!」

「あっは! そういうとこ乙女だよね、夏木ちゃん!」


 昼休みの教室内。

 至近距離で花開く。

 女子三人による乙女トーク。


 やたら気になる内容だが。

 混ざりたいところではあるが。


 聞いているそぶりすら見せるまい。


 そう考えた俺は、心の中で。

 必死にお経を唱え続けていた。


「そ、それ。ぜひ教えて欲しい……」

「あれ? 秋乃ちゃん、保坂ちゃんと付き合ってるのん?」

「ううん。付き合ってないよ?」

「そっか。……教えられるほどの腕はないけど、じゃあ、一緒に作る?」

「僕も混ぜて欲しいかな。みんなで作るの楽しそう!」

「そんじゃいつ集まろっか……」


 仲良し二人と。

 女子っぽいトークをしているせいだろう。


 いつもよりテンション高く。

 ウキウキしながら携帯でスケジュールを確認するのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 でも、こいつがまともに女子トークなんてできるはずもなく。


 こうしてぼろを出して。

 俺を危うく笑わせかける。


「で、でもこの日までにカカオの種を植えて、ちゃんと実るの?」

「きゃははははは! そこまで手作りじゃなくていいのよん!」

「実は僕も基準が分からなくてさ。ケースを買ってきて入れ替えるのはダメなのかな?」

「両極端なのよん! まあ、まだ何日もあるし。なに作るか一緒に考えよっか」


 きけ子が携帯を触って。

 表示した画面をみんなで覗き込む。


 果たして何を作る気だろうか。

 気にはなるけどそれよりも。


 秋乃が。

 バレンタインチョコを作ってくれるということが素直に嬉しくて。


 今にも阿波踊りをし始めそうな気持ちを押さえ付けるのに必死な俺だった。


 そんな流れにしてくれたきけ子には。

 明日、絵皿しか回ってない一人回転ずしを体験させてやろう。


 ウニとアワビとエビと大トロ。

 絵皿は買って帰るとして。


 凜々花の部屋で日がな一日サルからヒトへの進化フィギュアを回して余生を過ごしている回転ずしマシーンをどうやって運ぼうか。



 ……まあ、きけ子へのお礼はともかく。

 初めての恋人っぽいイベントだ。

 俺も準備くらいしておかねえと。


 バレンタイン直前は、こいつらで集まる機会が増えるだろうから。

 今のうちに部活の回数を稼いでおいて、と。


 俺は拗音トリオに今後の部活予定を送りつつ。

 バレンタイン当日のことをちょっと想像してみる。


 残念ながら、下駄箱の中からチョコが現れるという学生のうちにしか機会のないスペシャルイベントは体験することができないだろう。


 それどころか、学校で手渡すような真似もしないか、こいつは。


 秋乃が、俺との仲を隠すという選択をしたのだから。

 俺も協力せざるをえないわけで。


 唯一、そこだけは残念かな、なんて考えていた俺に。


 信じがたい言葉が投げかけられた。


「立哉君、甘いの苦手だよね? この、トリュフっていうのもダメ?」

「ちょっ!? ……あ、え? ああ! な、なんだ! 俺にくれるの!?」


 急になに言い出したんだよお前!

 下手なこと言ったらバレるだろ!?


 案の定、きけ子と王子くんばかりか。

 ご近所さんが、揃って俺をひやかし始めちまった。


「あっは! 鼻の下が伸びてるよ?」

「なんだ、やっぱり付き合ってるんじゃないのん?」

「ち、ちげえよ! なあ秋乃!」

「うん。付き合ってないよ?」

「じゃあなんで手作りチョコなの?」

「そうだよ怪しいよな!」

「秋乃ちゃん、お金持ちのお嬢様だし。玉の輿じゃない」

「いやそんなオプション関係ねえ! 保坂になんかもったいねえだろ、舞浜だぞ!?」

「ああうるせえ! 違う違う!」


 そして、騒ぎが教室中に広まって。

 全員の耳目が集まったその瞬間。


 廊下から転がり込んできた一年トリオが。

 とうとう暴露しちまった。


「先輩先輩! こんなに部活詰め込んだら、お付き合いしてる舞浜先輩が可哀そうです!」

「にゅ!」

「そうですよ、先輩。お付き合いし始めなんですから、もっと二人の時間を大切に……」

「ぎゃあああああ!!! こいつらに口止めしとくの忘れてたっ!!!」


 叫んだところでもう遅い。

 教室中を、悲鳴と怒号が駆け巡る。


「やっぱそうだったか!」

「何で黙ってたんだよお前ら!」

「素直に祝福できないわよ……」

「いやそもそも祝福なんかしねえぞ俺は!」

「そうだ! 立哉を窓から突き落とせ!」


 もうなにがなにやら。

 どれに返事をしたらいいのかまるで分からねえ。


「にょーっ!? ナ、ナイショだったんですか!?」

「舞浜ちゃんおめでとう! そして保坂は爆発しろ!」

「にゅーーー!!!」

「いつもの感じでまだ付き合ってねえのかと思ってたぜ」

「玉の輿じゃねえかお前!」

「あちゃあ。ごめんね、先輩」

「せめて舞浜か財産かどっちかよこせ!」

「お……、落ち着けお前ら! そしてほんとに落ちるからその手を離せ!」


 騒ぎに乗じてほんとに窓から俺を落とそうとしてるけどさ!

