第7話


⛧グラブレズゥ(学名:トゥレチェリイ・デーモン) ※Treachery:裏切り、内通、不忠、背信行為、反逆ほどの意


 同種のサキュバス(学名:ラスト・デーモン)が犠牲者の肉体的な情欲と欲求を食い物にすることを手管としているのに対し、グラブレズゥは別の種類の誘惑を行う。獰猛な獣のような外見をしているが、グラブレズゥは実際には術策と虚言の達人である。感じのよい幻で自らの真の姿を覆い隠す能力を用いながら、グラブレズゥは自身の狡猾さと欺罔に屈した者への報いとして、定命の者の願いを叶える神の如き魔法を行使する。


 だが、グラブレズゥによって叶えられた願いは、常にその者の要求を可能な限り歪め、破壊的かつ破滅的な方法で満たす──無論、そのような方法は直ちに明らかになるとは限らず、最悪の真実が露見するのは幸福の絶頂にある数年後といったパターンも数多く見受けられる。

 被害の実例を挙げるのであれば、悪戦苦闘している無名の刀鍛冶は名声と製作技術の才能を望んだ結果、このデーモンの甘美な蜜の如き甘言と誘惑に屈してしまった。そして、願いを叶えてもらった彼は、その後の仕事の軌道があれよあれよと順調に乗り上げ、自身の腕と才能を高く評価する最高級の顧客を手にする事で多大な富と成功を手にする。

 だが、その最高の顧客の正体が、残忍かつ嗜虐的な連続殺人犯であり、今まで創造した武器や作品の数々が、数多くの無辜の民を苦しめた上に、"顧客"の破壊的な欲望と愉悦を押し進めるために使用されていたことが、後年に判明する───伝承によれば、この職人はその後に失意の自殺を遂げたようだ。


 また別の事例を挙げるのであれば、伴侶を望んだ誰にも愛されぬ孤独な男は、誰もが羨むような絶世の美女を伴侶にするかもしれない──その正体が擬態した邪悪な妖婆ハグなどの人外であるという最悪の事実に目を背けながら。

 別の被害者は、予期せぬ事故や事件に巻き込まれて死んだ恋人との再会を望み、その恋人は嘗ての姿形で完璧に生き返ってくるかも知れない──ヴァンパイアやゾンビなどのアンデッドとして。この様にグラブレズゥは定命の者の願望や夢を上手く取り扱い、それを可能な限りに最悪な形に歪め、貶める事にかけては全くもって創造性と独創性に溢れている。


 一般的なグラブレズゥは身の丈18フィート(約5.5m)、体重6,000ポンド強(約2721㎏)。この不実なデーモンは、反逆者、誣告者、破壊的な活動家など、生前は偽りの証言をしたり、裏切りと詐欺で他人の人生を破滅させていた定命の者の魂から形成され、物質界に顕現した際は、生前の同種から成る大規模な詐欺組織や犯罪ギルドを束ねる真の首領として、またが自身が仕えるデーモン・ロードのカルトを結成し、その陰の指導者として暗躍する傾向にある。


 さて、この様に狡猾にして悪辣なるグラブレズゥ・デーモンであるが、このデーモンの中にも先ほど挙げた"固有種"に該当する最悪の個体が確かに実在し、そのような輩はデーモンの本拠地たる奈落界アビスの地はおろか、次元間や時空間の境界を越えて物質界にもその悪名を広く知られる様になる──"絹の如き牙"ヴェジラック、"天国を穢す舌"オルハルズ、"堅忍なる者"モクラヴド、"呪文狩り"ジブリゲスと何れも錚々たる面々であるのだが、その中において最も忌み嫌われ、最も憎まれているのが"鬼哭語りのジャオフェイ"であるという事実は、定命の者はおろかアビスのデーモンですら否定できない事実である。


 ユニークな他の固有種同様、他のグラブレズゥと一線を画する彼は、知性と残酷さが入り混じった光を放つ目、干からびた象のような頭部、死体のように蒼ざめ、所々が腐敗または白骨化した肉体を有しており、アンデッドの如きその外見通りか、"グール・墓地・死者の記憶と秘密を司る強大なるデーモン・ロードの一柱たる"アスティルテ"に忠誠を誓っている。


 "鬼哭語り"の異名の通り、ジャオフェイは一般的なグラブレズゥが有する魔法を行使するだけでなく、"死霊術"系統の呪文の扱いに何よりも長けており、上記のように愛する者を喪失した定命の者に対して的確な誘惑を行い、彼らの愛する者を望み通り"アンデッド"として蘇らせる形で報いる。そして、これら一連の出来事が如何なる結末を辿るにせよ、最終的に彼の手元には新鮮なアンデッドの"玩具"が最低でも2名は安定して確保される。


