紅天魔軍編.2「神思う ゆえに-2」
久しぶりにこの舞台に人が上がっている。一人は苦手な人、もう一人はまだよくわからないけど、多分ちょっと優しい人。
苦手な方…道安さんのダンスの腕はどこかで聞いていたけれど、なかなかのもので。激しい鼓動のような音楽に合わせ、ステップと時折目まぐるしく体を回して躍動感のある動きでまさに翻弄するかの如く、私たちの前で踊っている。
詳しくは分からないけどすごいのではないかと思えてくる。
「じゃあ…」
もう片方のサイドにはそれをじっと見据える彼女がいた。雁ヶ谷さんのことはよく知らないし、分からない。優しい人な気はしているけど。
ダンっとポーズが決められたのち、雁ヶ谷さんを煽るように道安さんは挑発する。そのまま彼女は一歩前に出た。
相も変わらず鼓動のように低音が鳴り響いている。そのまま彼女は道安さんの動きをやや模倣しながら、そのまま踊り始める。動きの中で彼女なりにアレンジを入れているのか、やや違った動き、足先の曲げ方(?)だとかしなやかさのようなものを使っての表現だった。
一連の音源のループの終わり付近、彼女は私に向かってまっすぐに2本指を立てる。ピースの形、それがいわゆる合図だった。
私はスマートフォンを操作する。一つの音源を選択すると、再生ボタンをそのまま押した。
「……!?」
道安さんが目を見張った。それもそうだった。流れた曲は空気とそれを包み込む世界を一変させる。高く打ち付けられるような笛と太鼓の音があたりに響く。
そう、これはテーゲーの音源だ。私が古いカセットからいくつもの転写を経てアーカイブ化した、数少ない一つの資料。
「……!!」
理解したともいうべきか、彼女の目の色が変わった。
すらりと広がる手足の動きが打楽器の音に合わせて変貌する。木の舞台が支える上で彼女が舞う。
ゆっくりと始まりながら、しかしそのゆったりとした動きに彼女が持っていた鋭さが次第に埋め込まれていく。私が見たことある、ストリート(?)のダンスのステップが入り込んでいく。次第に噛み合っていくと同時に、感じたことのない高揚が私に込み上げる。
ほぼ即興のはずなのに。
テーゲーは何であるかもわからない、私すらも全貌はわからないはずなのに、踊りと音楽の中で作られる世界が再び壇上に現れたような錯覚。
ぐらりと体全体がよろめくように動いたのちに、見得を切るが如く、顔が異質に前を向き、道安さんを見ていた。それがなんとなく私の解釈していた神様に近いような気がして、またドクンと胸が高鳴るような感覚。
もしかして、もしかして。
そこで一つの音源のループが終わりを迎える。だが、応じる様子はない。私は一回それを止めた。
「………こんなの騙し討ちですわ。」
「条件は同じだよ、あなたの持ってる音源自体を私が知らないのと同じ。」
それ以降、道安さんが紡ぐ言葉はない。
「私は私なりに少しだけ聞いたあの音源を解釈して表現をした。あんたが敬意すら払おうと思っていなかったあの曲を。」
ただ立ち尽くすのみの道安さんに雁ヶ谷さんが語りかける。
「少なくともあなたがダンスの腕において、並の人間じゃないことはわかる。」
彼女は続ける。
「……ブレイクダンスやヒップホップの複数領域での基礎のステップと技の理解、ウィンドミルからのポーズの決め、その他の大技、曲に合わせる表現の力。どれもこれも一朝一夕で手にできるものじゃない。」
やや戦闘態勢を崩し、そう話す。
「でも、だからこそあなたに勝たなきゃいけなかった。あなたに足りないものを結果として証明するために。」
「……」
「時代に合わないものをダサいと決めつけて、自分に合わないものを切り捨てることが『かっこいい』って思ってるんだったら、それは違うと思うよ?」
多分、あの人はただストリートダンスで道安さんに勝つだけではこの戦いでの正当性を証明できないと思って、あえてこの音源を採用した。
そして、それで勝つだけの自信とスキルもあった。
「1つ、教えてください。そのダンススキル、一体どこで…?」
「……『ルインズ』」
「え…?」
「……『Trinity Ruins』って知ってる?」
「え、そんな…え?」
(「Trinity Ruins」?)
と、ワードが聞こえて、あのまま手にしていたスマホで調べる。検索結果の上にあった、その記事を見る。
(全国大会……優勝!?)
福岡市に拠点を置く、13歳から24歳までのメンバーの所属するダンスチームで、メンバーの中には過去に高校の全国大会に出場、優勝した人もいたらしい。
しかし、一部メンバーの集会などでの未成年飲酒や飲酒運転が発覚したことで、中学生チームの部門での全国大会の出場取り消しなどからなし崩し的に解散まで追い込まれた。
それが一昨年のことらしい………もしかしなくてもそういうことなんだろう。
壇上の二人を見た。
「なるほど…ええ、そうですか。」
そう言うと、道安さんはそのまま舞台から降りる。
「勝負は勝負です。潔く負けを認めて、今日は帰ります。」
「別にこれ以上、誰かを追い出すような真似をしなくたっていいと思うけどな。」
雁ヶ谷さんの言ったことについては何も言わず、私の横を通り過ぎて出て行ってしまった。
「さて、お邪魔したね。」
「い、いえ…そんな。」
やや縮こまりながらお辞儀をした。
「しばらくは大人しくなるよ、あの人も。んじゃ、頑張って。」
「あ、いやその…ま、待つばい!」
彼女がそのまま出ていくのを引き止めようとする。
「ん、えーっと…?」
「あの…私に、協力してくれんやろか!?」
また彼女に深々とお辞儀をした。
直感ではあったが、彼女の力があるなら今足りない何かが埋まるんじゃないか、発展するんじゃないかという仮説があった。
あのパフォーマンスに私はそれだけの光を見た。
「悪いけど…私は適任じゃないと思う。」
でも、彼女の答えは芳しくはなかった。
「で、でも……その、あれを…!」
「うん、わかる。あのダンスみたいに、昔の資料と今のダンスを織り交ぜれば何かができるんじゃないかってことでしょ?」
「そう、だから…!!」
「だったら尚更。私、ダンスに対してはそこそこだけど、神様とかはちょっと…わからないし、多分迷惑になるだけだからさ…………今はダンスについてもだけど。」
「え……?」
最後の方に彼女が何か呟いたのは聞こえていなかった。
「なんでもない……だから、もっといい人いるよ。じゃあ、これで。」
「あの!!」
軽く手を振っていた彼女をこれで最後、と思いながら少しの間だけ、呼び止める。
「私、久々屋鞠って言うね、よかったらまた、ここに来てくれんと、嬉しいったい!」
また少しだけ会釈をした。
「………かりがや、雁ヶ谷綾芽。」
そうとだけ言い残して、彼女は出て行った。
「……!!」
何かを期待して、錯覚であったとしても、確かに見えた景色があった。
1人、私は胸が高鳴るような思いでまた誰もいない舞台を見渡す。
この日だけを見れば、結局何も変わらなかったのかもしれない。舞台も少しだけ埃っぽいままだった。でも、この出来事を境に確かに眼前に見える世界の彩度は、変わっていた。
それを、私はずっと噛み締めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます