GRAVITY編.2「引かれるままに、思うままに。」-1
「えっ、軽音部ないんですか!?」
なんてことだ、と私は驚愕する。
「そうなんだよね〜。」
眼前の教師が言うには、以前はあったらしいのだが、なんやかんやあって部員も集まらずに自然消滅という形で消えていったらしい。
「えぇ…そんなぁ。」
「新しく作るにしても、他の部員や顧問がいないとねぇ…。」
「部員連れてきたら、先生顧問になってくれますか!?」
「いや私は…ほら…」
別の部活の顧問だし…とはぐらかされ、結局創部の夢は一旦潰えてしまった。
「失礼しました〜…。」
やや項垂れて、私は職員室を出た。
「そっかぁ〜、軽音部ないのかぁ〜。」
流石に今日は持ってきていないが、この背中に自慢のギターを背負うことは当分ないのかと思うと、途端にため息が出た。
「えっ。」
ドア横の壁にもたれて、軽めの声でつぶやいた矢先に、向こうの方にいた誰かのそんな声を聞いた。
「ん?」
「あ、いや、えーっと…。」
チラリと見るとその声の主がいた。同じくらいの背丈で、茶色めのショートボブの女の子。やや逡巡したのちに私はふと思いつく。
これはチャンスなんじゃないの、とかそう思ってしまった私は私の左の方にいたその子に声をかけることにした。
「あのさ、」
「は、はい?!」
びくりという擬音すら飛び出しそうな挙動の彼女を見つつ、私は続けた。
「軽音部って、興味ある?」
「え……?」
互いに事態を理解するのにやや数刻。
「ええ!?いや、えっと…その。」
とにかく返答を出そうとするあまりに混乱した彼女を見て、私は何かの順番を間違えたことを痛感した。
*
「はい。」
「す、すみません…ありがとうございます。」
見知らぬ誰か(私なんだけど)に突如声をかけられて、ややパニックになった彼女を宥めたのちに「まずはお話だけでも」とセールスマンの如く、外の自販機前のベンチに腰掛けてさせていた。
パック飲料の片方を渡して、隣に腰掛ける。
「それで、本題なんだけど、さ。」
「は、はい!」
背筋が伸びた彼女に、私も少し向き直って言う。
「実は私、バンド作りたくて。」
そう言ってから私はさっきの言葉の続きを紡いだ。
「でもその軽音部がないって話を聞いて……」
「あの、私もその…やりたかったんです。」
軽音部、と彼女の続くその言葉を待って、私はそのまま告げた。
「じゃあ、やろうよ!」
勢いそのままに彼女の顔へずずいっと近づき、そう言った。
「え、いや…そんなに上手くないかもなので………」
「関係ない関係ない!私も人と演奏なんてしたことないから。」
自信を持って言うことじゃないけど、今までギターは一人で弾くものだったから、技術の比較も調和の取り方も今ひとつわかってないのはほぼ同じようなものだろう。
「そ、それなら…いいのかな…?」
「じゃあ、一回お試しってことで、よろしく!!」
そのまま握手へと移行しようと手を伸ばし、彼女もそれにぎこちなく応じた。
「私、初島璃雨。ギターできるよ。あなたは?」
「羽織
*
とりあえず一回やってみないことには始まらない、という私の猛プッシュと以前使ったことのあるスタジオが近くにある、と言ってくれた音々ちゃんの情報もあり、すんなりと今日の放課後の予定は決まっていった。
とりあえず二人の実力を見るということとなり、一旦解散ののちにスタジオの最寄りの駅にて集合になった。
改めてギターを背負ってきた私に、彼女は少しだけ目を丸くしていた。
もちろん、彼女の方にもキーボードが入っていると思しきケースが握られている。
「ねおんちゃんはさ〜、なんでキーボード始めたの?」
軽い気持ちで聞いたはずだったのだが、彼女の幾許か重い雰囲気を発していることに気づき、やや肝を冷やす。
「えっと……なんというか、友達にバンドに誘われた時に余ってたから、というか………。」
「余ってた?」
「誰もやりたくなかったらしくて……。」
「えっ、じゃあキーボードってその時初めて?」
「ピアノはほんとに小さい頃にやってたんですけど………それ以来だったので、初めて触った時はブランクなんてものじゃないくらい酷い出来でした。」
「そっかそっか〜。」
うんうん、と頷きつつ私は歩く。
「ダメですよね、やっぱり…。」
「誰もそんなこと言ってないじゃん。」
咎めたような言い方になったのを機に少し申し訳なさそうにしている。
私はそのまま続けた。
「でも、下手でもあなたは軽音部の扉を開こうとした。」
「え…?」
「そもそも部活はなかったけど、あなたにとってはきっと後ろ向きなものじゃなくて、そのキーボードはもっとポジティブに向き合えるものなんでしょ?」
少なくとも彼女の手元にあるそれが、嫌な思い出ではないことだけが確かなこと。
「……」
「私はそれを信じたいな。」
そのまま彼女の一歩前を歩く。
*
「ここです。」
「おー、ビル?」
「この地下なんです。」
駅前から少し離れたビルの地下のスペースにそのスタジオはあった。確かに地下なら遮音性などが問題に挙がる事などないだろう。
エレベーターで降ったのち、地下一階で降りると、その前にある扉を開けた。
「おっ。」
「……どうも。」
音々ちゃんが軽く会釈をして受付の男性に応じた。
「久しぶりだねぇ…今日は…一緒じゃないの?」
「あ、えっと…、みんな飽きちゃったみたいで…。」
「あー…なるほどねぇ…でも、そっちの。」
慣習的な感じで音々ちゃんの後ろにいた私をその男性が指さすと、私は少しだけ会釈をした。男性は少し頷くとそのまま続ける。
「なるほどね……じゃあ君がいるから、手続きは大丈夫だとして…時間はどれくらい?」
「2時…いや、3時間で。」
「はいよ……ところで2人だけ?」
「あ、はい。それでもいいでしょうか?」
バンドとしては心許ないというか、成立すら心配なレベルだが。
「んー、こっちとしては入ってくれるだけでいいんだけど、それだけだと君たちの練習にもならないだろうしなぁ…よし、ちょうどいいし…。」
「?」
受付の人は向こうを見たのちに少し声を張り上げた。
「おーい、
「はーい。」
「はい。」
パタパタと足跡が聞こえると、その方向から恐らく私たちとは同年代と思しき少女達がやってきた。金髪ロングで制服のワイシャツにスカートと、いかにも明るい雰囲気を纏っている子と、黒髪のショートでメガネの同じように制服の子…あれ、と目を凝らせば私たちと同じ学校ではないかと思う。
「手伝い?」
「ああ。どうせ掃除終わってるんだろ?」
「まあ…そうですけど。」
私たちをチラリと見て金髪の子の方がそう言う。
「ちょうどよく君たち、ギターにキーボードだろ?うちのバイトのドラマーとベースを貸すからよ。」
「あ、ありがとうございます…。」
それじゃ、手続き頼むよ、と音々ちゃんと受付の応対がなされる中で、私はその二人に挨拶する。
「えっと…初島璃雨、担当はギターと、あとボーカルもしてみたいかな。」
そう言って少し頭を下げる。急なことにやや驚きつつも、彼女達は応じた。
「へぇ。」
「うん、今日だけかもだけどよろしく。」
金髪の子の方がにこやかに私の方を見て、黒髪の方の子は目つきも変えずにそう言った。
「それで、そっちは?」
「浜水
「蜂須賀たどり、……たどりはひらがな。ベース担当。」
即席バンドのこの後の運命を変える3時間が始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます