外伝:ジャオフェイの憂鬱

「アスティルテ様に呼ばれた」

          ──アスティルテ軍の言い回しで「処刑された」の意



不味い・・!不味い・・・!!不味い・・・・・!!!

・・・どうしてこうなった!?

俺がうっかり、ウーリの野郎を殺しかけたのが逆鱗に触れたか・・・!?

それとも、俺の”企み”がバレたか・・・!!?

いや、それとも俺が”オルクス”と内通していた事実が露見したか・・・・!!?


──駄目だ・・・!!心当たりが多すぎる・・・・!!

クソ・・・!クソッ・・・・!!クソッッ・・・・!!!


こんな事になるなら、オルクスとの抗争時に乗じて、あの化け物を裏切っておくべきだったッ・・・・!!


悪名高きグラブレズゥ・デーモンの固有種であり、魔王デーモン・ロードアスティルテに仕える従魔エグザルフたる”鬼哭語りのジャオフェイ”は、大いに恐れ、怯えていた──何故なら、彼の恐るべき主君たる”食屍姫アスティルテ”直々に呼び出しを受けてしまったから。



──しばし、時は遡る──



ウーリとの冥約に応え、無事”一仕事”を終えたジャオフェイは、奈落界アビスにあるアスティルテの領土”カルニガルス”へと帰還を果たした。


大して暴れられなかったとはいえ、”面白いモノ”も見れたし、新鮮なガワが2つも手に入った。

このまま領土内の都市で一息ついた後、また物質界に”遊びに行くのも悪くはない”。


──そう独りごちていると、



『ご苦労であった、ジャオフェイ。早速だが、我が前に姿を見せよ──。』

──そう声が響くや否や、瞬く間もなく彼は、殿──



『────!!?────』



玉座の間にたった一人で呼び出された彼は、気が付けば、半ばアンデッド化しているにもかかわらず、その肉体は異様なまでの脂汗をかいていた。


既に止まっている心臓は異常なまでの早鐘を打っているような錯覚を覚え、冒頭のように様々な考えが次々と湧いては消え、湧いては消えを繰り返し、その思考と心はアビスを支配する混沌のように定まらない。


──だが、ジャオフェイの動揺も無理はない──何故なら、アスティルテによる直々の呼び出しを受けた配下の9割は、この”謁見”以降、2姿


 故にカルニガルスの住人やアスティルテに仕える魔軍の兵士らの間では、「アスティルテ様に呼ばれた」という言い回しが密かに広まっており、それは「直々に処刑された」を意味している。



『面を上げよ。』



『──!?──』


命じられるがままに面を上げると、いつの間にか眼前にはアスティルテの側近を務める女性の食屍幻魔グルたる”冥口めいこうのマナヤ”が、天蓋に覆われた玉座の傍らに立っており、冷ややかな眼で俺を見つめていた。



⛧”冥口めいこう”のマナヤ

 アスティルテの外交部長にして、”食屍姫”の従者たる”屍語り”の長を務める、聖別された魔性フィーンディッシュ上級グレート食屍幻魔グルの女性。

 彼女は、"食屍姫"とそのつがいたる「主人」の忠実かつ恭しい臣下であり、その博識さと忠誠心を買われて現在の地位を得た。かの"食屍姫"には多くの伝令がおり、彼女はそれらに個人的な愛着を持ってはいないが、マナヤは長年に渡って彼女に仕えたため、多くの自主性と権威が与えられている。

 "食屍姫"の大いなる眼であり耳でもあるマナヤの言葉は、アスティルテの布告と命令を宣言するだけでなく、他者へ自らの主の機嫌を警告する役割を持ち、彼女が姿を現す時は"食屍姫"もその様子を見聞きしていることを意味する。

 普段、彼女は醜悪なアンデッドの姿では無く、神秘的な雰囲気を有するケレッシュ人(※ 現代の我々でいう所のアラブ人に近い)の女性の姿をしており、絶えずヒジャーブ(イスラム教の女性が纏う間スカーフ状の物)を身に着けている。



