最終話 料理番組の日


 ~ 一月二十一日(金)

     料理番組の日 ~

 ※譎詭変幻けっきへんげん

  さまざまに、奇特な様子に

  変化すること。




 一応。

 多分そのうち恋人になると宣言してくれてはいるが。


 舞浜まいはま秋乃あきのとの。

 これまでの関係性を。

 つまり今の状況を。


 ごく一般的な日本語で表すと。


「何度も聞くが……。秋乃にとって、俺は、何?」

「すてき彼氏」

「では。俺たちの関係は、何?」

「お、怯える被害者とストーカー?」

「全然違うだろが人聞きの悪い!」


 俺の自視点では。

 俺は秋乃の彼氏。


 秋乃の視点でも。

 俺は秋乃の彼氏。


 なのに秋乃の自視点では。

 自分は俺の友達という。


 世にも奇妙なこの状況を。

 表す言葉を模索し続けてはみたけれど。


 一日経って。

 こうして教室で中華鍋を振るう時刻になっても。


 秋乃がボケ続けるせいで。

 まともな答えが見つからない。



 ……ゆっくりな変化がいい。


 でも、俺が彼氏になると宣言した時。

 恐らく頑張って。

 それは受け入れてくれた。


 けれども。


 自分が俺の彼女となるには。

 まだ時期尚早。


 気持ちは分かる。

 それが秋乃らしいということは伝わって来る。


 でもな?


