宙空・アーミテージ編

宙空・アーミテージ編.1「その少女、未だ」

宙空ソラ・アーミテージ。17歳高校2年。大阪の私立晴明寺学園に在学。フランス系のアメリカ人の父と日本人の母のハーフ。栗色がかった金髪で橙色の瞳。


もし彼女のいる高校の生徒で、同級生の人にちょっと聞けば、彼女が人気者であることもすぐわかる。個性があるという点を持て余すことなく使っている彼女の力なのだろう。

品行方正、成績優秀、文武両道、博学篤志、語学堪能……彼女を形容する言葉は数知れない。学園内に男女問わずファンも多い。隠れて好いている者だって多いだろう。


そんな彼女は今、学園からの帰路の途中にある。通学路の途中で通る商店街の人々に時折快活に会釈をする姿からもわかるように人気は学校の外でもある。そのまま彼女は商店街の横道に逸れて、その路地を少しいったところにある喫茶店に入っていく。

「あら、おかえり。」

「うん、ただいま。」

「少し手伝ってくれる?今少し複数人の予約が入ったところだから。」

「わかった、着替えてくるね。」

アクの強いと言えばいいのか、濃いメイクをした女性(?)に声をかけられて彼女はそのまま二階へと上がっていく。

自室で荷物を置き、そのまま髪を結んで着替えると下へと降りてくる。

「いらっしゃいませ〜!!」

そう、ここが現在彼女の居候先である。ちなみに店主が彼女の叔父(?)にあたり、それもあってバイトがわりに放課後は手伝いをしている。


これが彼女のプロフィールである。

総括すると、ものすごい真面目で麗しいことを除けば、至って普通な高校生である。



「ありがとうございました〜。」

見えるお客が店から出ていくのをお辞儀しながら見送った。

「ほら、ソラ、片付けて準備しちゃいなさい。」

「はーい。」

食器を片付けて、テーブルを拭く。日に日にその工程の効率の良さは洗練されていくのを感じる。

「さて、あたしも食器洗ったら、夜の準備に入るからそっちのホールの方のこともよろしくね。」

「準備中」の札を下ろしてきた叔父がそう言って、またカウンターの方に戻った。

「わかってる〜。」

一部のテーブルをずらし、ある程度のスペースを確保し、脇に置いてあったピアノの蓋を開けて、軽く布で鍵盤をさらう。次に別室からマイクスタンドとマイクを持ってきて、スピーカーとアンプなどと合わせて機材の設営。テーブルのメニューも夜用に入れ替えて、迎える準備を整える。


「あ、あー。」

マイクの音量を調整し、そのまま設置。それと同時にドアがカランとベルを鳴らして開いた。

「あ、こんばんは、よろしくお願いします!」

「おう、ソラちゃん!」

いつものあいさつも忘れずに行い、演奏を行ってくださるバンドの方達や次いでやってくるお客さんたちを誘導しながら、そのまま夜の仕事に移行していく。


店内が少しずつ人が集い、お客さん同士の話し声も、バンドメンバーさんたちの軽く音を鳴らす仕草を見られるようになってきたら、それが私の変身への合図だった。

「ほら、あとはアタシがやるから、ソラは別の準備。」

「うん。」

そのまま、店内ホールから捌けるように移動すると、自室にて再び私は着替えた。鏡の前にいる私を少し見て、そのまま私ははにかむ。

店内ホールへと一歩一歩踏み締めて移動して、ドアを開ける。

真紅とも言える赤と黒を織り交ぜた、やや丈の短いドレス調の衣装に身を包んだ私をお客さんは拍手と歓声をもって迎えた。

「みなさん、今日もたっくさん、楽しんでいってくださいね?」


そのままバンドメンバーの人たちのイントロとともに私は歌を紡いでいった。伸びやかに響く自分の歌声に私自身すら高揚感を覚え、自然と笑顔が溢れて、それがまた一段と私の歌声を高く楽しげに響かせていく。相互に高めあうかのように私の周りで渦巻く歌と心、そんな音楽のもたらす力を1番近くで私自身が体感していた。



