第2話
あれからどれほど時が経過したであろうか。記憶を取り戻すと同時に芽生えた微かな良心の痛みに耐えかねた私は、焦土と化した村の住民の霊を少しでも慰めるべく簡素な墓を作り、しばしの間、そこで茫然と立ち竦んでいた。
すると日が沈んだ平原の彼方から僅かな人影が見え──その瞬間、私の右膝に焼けるような熱い痛みが襲った。予期せぬ痛みと事態に驚きつつ、私の右膝を確認すると一本の矢が完璧に突き刺さっていた。
燃えるような鈍い痛みとこの不快な感覚には覚えがあり、私は苦虫を潰したような顔で矢を引き抜くと、無意識の内にこう呟いた。
『銀製の矢──しかもご丁寧な事に魔力が宿った代物──』
暗視能力を駆使して私が矢の飛んできた方向を注意深く凝視すると、そこには3人の人型生物が見て取れ、矢を放ったのは真ん中にいる狩人らしき格好をした輩だった。
遠目で確認しただけとはいえ、本能的に解る──日中に出くわした騎士共とは明らかに格が違う──私が相応の巨体とは言え、ダイモンたる私の鋼の如き外皮をいともたやすく撃ち破った挙句、夜の帳が覆い始めたこの平原の中でこうも正確に射貫くとは。予期せぬ不意打ちを喰らった不快感や怒りよりも、警戒感と賛辞の方が微かに勝った。
「・・・面白い。貴様らが私の新たな人生の門出における障害になるというならば、不足は無い。相手をしてやろうではないか!!」 この程度の些細な膝の傷や痛みなど何ら問題ではない──私は、狂った獣の如く叫びながら、相手のいる方向へと勢いよく駆け始めた。
──しばし、時間は遡る──
夕暮れ時にも拘らずギルドから急な依頼が舞い込んだのは、ちょうど俺達が一仕事を終え、馴染みの酒場で一杯やろうとしていた頃だ。ちょうど酒場は俺達のような同業者と地元の酒飲み達で賑わいを見せ始める時間帯であり、鍛冶屋のクレンコの親父を筆頭とした一部の連中なんぞは、もう既に"出来上がっている"有様であった。
「何だぁ!?珍しい!! ギルドのお偉いさんがこんな大衆酒場に何の用だぁ!!」 「クビにでもなったかぁ!?」
「奇遇だなぁ!俺も今日クビだぁ~!! ヒック・・・」
「こんなとは何様のつもりだぁ!クレンコ!! 」
「あーあ、まーたやってるよあの二人・・・」「いつもの事だよ。全く・・・・」
「とうとうカミさんに愛想でもつかされたかぁ!?ご愁傷さん!」
「・・・何かいつもと様子が違わないか?」「・・・・・?」
「明日の見出しは決まりだな!!──ギルド長、遂にカミさんに捨てられる──だ!!」
「ギャハハハハハ!!それはおめぇんとこだろう!?ジョーゼフゥ!!」
「カミさん指輪を外して実家に帰ったらしいなぁ!? ジョー!?」
「あの怒りようはやべぇーぞぉ!?早く詫びに行って来いよぉ!!」
──「うるせー!!高けぇ指輪が無事ならそれいいんだよぉ・・!!グス・・・」
「「「泣くんじゃねーよ、バーカ!!! 」」」──ギャハハハハハハハ!!
「──おい、ちょっと静かにしろ」「厄介毎の匂いがする」
「ん~ッ?どうしたぁ~!?そんな葬式みたいな湿気たツラしてよぉ?」
息を切らしてまで態々ここに訪れたギルド長"イーゾック・オズボルト"は、俺達のいる席に向かって大声でこう述べた。
「──貴公らが仕事を終えて疲れているのは承知している・・・ギルドとしては勿論、常識的に考えてみても無礼なのも百はおろか千も承知だ・・・!!
だが、その上で我がギルド有数の冒険者たる貴公ら3名に急な討伐を、私から直々に依頼をする!! 頼む!!!今すぐカズミル平原に赴き、外部に情報や噂が出回る前に一体の
そう言い終えるや否やイーゾックは、勢いよく酒場の地面に頭をこすりつけ土下座をしたのだ。
酒に酔い痴れていた馴染みのアホ共の雰囲気や、酒場の様子が一気に変わり始めたのは言うまでもない──堅物でおなじみのあのギルド長が、公衆の面前で土下座だと!?──こんな光景を地元のゴシップ記者連中が目にしようものなら。驚愕の余り口から心臓を吐きだしかねない。
「──ちょっとちょっと、待ってくれよギルド長。取り敢えず頭を上げてもらっていいか? 余りに予想外の出来事過ぎて自体が飲み込めん。」
チーム内の射手を務める俺"レオニス・ライオヴァルト"は思わずとっさに呟いてしまった。
「・・・フィーンドの討伐は結構だが、そこまでの事態なのか?」
我がチームに属するドワーフのファイター"ベルガ・オウディウス"は、困惑した様子で述べる。
「・・・そのフィーンドの種類と仮想とする脅威度はどれほどで?」
インテリじみた優男に見えるが、こう見えても我がチームの中で最も最年長者たるエルフのソーサラー"ウーリ・エルンスト"は、淡々と警戒しつつ発現する。
「・・・幸か不幸かフィーンドの種類はハッキリと判別できてしまった。報告を受けて遠視したギルド内の占術師の一人があまりの恐怖で失神した以上、間違いなく断言できる──100%アレは"脅威度B"の
絶望の表情を浮かべたギルド長から漏れ出たその発言は、酒場内に満ち溢れた賑やかな喧騒と酔った雰囲気を一瞬で醒まし、この場の空気を重く澱んだ墓場の底の如く凍てつかせるには充分過ぎた。
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