「何度も聞くが……。秋乃にとって、俺は、何?」

「かんぺき彼氏」

「では。俺たちの関係は、何?」

「お、お姫様と下僕?」


 俺たちの関係を表す言葉が。

 この世のどこにもないということに。

 気付いて欲しい俺ではある。



 ――そんな俺たちの周りを囲んで弁当を広げて。


 さっきから。

 いや、朝からずっと。


 秋乃の提示する二人の関係を聞くたびに。

 笑い転げるいつものメンバー。


 いつもの巨大握り飯に齧りつくパラガス。

 いつものケチャッピーな弁当で口の周りを赤くさせるきけ子。

 いつものアスリート飯をかっこむ甲斐に。

 いつものファンからの差し入れおかずをみんなに配る王子くんと。

 いつものコンビニ弁当を台本書きながらつつく姫くん。


 進展があったことを祝福してくれている。

 そんな善意は言わずとも伝わって来るんだが。


 進展がないことをからかっている。

 そんな悪意が駄々洩れなんだよてめえら。


「しっかし、さすが秋乃ちゃんなのよん!」

「同意。ボキャブラリーが尽きない上に全部笑える」

「あっは! ねえ秋乃ちゃん! 秋乃ちゃんにとって、保坂ちゃんは、何?」

「かっこいい彼氏」

「じゃあ~。二人の関係は~?」

「お、女騎士とゴブリン?」

「「「「「ぎゃははははははははははははははは!!!」」」」」

「…………泣くぞさすがに」


 中華鍋でぴちぴちと音を立てる鶏に。

 おたまで油をかけながら。


 いつものように、白米弁当を前にしてじっと待つ秋乃をにらみつけて。

 いつものように、溜息をつく俺。



 今まで通り。

 何も変わらないお昼の景色。


 でも、ほんのちょっと。

 毛先の色だけ。


 変化があったことを。

 俺たちは知っている。


「しかし、明るみになった瞬間保坂が笑い者になる。そんな関係になっていたとは」

「どうしてもっと早く言って俺たちを笑わせてくれなかったんだよ?」

「だまれてめえら。温厚な俺だって怒る時は怒るぞ」

「よかったじゃない保坂ちゃん! 毎日ムフムフでしょ?」

「ムカムカだって言ってるんだよ! 聞けよ人の話!」

「秋乃ちゃんも彼氏の影響で趣味が出来たみたいだし!」

「スルーするなよ! ほんと聞きゃしねえなお前は!」


 きけ子に噛みつく俺に。

 いつものことじゃないかと苦笑いを向けるみんなの中。


 バラガスだけが、間延びした声をあげながら手をポンと叩く。 


「なんだか慣れないな~。付き合ってないけど、舞浜ちゃんの彼氏、立哉なんだよな~?」

「うん」

「全然変わらないから忘れる~」

「あっは! 慣れてなくたって、今の姿見たら嫌でも分かるじゃない!」

「そうよん! 彼氏が食べたいって言ったもの、料理番組見て必死にメモして。可愛いのよん!」

「……そうか。お前らにはこの図が健気な女子の図に見えるんだな?」


 俺だってそうは思う。

 彼氏に、明日食べたいものを聞いて。


 その料理動画を見ている女子は。

 確かに可愛い。


 でも。

 動画を見たいから。

 料理を作れと命令した相手が。


「料理番組のシェフが彼氏でどうすんねん」

「ね、ネギは一瞬だけ揚げてさっと取り出す……」

「試しに聞くが……。秋乃にとって、俺は、何?」

「都合のいい彼氏?」

「じゃあ作るよちきしょうめ!!!」


 とは言っても。

 後は切って盛り付けて終わりなんだけどな、油淋鶏。


 油の処理が面倒だけど。

 簡単なんだから覚えておけよ?


「お、美味しそう……」

「熱いから気を付けろよ?」

「そ、それも言おう……。メモメモ」

「下らんことまでメモしないでいい。早く食えよ」

「それも言いたいから、あたしが作った時は立哉君もメモしてね?」

「いいから早く食え!」


 彼女ではないから。

 口を尖らせてみたが。


 おいしいねと尻尾を振られては。

 彼氏としては、許してやるしかない。


 見方ひとつで。

 結果が真逆。


 ほんとに面倒で。

 ややこしい関係だ事。


「じゃあ、明日はこれ作ってみる……」

「いや待て。二日続けて油淋鶏食わせる気かよ」

「え? だって、立哉君が食べたいって……」

「すげえ嬉しいけどすげえバカやろう。今食ってるのは何」

「……じゃあ、明日は、なに食べたい?」

「そうだな、久しぶりにボロネーゼとか食いたいかな」

「うん、わかった……。そしたら明日のお昼、作り方教えて?」

「うはははははははははははは!!! 永遠に引き落とせないぞ、この定期積立!」


 なんという負のスパイラル!

 これじゃ今までと変わらねえじゃねえか!


 いや違う!

 秋乃が一品料理を作る前の関係に戻ってる!!!



 毛先の変化。

 俺たちの関係性。

 ちょっと変わったと思っていたけど。


 これ、ひょっとして。


 三歩進んで。

 四歩戻ってるんじゃねえか?



 ゆっくりの変化。

 それは大海の中で。

 寄せては返す波の上の小船。


 進んでいるのか下がっているのか。

 乗ってる俺たちにはさっぱりわからん。


「何度も聞くが……。秋乃にとって、俺は、何?」

「すてきでむてきな彼氏」

「では。俺たちの関係は、何?」

「ぐーたら主婦と料理宅配屋さん?」

「うはははははははははははは!!! もう作らねえって宣言しやがった!」



 そうだな。

 波は必ず。


 いつかは岸にたどり着く。


 それまでの間。

 いくら進もうが下がろうが。


 二人の距離が。

 近付こうが離れようが。


 その時々。

 その瞬間を楽しもう。



 俺は、未だ友達の秋乃に。

 彼氏として、気長に接してやろうと心に誓いながら。


 パリパリに揚がった鶏を。

 口の中に放り込んだのだった。




「あっつ!!!」

「あ! えっと、あ、熱いから気を付けろよ?」

「……そこはどうでもいいから。今度は料理の方を真似してくれよ?」

「そ、そっちは自信ないから、まずはセリフから……」


 ……セリフからって。

 じゃあ、料理にたどり着くのはいつになるんだよ。


 秋乃のゆっくりのんびりに。

 付き合っていていいものかどうか。


 俺は改めて。

 考え直すことにした。




  秋乃は立哉を笑わせたい 第20笑


 =恋人との距離感を知ろう=



 おしまい♪

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秋乃は立哉を笑わせたい 第20笑 如月 仁成 @hitomi_aki

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