「ありがとうございましたー!!」

お辞儀を一つして、そのまま最後のお客さんを見送った。

「ソラちゃん、お疲れ!!」

「定治さん、お疲れ様です!」

バックバンドのメンバーの一人、ベースの定治さんが労いの声をかけてくれた。今は他の人と合わせて片付けと軽い打ち上げのようなものをしている。いつもの恒例だった。

「いやー、日に日にうまくなっていくね。」

「いえ、そんな…。」

「謙遜することない、これくらい上手いんだったらあれだ、知り合いの事務所とかに紹介してやりたいくらいだな、なぁ?」

その呼びかけには一緒に片付けをしていた他の人にも届く。

「おう、それがあれにでも出れるんじゃねぇか?」

「あれ?」

「あんだっけ、やたらなげーカタカナのやつ、ガールズなんたらって。」

「『ガールズ・ネクスト・モンスター』のことですか!?」

『ガールズ・ネクスト・モンスター』。女子高生あるいはそれに準ずる年齢の女子限定での音楽表現のコンテスト。大きな企業、特に動画サイトの運営を行うとある企業の協賛などでのPRもあり、全国的な注目を集めている大会だった。

「おうそれだそれ。ソラちゃんならいけるだろ、いいとこまで。」

「うーん、そうでしょうか…。」

「ほーらあなたたち!」

深く考え込むように言ったそれが、どうにも落ち込んでいるように聞こえたのか、カウンターから巽さんの声がした。お盆にはコーヒーが人数分置かれている。

「あんま寄ってたかって煽るものじゃないわよ。これ飲んだら全員帰りな。明日も早いんでしょ。」

思い思いにそれに応じる声が聞こえる。私の方にもコーヒーのカップが置かれた。かちゃりと陶器の擦れる音がする。



「おつかれっした〜。」

「寄り道すんじゃないわよ〜。」

ペコリと私もお辞儀をして見送ると、そのまま軽い後片付けが始まる。

「なに、眠い?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど…。」

キビキビ動いていないのがバレている。

「そうかい、じゃあなんか悩みかい?」

「………」

スーッとモップを床に滑らせつつ、なんて言おうか考えを巡らせた。

「あのさ…『ガルネク』出たいって言ったら怒る?」

ちょっと勇気を出すくらいには重たいつもりだったのに、巽さんは笑い始めた。

「ちょっと、なんで笑うの。」

「いや…ごめんなさいね。」

ふふっ、と言ってから巽さんは続ける。

「やってみればいいじゃない。怒るなんてもってのほかよ。」

「そ、そう?」

髪を撫でつつ、そう応じる。

「何、さっき言われたことに絆された?」

「絆されたなんて悪い言い方しないでよ。」

モップに絡み付いたゴミをそのままチリ箱へと落とすように放り込んだ。

「歌うの好きだから……もっとそこから発展して、いろんなことやってみたいなって。」

そう思っただけ、本当にそれだけなのだ。軽薄かもしれないけど。

「なら、全力で向き合いましょうか?」

「うん。」

私が頷くと同時に、巽さんはそのまま深く考え込む。

「歌は指南役の私も含め、ここでなんとかなるんだけど…問題はダンスね。」

巽さんは若い頃に(今でも十分に若々しいし、年齢的にも若いはず)色々音楽関係でブイブイ言わせてた(本人談)らしく、私にも定期的にアドバイスをくれる。

「踊りかぁ……。別になくてもいいかなって思っちゃうんだけど。」

ちなみに運動はできる。けど、ダンスはやったことがない。

「……知り合いに、掛け合ってみましょうかね。」

私の意見には目も暮れずに、片付けを終えた体を伸ばしながらそんなことを呟く。


私は今はまだ未完成で、音楽の力に少し手を伸ばしただけのただの少女。

しかしここから私の衝動的で衝撃的とも言える約半年間の記録が始まったのだ。


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THE GIRL'S NEXT MONSTER 齋藤深遥 @HART_N

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