 手とつま先でギリギリ耐えてるけどそろそろ限界だ!



「み、みんな……。お、落ち着いて……、ね?」


 

 そんな阿鼻叫喚が。

 秋乃の声で、ようやく理性を取り戻すと。


 俺の身体は、ずるりと室内へ引きずり降ろされたんだが。

 それでも怒りのおさまらない男子どもに無理やり正座させられた。


「あぶねえ……。危うく寄り切られるところだった……」

「そんなこたどうでもいいんだよ!」

「いいわけあるか!!!」

「説明しろ、立哉!」

「うぐ……」


 もはや言い逃れなどできやしない。

 俺は秋乃と一緒に頷き合うと。


「いや、確かに悪かった。正直に言おう。俺たちは……」

「付き合ってないよ?」

「そう、付き合ってな……? いや秋乃。今更どう誤魔化したって無理だろうがよ」

「付き合ってないよ?」


 みんなの苦笑いが。


「付き合ってないよ?」


 真顔のまま三度も繰り返す秋乃を見つめているうちに。

 怪訝なものにとって代わる。


 もっとも、一番の怪訝顔を浮かべていたのは。

 俺なんだけど。


「どういう意味だ? 俺、お前の彼氏だよな?」

「うん。彼氏になってくれるって、言ってくれたよね?」

「……そう言えば、お前あの時返事くれなかったけど」

「うん」

「それをお前はOKしてくれて無かったって事!?」

「ううん? OKしたつもり」


 よかったびっくりした!!

 またいつものおかしな展開になるかと思ってヒヤヒヤしたぜ!


 俺たちを取り巻く怪訝顔も。

 半分方、ほっと肩を落として落ち着きを取り戻した。



 ……でも。



「まあ、そういう訳なんだよ。黙ってて悪かった。でも、秋乃が付き合ってるのをナイショにしたそうだったから仕方なく……」

「付き合ってないよ?」

「ええい面倒だなお前はっ!!! もう誤魔化しきれんて!」

「付き合ってないよ?」

「俺はお前の彼氏だろがっ!」

「うん」

「そしてお前は俺の彼女だろが!!!」

「ううん?」

「はあああああああああ!?!?!?!?!?」


 俺の叫び声が途絶えるとともに。

 時間を失った教室内。


 みんながまるきり同じ顔をして。

 秋乃を見つめたまま停止する。


「……立哉君は、あたしの彼氏」


 そして総員、同時に一つ頷く。


「でも、あたしは立哉君の彼女じゃない」


 総員、同時に首をひねる。


「そのこころは」


 総員、同時にごくりと喉を鳴らすと。


「まだ、急には無理……。それに、立哉君も、ゆっくりちょっとずつがいいって」

「言ったけども!!!」

「だ、だからあたしが彼女になるのは、もうちょっと待って欲しいかなって……」

「え!? なにそれどういう事!?」


 なんだそりゃと。

 全員からの突っ込みが入ると共に。


 クラスがどっと笑いで満たされる。


 ……いやお前らは良いけどさ。

 俺は笑ってる場合じゃないんだが?


「まてまて秋乃! それって、俺たちどんな関係なの!?」

「…………立哉君の、一方的な片思い?」

「じゃねえだろ! だって俺が彼氏なのは認めてるんだから!」

「そ、そっか。それなら一番近そうなのは……」

「近そうなのは!?」

「ちょっと違うかもしれないけど……」

「しれないけど!?」

「哀れなピエロ」

「うはははははははははははは!!! 全然違うだろが!!!」


 みんなが腹を抱える中。

 でも、どう表現したらいいか分からないと。

 泣きそうな顔をする秋乃。


 いや、お前さ。

 泣きそうなのは俺の方なんだけど?


「あ、あたしも、ゆっくりじゃないと無理だから……、ね?」

「えっと……、じゃあ、そのうち大丈夫そうになったら彼女になるって事?」

「た、多分……」


 自信なさげに応える秋乃と。

 俺との関係。


 多分、全人類が首をひねるであろう俺たちの関係は。


 きっとこれからも。

 ゆっくりのんびりと姿を変えていくんだろう。


 俺は、なんだかどうでもよくなって。

 困った顔をする秋乃のおでこを。



 軽く突いてから。

 大笑いした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る