MinoritieS→X編

MinoritieS→X編.1「NEW NEST」

<4月・鹿児島県・y市 寺ヶ丘静央高校>


「退部…か。」

「すみません。」

申し訳ない気持ちを頭を下げる行為だけで表す以外なかった。

「一応理由を聞きたいんだが、いいか?」

「えっと、その……向き合いきれなくて。」

曖昧な絞り出し方。思いを形にできないことはわかりきっていたが、改めて口にすると苦しい。

「そうか…まぁ、無理をさせる気はないが、いいのか?」

「いえ、いいんです。」

まぁ、これからの時期だとも言える2年の初頭で辞めるなんてもったいないなんて言われるかもしれないけど、それでも私は退部届を提出した。

「むぅ……そうか。いや、この時期だからこそか。」

気まずいことがあるときに、手を擦り合わせるのがやや癖になりつつある私を見つつ、顧問の先生は難しい表情をしていたが、納得はしてくれたようだ。

寺ヶ丘静央の吹奏楽部といえば県内でも随一の野球部応援として知られていた。最近になってちょくちょく話題に上がる吹奏楽部は運動部系文化部だという認識、その典型的な例だとも言える。炎天下の中で地方球場の一翼を埋め尽くすほどの部員たち、その裏にある絶え間のない努力、運動部ばりの筋トレやスタミナ強化のトレーニング、それ以外にも閉門時間ギリギリまである合奏や個人での練習の量。

私はその流れについていけなかった存在の一人だ。瞬く間に同級生たちに置いていかれてしまった。

初めは音楽をやることに興味があったって程度。やる気だとか根性だとか勝手についてくるものだと思っていたのは安易過ぎたのかもしれない。

「今までお疲れ様だったな。」

「はい………」

一礼をして顧問と別れ、夕暮れにもまだ少し遠い帰り道を歩く。もう私にはクタクタになるほどの練習の後に歩く帰り道、なんてものももう存在しないってことを思えば寂しいのやら、ホッとするのやら。

「そっか、音楽と向き合うことも終わっちゃったんだな。」

3年間努めたという勲章を胸を張って誇れる権利もなく、私に残るのは一握の未練と音楽との微妙な隔たり。

辞めるだけの理由はあった、と言えると思っていた。けれども手放したものは悪いものだけではなかった。それが私の感じていた音楽の力のことだった。

部活に未練はない。だけど音楽に未練はある。音を奏でる楽しさと、音楽の持つ力。それすらも私は手放すしかなかった、私の担当していた楽器も一因ではあるのだが。

「なんでまだやりたいんだろうなぁ……絶対に嫌いになってもおかしくないのに。」

あーあ、とかなんとか言いつつ自分の持つわがままさに呆れ、私はそのまま河川敷の芝生に座り込む。

そう何度もチャンスは訪れない。きつかったとはいえ、そう手放すべきではなかったのだと言えば、今のタイミングでやめたからこそ私は今の気持ちを抱けているのだ、幸運なのだとも言われる。

「わからないなぁ…‥私。」

ぺたりと座り込む。青臭さのある草の匂いが鼻をくすぐる。わずかに春風の吹く中にほっそりとした弦楽器の音が聴こえてきた。

「……??」

鈍っていた感覚を再び起こして私は音のした方へと振り向く。少し夕暮れに近づいた空を背景に彼女はいた。私の高校とは違う制服姿に、少しなびく栗毛の髪。その手にあったのは

「ヴァイオリン……?」

彼女はそれを腕に乗せていて、もう片方の弓で再びそっとその弦を弾く。柔らか音色がそっと耳へと入ってきた。

数刻それが響いたのち、やがて止まる。

今のは何かのウォーミングアップだろうか。

するとまた彼女は演奏を始めるのか同じようにヴァイオリンを腕に乗せた。

何かを変えるかのようにざわっと風が騒ぐ。耳に飛び込んできたのは先ほどとは一転して激しさをある旋律だった。

突き刺すように揺れる音、でもどことなくキャッチーな、少なくとも600年前とかの楽曲ではなさそうな揺れ方をしているような気がしていた。と、いうか何かの拍子で聞いたことがある気がする。

「あ、これ。」

意外にもそれは私にとって身近なものだった。そうか、これヴァイオリンだとこんな感じになるんだ。

思わず聞き入っていたが、激しさをまとった曲も少しずつ終わりを迎える。

「ふぅ……」

一息をついた彼女に私は拍手を送った。

ややビクッとなった彼女も軽く会釈して応じた。

「どうも…。」

「あの…それって『ダルダイスとの戦い』……『My First Stories 7』の」

「知ってるの?」

「はい、ゲーム好きなのでよく聴きました。名作なんですよ、ストーリーもそうですが、特に音楽も高い評価を受けてて……」

「うん、知ってる。」

しまった、それはそうか。好き好んでヴァイオリンでアレンジするほどの人なのだ。曲については知ってるはずだろう。

「音楽は好き?」

「っ……」

単純に好きと言えればよかったのだが、あんなことがあった手前、私は先ほどの饒舌とは程遠い沈黙を続けた。

「……?」

わずかに首を傾げた彼女はそのまま自分の鞄を背負い直し、ヴァイオリンをしまったケースを持った。

「よかったら、ついてきて。」

「え?」

「あなたに来てほしいところがあるんだけど。」

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