Gene meets…編

Gene meets…編.1「予想より不確かな挙動」

「ねぇ、『ガルネク』出ない?」

 いつもの3人の理科室会食にそんな議題が持ち込まれた。

「珍しく七から切り出したね?」

「いや別に、珍しくとかじゃないけど?普段からちょこちょこ話とか話題とか切り出してましたよ?どこぞの誰かさんが話題広げすぎて独壇場にしてただけで???」

「落ち着いてよ、七。」

「珍しくとか言ってたのはあなたですけど??????」

「ほ、本来の話題見失っちゃうから……」

 ぐいーんとも擬音が出てきそうな感じで見つめてくる少女が氷室七、それをされているのが大幡薊、それをやや弱気に宥めるのが森羽めぐ。様子を見るに辛うじて仲良しとは言えそうな3人組、いやそもそも誰もいない理科室で3人で昼食をとる時点で仲良しなのは明白である。訂正、仲良し3人組だ。

「えっと、なんだっけ…『ガルネク』だよね?」

「そう。」

「なにそれ……あ、略語?じゃあ判るように正式なやつで話して。」

「……『ガールズ・ネクスト・モンスター』。」

「うーん、さっぱりわかんない。」

「ちょっと待て薊!!?」

 もはやお決まりのパターンなのかもしれないほどのボケとツッコミ。

「待って待って、進まないから。昼休み終わっちゃうから……」

 進まないのはこのバカのせいでしょうが、と七が薊につかみかからんとしているのをめぐが止めるのに数分。

「うん、音楽表現のコンテスト。なるほどなるほど。」

 止めている間に薊はスマホで片手間に調べたらしく、全容を把握したらしい。

「いや、あんたほどなら気付けてると思ってだんだけど…」

「私も万能の天才ではないからねー。」

 薊はダヴィンチと並ぶのは恐れ多いと肩をすくめる。

「ふーん………………」

 やけにその態度に煮え切らない様子な七にめぐは続けた。

「そ、それで?」

「私……『この3人』でやるならワンチャンあるんじゃないかって言ってるんだけど?」

「え!?」

「へー。」

 立ちあがったままの状態で彼女は高らかに言う。

「それは参加したい、あわよくば上を目指したい、いや、目指せるということ?」

 昼食もそこそこに、薊が座っていた席から立ち上がり同じ位置の目線で七を見据えた。

「ま、まあそういうことね。」

 そう言ったのを聞いてから薊は切り出す。

「根拠は?」

「え?」

「根拠はどこにあるんだって聞いてるの。君はまさか何もなしに上に行けるとは思ってないんでしょ? ましてやここは理科室なのだから、論理的思考と発言を以って考えは制御されるべきでないの?」

 そう言うと七は何を今更とすっとぼけたような顔をする。

「そっちこそ、あんたは自分の『かつての肩書き』忘れてるんじゃないでしょうね?」

「ふぅん?」

 間に挟まれためぐは固唾を呑んで二人の状況を見守る。

 互いに何も言わない時間が続き、3人の間にめぐの設定していたスマホのアラームが鳴り響く。

「あっ、5分前……」

 膠着の終わりに薊は安堵とも失望とも取れそうなため息をついた。

「仕方ない、この話は終わり。でも一つだけ言っておくと、先ほどの言葉は七にもお返しするよ?」

 ガラリと戸を開けると再び薊は七に振り返る。

「七は、今の自分の立場について何にも理解してないの?」

 そのまま薊は扉を出て、廊下を歩き去っていく。

「理解できてるわよ………そうじゃなかったら…そうじゃなかったら。」

「七?」

「ごめん、私たちも行こ。」

「う、うん。」

 薊との言い争いは割と日常茶飯事とはいえ、こうも後味悪くなることはそうそうない。お互いにこう、触れると痛い領域に踏み入りすぎたせいか。

「はぁ、あいつも容赦とか加減を覚えるべきでしょ。」

「はは……でも、なんで急にこんなこと言ったの?」

「そりゃ、やってみたいのよ。」

 廊下を横並びに歩きつつ、2人は話す。

「こんなチャンス、何度もないでしょ!?薊だって、私だって、音楽での表現とか少しは覚えあると思ってるし。………何より私たち3人で何かしてみたいっていうのは、ずっと前から思ってたの。」

 少しだけ浮き足立つように七はそんなことを言った。

「で、でもその…私はそういうの苦手だし…。」

「そうなの?」

 七はめぐに向き直る。

「私が歌っても…人を不幸にするだけだから。」

「え……?」

「ごめん、やっぱり私、先に行くね?」

 急に変なことを言われて虚を突かれたのか、そのまま七はめぐを見送る。

「私だけか……そう思ってたの。」

 急に脱力し、そのまま壁にもたれかかった七は5時限目のチャイムを見送っていく。

 教室に現れたのはその6分後だったらしい。


 *


「うーん……。」

 軽くストレッチをしながら、今日のことを振り返っていた。


「根拠はどこにあるんだって聞いてるの。」

「七は、今の自分の立場について何にも理解してないの?」

「私が歌っても…人を不幸にするだけだから。」


「うーん……。」

 今ひとつ納得がいかない。これまでも友人の全てを理解できているわけじゃなかったが、今回ばかりはよりその程度が低い状況だ。

「私が馬鹿なだけか?」

 まあ、突飛なことを言ったのはわかる。いきなり友人2人を巻き込んで大きな何かしようなんて、正直引かれても文句は言えない。


 薊の「かつての肩書き」については少しだけ知っているってだけ。

 少し前に、その日の翌日は朝早くから他県の会場に行くってことで、最寄り駅に近い彼女の家に寝泊まりする機会があった。

 彼女の自室に大きいキーボードのようなものがあって、それがPCのある机と壁の隙間に縦に置かれているもんだから、ちょっと気になって聞いてみたのだ。

『昔…趣味で使っててね。今は…棺に入れてる、みたいな?』

 茶化すように言っていたのが気になって、似たようなものをECサイトで漁ってみたら、鍵盤付きのシンセサイザーだった。

 それがきっかけで色々聞いてみたら、DTMをやっていて、動画投稿サイト「Emi-aim.net」に曲をあげていた、というのがぽろりとこぼれた。

 それ以上は何も言わなかったから、特に触れていなかったけど、今回の件を提案するにあたってはそんなことが背景にあった。

「…触れて欲しくなかった。」

 いわば地雷なのかもしれない。何か急速に遠のくような感覚を覚える。


 そして、めぐについては何も知らない。私たち2人が話したがりだったり、盛り上げ好きだったりするから、あんまり彼女は自分のことは話さない傾向にある。

「いやでも……意味深すぎない、あれは。」

 嫌にもあの一言が引っかかる。何も知らない私からすれば、気になってしょうがない。人から見る腫れ物はいやが応にも目を惹くものだ。一番気にしてるのは本人なんだろうけど。


「これ以上は…考えても、か。」

 一連のストレッチの流れを終えた私はそのまま立ち上がって、会場へと向かった。結論が出ない以上、私が頭を動かしてもどうにもならないし、ここからの自主練でぼーっとしていて怪我はできない。

 靴紐を結び直すと、私はそのままゲートを開けてリンクへと飛び出した。


 いつもより滑る速度が速い気がしていた。

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