紅天魔軍編.3「ハリガネと解読者-1」
捨てたと思ったことが予想以上に引っかかる、なんてことは多い。
「……」
あの時、憐れみでもいいから彼女のお辞儀に応えてあげるべきだったんだろうか、とふと考える。
「いや、一番ダメなのは中途半端なことでしょ…。」
いっときの感情に、持続性なんて期待しない方がいい。そのまま惰性の私なんて一番カッコよくない。どうせ彼女も根性なしの気だるいような私なんか見たくもないだろう。
「まあ、だとしたら一番今の私がカッコ悪いってことになるんだけど。」
自虐しつつも、あの時を反芻している。
道安さんとの相対で久々にダンスをした。悪くない感覚だったけど、如何せん身体にキレがないよなぁという感触だった。ブランクというものの恐ろしさを感じる。なんとなく面白いものではあった、最後の即興の舞というものも含めて。
「……」
押し黙って手を握り、また開く。まあ楽しくはあったし、刺激的でしばらく体にも心にも残る感触、そんなものが一夜明けても手応えを感じる。
チラリと教室の横の方を見れば、その道安さんがどこか不機嫌そうに教室を眺めていた。そういえばあそこの席だったかと再確認する。
そういえば…と視線をずらす。
「なんか席…増えたような。」
右隣の後方、私を中心に南東の方角に空席が一個。意味ありげに追加されている。正確にはクラス替えの時からあったものだが、何にも触れられないままに、流れが進むもんだから気にも留めてなかった。埃積まれていたのように見えるその表面は拭われた跡も見える。
そのままチャイムを聞き流す。
「あい、みんなおはよ〜。」
その数刻後に担任教師が入ってきた。いつもの朝の挨拶を交わす。
「さて、ホームルームだが…今日はこのクラスに関わる重要なことがあります、入って。」
ガラリと扉が開くと、そのままスタスタと佇まいの美しい少女が入ってくる。
「………………」
クラスの中も彼女の登場と同時にひとときの静寂が入り込んだ。
「じゃ、自己紹介。」
「
ふわりと彼女のお辞儀が舞うように行われて、誰もがその所作を目で追っていた。長く伸びた髪は枝毛もなくまっすぐで、銀色とも白めの灰色ととれる美しい髪色。すらりとした体型に制服が映えて、お辞儀からわかる振る舞い、佇まいがその美しさを増幅させるように彼女を引き立てている。
「今までは自分の体調の面もあり、保健室登校だったのですが、今年度より本格的に皆さんと同じ教室で学校生活が送れることになりました。」
「ん、そういうわけだからー、みんなも仲良く同じクラスの仲間として接してやってくれ。それじゃあ、空いてる向こうの席に。」
「あ、そういうこと!?」というテンプレにも程のある驚き方を隠したまま、眼前を通り過ぎて後ろの席に座った彼女を目で追った。
「よろしくお願いします。」
「よ、よろしく…。」
そのまま私に挨拶をしてきたこともあり、それにぎこちなく返した。
星鐘澪という一つの旋風は他のクラスにも大きく轟いていた。
そもそも娯楽に飢えたこの村近辺の若者だ。代わり映えしないものよりは目新しい色の変化に食いつくのは当然であると言える。多くの同級生にかわるがわる質問攻めに遭う彼女に以前の私を重ねては若干の同情を覚えるものの、深く関わる気もなれずにそのままやや異質になった空気を感じつつも、日常はほぼ平常運行で過ぎていく。
放課後まで一気に時間は過ぎていった。授業をこなした私はそのまま、教室を出る。
今日も別に何かあるわけではない。まあ、久々屋さんのことが気にならないわけでもないけど、あんなことを言った手前、のこのこと顔を出すのもなんかカッコ悪い。
*
「あ…。」
だからまあ、またこの小屋の前に来てしまったことは眼前にいるこの美少女のクラスメイトのせいにしておく。
「えーっと、雁ヶ谷さん。」
「へぇ、あんま今日は話さなかったけど、名前は覚えてるんだ。星鐘さん。」
軽く会釈をしたのち、そのままゆっくりと会話は続く。
「一応、クラスの人たちは。」
「そう、ところでここに何か用事?」
彼女の向こうには件の小屋がある。あんまりにもそれを見る立ち姿すら様になるものだったから、という安直な理由で彼女の方に向かってしまった。
「別に何かあるわけではないのだけれど、ほら、案内とか一通りしてくれたんだけど、ここだけ何も説明がなかったから…気になって。」
「ああ、まあそっか。」
そもそも学校内で小屋の正体を知る生徒なんて私以外にあの久々屋さんくらいしかいないだろう。そういう意味でも忘れられ、過ぎた物となっているこの場所は、多くの人間には思い出の片隅にも残っていない。
「何か知ってる?」
昨日のことがあったために回答を濁したせいか、彼女が首を傾げながら私に問うてくる。
「あれ…?」
「あっ。」
ふと振り向けば今日も彼女がこの小屋の前にやってきていた。久々屋さんの注目は私を見つつもその奥にいた星鐘さんの方に向けられた。
「お〜、こげなべっぴんさんが来うてくれるなんて、嬉しかね〜。ここに何か用があると?」
いつもの方言口調で彼女に話しかけている。戸惑うかに思えたがそのまま自然に返答した。
「ええ、学校内でも一際目立つものだから何の建物なのか気になって。知ってる?」
「興味あると?」
「知ってるのなら、ぜひ。」
「喜んで教えちゃるけんね!!」
そのまま瞳が光で輝いたように揺れ、嬉々とした調子でそのまま小屋の鍵を開けに行った。あの調子なら元気そうだしいいかと思い、そのまま帰路に就こうと背を向けようとする。
「…てっきり来るものかと思ってたのですけれど。」
そんな星鐘さんの声が聞こえた。私はなんて言い訳しようかとぎこちなく振り返った。
「え、いや…私はその、邪魔しちゃ悪いし。」
「雁ヶ谷さん……あんね…!!!」
そのまま久々屋さんの声が聞こえた。
あのね、だろうか。
「えと、その……。」
「よかったら貴方も来ない?」
「いやそこは最後まで言わせてあげなさいよ。」
突飛な美少女の行動に面食らいながらも、久々屋さんはそのままこくこくとうなずく。いいのかそれでと思いつつも、私はそのまま首の右の方を右手で押さえるような仕草をしつつ、少し考える。
「少しだけだかんね。」
ぱっと彼女の顔が輝いたのが見えた。
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