『ジャオフェイ。畏れ多くもアスティルテ様が直々にお言葉を下さる・・・。心してお聞きなさい。』

──そう言うや否や天蓋てんがいの帳に覆われた玉座の奥から、圧倒的な存在感と威圧を感じ始め、気が付けば俺は、無力な幼子のようにただただ震えていた。



『──クス、そう怯えなくていいわ。ジャオフェイ。』

意外にも玉座の奥から聞こえた声は、その圧に反するものであった。


『あの子、ウーリの調子はどうかしら? ””?』


『・・・い、いえ!!ま、まだ時間が掛かりそうでございまして・・・!!も、もう少しお時間をいただければ────』



『──少し、急ぎなさい。無論、望むのであれば、相応の”品”や配下を貸し与える──よいな?』

その声には””という明確な意思が込められており、失敗すればというのが本能的に感じられた。



『───は、ハハーッ!!!』



『期待しているわよ? ジャオフェイ──では下がれ。』

その言葉とともに、ジャオフェイは玉座の間から強制的に追放され、この場に残されたのはアスティルテとマナヤのみとなった。





『・・・本当によろしかったのですか? あの下衆を生かしておいて・・・?』


『あら、不満そうね? マナヤ?』


『・・・何故、わざわざ奴を採用なされたのです? ””の従魔エグザルフなど我が軍には星の数ほどおりますでしょうに・・・? それに忠誠心が薄いあの下衆は、間違いなく貴方様を裏切りましょう。』

冷徹な目をしたまま、無表情でマナヤはアスティルテを諌めるが──


『───。この一件に関しては、間違いなくジャオフェイは役に立つ。 心配せずに黙って見ていればいいわ。』

──アスティルテは天蓋の奥の玉座から自信満々に述べた。


『・・・承知いたしました。』


『フフッ・・・それに? ──手を汚さずに野心的な下位者がまんまと消えてくれるのだから。』


『・・・何の事でございましょうか?』


『””、ジャオフェイを物質界に差し向けたのは貴方でしょう? 私の記憶が正しければ、あの子の下には”リリトゥ・デーモンのキスキルリラ”が向かうはずだった。 でも、貴方が他の臣下を説き伏せ、裏で様々な手を回した結果、あの子にはジャオフェイが差し向けられた──違う?』


『・・・・・・』


『──あーあ、ホント困っちゃうわ。私の下には一癖も二癖もある配下しか集まらないんだから。』

アスティルテは悪戯じみた年頃の少女のように、愚痴を漏らす──が、その声の調子からして如何にも楽しげだ。


『まぁ、貴方も頑張って励みなさい──これから。 時期が来たら、””あの惑星ほしに向かってもらうわよ?』


『・・・・全く、貴方様の気紛れに付き合うのも楽ではございませんよ。 こんな”戯れ”の役を演じる適任者など、他に吐いて捨てるほどいるでしょうに・・・。』

マナヤも負けずと軽口をたたく。


『その割にはなかなか演技が上手いじゃない?  フフ、期待しているわよ? ”先生?”』


『・・・・その名で呼ぶのはお止めください、アスティルテ様。──ところでいつ頃あの惑星ほしに向かえばよろしいので?』


『その時は、私が直々に伝えるわ。あの世界の情報機関を通じて、潜伏している食屍鬼グールや信徒達に向けて巧妙に告げなさい──もうすぐ私が直々に顕現するという”福音”をね。』


『・・・冥魔ダイモンとの共闘は、どれほど保つとお考えですか・・・?』


『──トレルマリキシアンの顕現が確実になるまでかしらね。 どうせ、いつもの事よ。最悪のタイミングで裏切ってくるのは目に見えているわ。

  無論、私達もせいぜい奴らを利用して、最高のタイミングでダイモン共の今までの努力と利益を奪ってやるわ──食屍鬼グールらしくね。』



『分かったのなら引き続き監視を続け、現地の配下を暗躍させなさい──”地球”という最高の餌場を手にするのは、他でもないこの私なのだから・・・!!』



                                 ──終わり

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