 また、ジャオフェイはこの様に蘇らせた死者の姿形を完璧に真似る変身能力を持ち、嘗て誰かが愛したであろう人物の姿で様々な村や国を放浪し、新たな犠牲者やアンデッドを着実に増やすことで、故人の尊厳を冒涜するだけでなく、有害な破壊の形を確実に広げていく。厄介な事に政府やギルドから指名手配されたその犯人が既に故人であるという事実は、その調査や捜査を大いに混乱させるだけでなく、何も知らない故人の血縁者や縁者が犯人として疑われてしまう───その結果、誤認逮捕や村八分などの凄惨な迫害、更に最悪の場合であれば、連座で一族が死刑になるような深刻な二次被害を齎し、この様な定命の者の愚行の数々とその悲劇的結末は、ジャオフェイにとって最高級の美酒のような芳醇な味わいを与え、その光景を見て彼は人間らの愚かさを大いに嘲笑う。

 

 言うまでも無く、ジャオフェイはフィーンド狩りの聖騎士や聖職者、善の神々を崇め奉る国や教会からは激しい敵意と憎悪を抱かれており、その首には多額の懸賞金や報酬の数々がかけられているが、今日に至るまでこの悪辣なフィーンドを討伐できた者は一人として存在していない──何故ならば、ジャオフェイは半神デミゴッド級の強壮なる怪物であり、彼の背後にはジャオフェイすら赤子同然と化すほどに強大な魔神が控えているから。




『ん~~~~~~ッ!?何だぁ~? 久方ぶりに顕現して見れば、虐殺大好きなオブシスダイモン様がいるじゃねぇか──────!?』そう言い放った瞬間、ジャオフェイが驚愕したかのような様子を浮かべ、しばし、オブシスダイモンを注意深く凝視する──そして


『ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!!!!!! オイオイオイオイ!!!!!コイツぁ傑作じゃないか!!!! ""ヘルやアビスじゃなくて、よりにもよってアバドンへ堕ちてたのかよォ!!! ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!!!!!!こ、これは面白すぎるぞ、何てオチなんだ"お前ェ!!!"』

───ジャオフェイはそう吐き捨てるや否や、腹を抱えながら盛大に嗤い始める。


『な、何だ・・・!!?貴様、デーモンの癖に私を・・・・私の事を知っているのか!!?』──眼前のオブシスダイモンに明らかな動揺と不安が広がる。


『知っているもクソも無ぇだろうがよお~ッ!!!" "、から俺達のようなフィーンドの間ではそこそこ有名だった"んだぜ? それが権力を手にして以降、お前は"超有名人"よぉ!!! "の穢れた魂が"地獄界ヘル"、"奈落界アビス"、"破滅界アバドン"の何処へ堕とされるのか皆、興味津々でさぁ、あん時ゃ中々愉しませてもらったぜぇ~!?』──ジャオフェイは只管愉しそうに語る。


『いや~、でもそうかぁ~ッ。まさか、まさか、アバドンへ堕ちてたとはなぁ。賭けは俺様の負けだなぁ───んッ!?おやおやおやおやおやぁ~!?これはこれは、ウーリのお友達御一行様じゃありませんかぁ~!!?────まだ、生きたやがったか。』──俺達の姿を見つけるとジャオフェイは、楽しそうな雰囲気と調子から一転し、明確な悪意でもって冷酷な言葉を吐き捨てる。



「・・・・・・その台詞、そっくりそのまま返してやるぜ・・・・。死体好きのクズ野郎が・・・・・!!テメェなんざ、""にでも殺処分されてりゃ良かったんだがな・・・!!!」──息絶え絶えになりながらも、ベルガはジャオフェイに対して毒を吐く。


「よせッ!!ベルガ!! 今はそんなやり取りをしている状況じゃない・・・・!!────冥約と貴様の"主"の御名において、僕が喚んだ・・・!! 仲間への手出しは一切認めない!!!」──静かな怒りを秘めながら、ウーリがジャオフェイを嗜める。



『・・・・へぇーへぇー、冗談ですよ、じ・ょ・う・だ・ん。そうカリカリすんなよ、ウーリィ!? 呪文の唱え過ぎと魔法書の読みすぎでお疲れかぁ!?──それなら"カルシウム"でもくれてやろうか? ・・・!!』──そう吐き捨て、邪悪な笑みを浮かべた瞬間──


『"大虐殺マッサカー"』──""に最高レベルの死霊術呪文を、オブシスダイモンのいる方向に向かって軽々と解き放った──

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