スクランブルハーツ編

スクランブル・ハーツ編.1「脳内会議は踊る」

<4月上旬:東京・渋谷「ゴールドエールプロダクション」>


「わざわざオフの日にすまないな。」

「いえ…それで用件ってなんでしょう?」

いつもの事務所に私は対面の席でマネージャーと顔を合わせた。



『なになに〜?急に何の用なのかな〜?』

と陽気な私

『わざわざ休みに、それも直接会って話すことが必要なの……?』

とだるめな私

『それほど重要な用件、と言うことではないでしょうか?』

とビン底メガネの私

『だったらうち以外のメンバーだって必要やろ!何でうちだけやねん?』

とヤンキーっぽい私

『ま、まあまあ一旦話聞いてみようよ。』

と内気な私


「実はとある問題が発生してな。」

「………はぁ。」

非常に言いにくそう。何回目だろうな、この人のこんな顔。相変わらず胃の弱そうな顔をしてる。




『非常に言いにくそう…まさか恋愛沙汰だったり!?」

『まさか!アイドルにはスキャンダルはご法度とあれだけ言われたからこそ、恋愛はおろか、異性との接触すら最小限、ほぼ少女漫画の書籍のみで完結していたはずではないのですか!?』

『いちいち事実でも言わんでええねん、そないなこと!』

『そういえばまだ最新刊読めてない…寝ながら読みたい…』

『も、もうちょっと聞いて!!」



「先月、東北に事務所を構えるあるプロダクションが倒産したという話が出てな?」
「はい。……それが何か?」

「それにより解雇するアイドルが出てな、普通に活動から引退する者もいたのだが……一部、活動続行を希望するものがいてな。」



『いや、コレはあかんパターンやろ!』

脳内のヤンキーな私はガバリと立ち上がった。

『コレはウチらの事務所に移籍するってやつやろ!知ってんねんぞこっちは!』

なんというかこういう時の私は察しがいいというのか、おおよそ全ての私がそれに同意している。

『あわよくば、ウチらのグループにも合流します〜、とか勝手に言われるタイプの奴やんけ!』

今にも円卓を蹴飛ばす勢いの彼女を理性という名のルールで押さえつける。

「とりあえず話を聞け。」

思いっきり舌打ちされたような気がする。



「移籍ですか?」

「本当、察しがいいなお前は。」

「前置きが長すぎるんですよ。」

大体把握ができてしまうレベルでの行間読みだった。

「でも、それでなんで私だけなんですか?メンバーみんなに、あるいは事務所の全体告知で言えばいい話ですよね?」

理にかなっていると感じたのか、その言葉にため息をひとつついて続ける。

「実はな…『スクランブル』に『hearts』との合流の話が出ている。」

『ほらな!』と誰かが言った。


東北地方での地域に根ざした活躍を糧に最近東京への進出も果たした新進気鋭のアイドルグループ「hearts」とのいわゆる合併の話が出たらしい。彼女たちには人気があったにもかかわらず、母体の事務所が倒産した理由は果たして何なのかは不明だ。私が知る由もない。

移籍でもなお別々の活動をするもんだと思ってたから正直驚くしかないのだが、一体どこで横槍が入ったんだかと個人的には何となく重苦しい。


「それでなんだが……この合流の話、えらく上の方が気に入っててね、呑もうと思う。」

上司の方からならまあ、納得できると心の中で相槌を打った。

「それなら、一個条件があります。」

しかし、それはそれとして。私はいくつかの感情の手綱を手放した。

「私を次期リーダーから下ろしてもらえませんか?」

「たま、お前…」

テーブルの上にあったクッキーを噛み砕いてもなお湧き上がる苛立ちとやらは消えない。

「いや、お前がやめたらそれこそダメだろ…」

「新グループの主導権を向こうに取られないため、ですか?」

うっ、と詰まった顔。 

「派閥とか旧グループとかそういうこと考えてる以上、真の融和なんてないと思うんですよ。」

「お前もお前で結構言うよなぁ。」

苦笑いの顔を浮かべる。厳しい人ならここで怒るべきと考えるのなんだろうが、これは単に優しいのか同じ考えなのかはわからないが。

「でも、役割を放棄するのは頂けないな。なんかあったのか?」

でもまあ咎められるよねとは思う。そうそう私の要求がすんなりと通るほど世の中の事情は甘くはない。

「向いてないですよ、やっぱり。」

私たち「スクランブル」も彼女たちよりはマシとは言ってしまうが、前リーダーの突如の脱退での混乱状態がまだ尾を引いている。リーダーに比較的近しい位置にいたらしい私に白羽の矢が立ったのだが、なんというか彼女の気苦労やら背負っていた重荷を背負い直したことで、彼女の空白に死ぬほど後ろ髪を引かれていた。もはや抜け毛だ。

「リーダーなんて私ができることじゃないし、今ですらこんな感じなのに、それに新たな子がくるんですよ?」

それに、と付け加える。

「変更はないんですよね、『ガールズ・ネクスト・モンスター』への出場は。たとえ合併があったとしても」

突如プロアマ問わず参加可能な高校生女子限定の音楽表現のコンテスト、「ガールズ・ネクスト・モンスター」の開催が決定したのは約半月前だ。上位に食い込めば私たちの実力の証明と大規模な宣伝、さらには優勝組には賞金やさまざまクリエイターやレーベルなどからのバックアップも見込めるとなれば、大きなムーヴメントになるのは必至だろう。もちろんゴールドエールプロダクションの私たちを含めた何組かも参加を決めている。

「参加をするんだからこそだろう。それこそ更なる飛躍へのまたとないチャンスを手にした向こうの勢いは凄まじい。それを利用しない手はない。」

「………荒療治ですよ、それは。」

いい面の展望を言うだけなら簡単だよね、とぼやきの私がひょっこり顔を出した。

「むしろ俺はお前の……水引たまのこれまでを信用してるから、これが実現したと思ってる。」


ここで「私はテコ入れだと思ってますけどね」とか言えない。余計だぞその私は。

「少し…時間をいただいてもいいですか。」

もはや流れの根本というものを変える力は残っていない。次のための気持ちの整理に今は時間を使いたかった。


「失礼します。」

ドアをばたりと閉めたのち、事務所を出て、事務所のあるビルの廊下を歩き、しばらく逡巡の道を往く。

「こと…あなたやっぱすごいよ。」

メンバー全体を見て、引っ張っていくこと、ステージ全体を率先して盛り上げていくこと。時には行動を諫め、時には促し、規律とエンタメ性を両立していくこと。少なくとも前リーダーのあなたができていたことを私はまだのままこなしているような気がしている。そこにまだ知らないメンバーたちも加わる。想像の範疇では何もできなさそうでしんどいままだ。

気づけば外の出入り口に差し掛かる。屋根のない私に季節通りの春の陽気が忌々しく突き刺さり、いやにぬるいため息が出た。


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