生生世世

@kabriri0036

一章

第1話

「生まれた者には死が必ず来る。死せるものは必ずまた生きる。

                     避けられぬことを嘆くなかれ」

                      ──バガヴァッド・ギーターより



 辺り一面に燃え盛る炎と煙、そして新鮮な肉が焼け焦げる濃厚な臭いと阿鼻叫喚の悲鳴に包まれながら、"私"は怯え逃げ惑う人型生物と彼らから流れ出る魂の数々をただ只管に狩り、絶望と恐怖といった底無しの負の感情に満ちた霊を賞味していた。

 味わい損ねた霊魂はまるで、私をボロボロの半透明な外套あるいは足元で舞う土埃のように包み込み、その泣き叫ぶ悲鳴と怨嗟から成る、絶え間ない"合唱"による濃厚な音の重なりは、私に昏い愉悦と感動を与えるほどの傑作であった──まるで、かの"ワーグナー"のようではないか。


 ふと、そんな事を思い出しながら私は、只独りで静かなる歓喜に打ち震えながら、呪われた人生とやらを謳歌する哀れな人型生物たちを黙々と屠殺する──私なりの憐れみと同情を微かに抱きながら。

 その途中、焦土と化しつつあるこの村──最も、その原因はこの私なのだが──へと急ぎ駆け付けたと思われる騎士の一団と出くわしたが、まるでお話にならなかった──今では全員仲良く"合唱団"に加わり、素晴らしいコーラスを私に提供してくれている。


 私が人間であったのであれば、この"合唱団"に何らかの賞でもくれてやりたいところであるが、生憎な事に今の私は完璧な人外そのものであり、残念ながらあの"忌まわしい戦争の騎士様"に使われるご身分だ。久しぶりに日の当たる物質界へと顕現できた以上、可能な限り多くの魂を収穫して"破滅界アバドン"へ奉納しなければならない──それが冥魔ダイモンたる今の私の務めだ。


 穏やかな陽光と清々しいまでの蒼天、そして何よりも新鮮な生の空気に満ちた物質界を訪れてから、どれほど時が経過したのであろうか──日差しの具合から見て丁度、正午頃であろうか。

 ふと一面を見渡せば、かつて賑わいを見せたであろう名も知らぬ村があった場所は、無惨な瓦礫と焦土の荒れ地と化していた。無論、生存者の気配など微塵も感じられず、私に狩られてしまった以上、死者の霊すらそれを嘆くことができぬ有様であった。


「ふむ。我ながら素晴らしい仕事ぶりだ。何かキャンバスと絵具でもあれば、この風景を描いて保存しておきたいほどに美しく、完璧ではないか。」


 一人自画自賛しながら、ふと気配を感じて私の後方を見ると、恐怖と絶望に怯えた美しい人間女性の乙女と幼い子供の二人組が見えた──どうやら、様子と雰囲気を察するに偶々外出していた所、この様な"悲劇"に出くわしてしまったらしく、一見したところこの二人は姉弟のように見える。


 「嗚呼、仲良く"合唱"の列に加わることなく、不幸にも呪われた生を過ごすべく生き延びてしまうとは、何と気の毒か──老婆心ながら、この私が果てしなく続く不毛なる人生から"解放"してあげよう。」


 そう述べつつ自分なりに"紳士的な笑み"を浮かべたつもりだが、この姉弟にはそうは見えなかったらしい──せっかくの美しい顔が恐怖と涙で台無しではないか。


 少し興を削がれつつも、私は愛用のハルバードを振りかざし、姉弟仲良く一突きで"合唱団"へ迎えさせてあげようとその矛先を向け、姉と思わしき少女の顔を深く目に焼き付けたその瞬間──想像を絶する強い動揺と苦悩が私を襲い、あろうことか、私が人間だった頃の記憶の断片が鮮やかに蘇ってしまった。


「──まさか、まさか君は、あのエヴァなのか!!?──」 風前の灯火の命である眼前の哀れな少女は、私が人間だった頃に愛した妻の若い頃と恐ろしいほどに瓜二つであった。


 「忘れられるものか!君は確かにエヴァだ!!エヴァ、私だ!思い出してくれ! ""は、あんな最期を迎えさせてしまったが、今度は違う!!""は、あんな最期を迎えさせやしない!""は、全ての過ちを正して見せる!!頼む、もう一度私の名を呼んでくれ! 君なら──君が私の""なら、かつての私の本当の名を呼んでくれるはずだ!!最後まで私の傍に愛を持っていてくれた君ならば!!!!!」


 私は眼前の少女に向かって、狂った様に捲し立てながら一方的に喋りかけ──少女は泣き叫びながら、私に無情なる言葉を述べた。


「・・・・し、知らない。わ、私は貴方なんて知らない!!貴方のような"化け物"の名前なんて知らない!!!! 私は"エヴァ"なんて人じゃない!!!!!!」──今の私が最も聞きたくなかった言葉を耳にした時、私は衝動的に手にしたハルバードをこの姉弟の前に勢いよく振り下ろし──



 ハルバードは姉弟の眼前にある地面を深く抉り突き刺した。


「ならば、さっさと私の目の前から消え失せろ!! 不快な紛い物風情が目障りだ!!もう二度と、私にその面を見せるな!!!!」


 私は身の毛のよだつ雄叫びのような怒声を上げながら、一方的に怒鳴りちらすと、二人は声にならない悲鳴を上げながら、私の眼前から勢いよく走り去っていった。




 こうして不毛な平原に一人取り残された私であったが、内心は安堵していた──いくら偽物とはいえ、エヴァと瓜二つの少女を""も殺してしまいたくは無かったのだ。


 それに何だかんだで私は、あの名も知らぬ姉弟に最大の感謝の念を抱きつつあった

─あの少女のお陰で"全て"を思い出したのだ。私が人間であった頃の全ての記憶を。


 かつての"記憶"を全て取り戻した今、ダイモンとしての現在の地位や立場といった全てが最早どうでもよくなっていた──"狂った終末馬鹿ども"の駒としての生に何の価値があろうか。


 底無しの闇黒と虚無に包まれた私の呪われた第二の生に、微かではあるが一筋の光明が差し込んだように思えた──今や人外とは言え"私"がこうして存在しているのであれば、彼女も──最愛の"エヴァ"もこの世界かそれともまだ見ぬ次元宇宙の何処かに、確かに新たな生を受けているのはほぼ確実に言える事実。


 地位や権力といった数々に縛られていた"あの時"の私は、彼女を素直に愛することができず、結果として彼女を不幸に追いやってしまった──だが、今度こそは。


 もし仮に彼女が既に幸福な人生を送ってしまっていたのであれば、無論、私は潔く身を引こう──だが、せめてもう一度、最愛の彼女の顔を一目見たい。


 どれほどの時を掛けてでも"彼女"と再会する──そう確かな決意を固めると、私はふと自身の手を眺め、ポツリと独り言を漏らしてしまった。 


「・・・化け物か」 


 確かに今の私は完璧な化け物だ。情熱に満ちた人間らしい赤い血はおろか、最早涙すら流せやしない──日が沈みつつある平原のど真ん中で、私は皮肉に満ちた笑みを浮かべながら、ただ茫然と立ち竦んでいた。

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